88.挑戦状! アキラVS泉、開幕!
「戦うだと? お前が、俺とか? ──はっは! これはまた面白い冗談だ」
いかにドミネイションズ・アカデミアが自主性を重んじた校風であり、生徒もその恩恵に遠慮なく預かっている者たちばかりであると言っても、しかし教師に対してファイト申請を叩きつける生徒などそうはいないのが実情だった。
前述したようにどの生徒にもその権利自体はある。たとえ新入生のアキラであっても同様にたとえまともに面識のない教師に対しても──手続きさえ欠かさなければ──ファイトを申し込むことができるし、一度申請さえしてしまえば余程に特別な事情でもない限りは教師側もそれを受け入れるしかない。「面倒だから」とその程度の理由で拒否することをDAは許さない……そしてその制約は生徒を導く教師にこそより大きく課せられることは言うまでもない。
だが裏を返せばこれは挑んだ生徒側への制約でもある。気の迷いだろう血の迷いだろうと申請を終えてしまえばファイトは必ず行わなければならない。何かしらの訳あって取り消したいと申請者本人が望んでも、受諾側と同じくそう簡単に許可は下りない。自由には責任が伴う。好きに挑める代わりに挑むからには逃げてはならない。単に自主性のみを重んじているわけではないDAは、この声なき訓示によって生徒へ能動的な気付きを与えている。
自由だけを謳歌することはできない。DAの生徒であれば誰しもがそれを知っている。上級生に挑む以上のハードルがある教師への挑戦。それを実行する勇者も皆無ではないが例としては極端に少なく、そもそもいつでも忙しい教師陣を捕まえることがまず難しいという申請時点での手間もあり、それこそ特別な事情でもなければ教師とのファイトなどそもそも望まないのが当然で──泉もまた授業における指導ファイトを除けば生徒と戦った経験なんてなかった。
故に一笑に付した彼を、アキラは「何が可笑しいんだ」と切って捨てる。
「これは冗談でもジョークでもない。手続きはもう終わっているんだ、泉モトハル。あんたはもう俺から逃げられない」
「──そこまでいくとさすがに笑えもしないな。逃げる? 逃げるわけがないだろう、ガキなんぞからこの俺が……!」
「だったらファイトしようじゃないか。俺を負かしてみせろよ!」
「ちっ……どこまでも生意気な口を。トーナメントでの優勝に余程のぼせ上っていると見える。いいだろう! 手ずからお前を倒し、この茶番をさっさと終わらせるとしよう!」
提案者にして引率者。それはムラクモで間違いないが、しかし主体となっているのは若葉アキラだ。彼の言動からそう察している泉は、つまり中心人物であるこの少年さえどうにかしてしまえば全てが解決するのだと嗜虐的な笑みを浮かべる。
教師の方から生徒へファイトを申し込むことができない都合上、考えようによってはこれは好機だ。こちらに強い反感を抱いているらしい若葉アキラは、たとえミオと学年が離れても邪魔な存在になる可能性もそれなりに高い──将来的な厄介の芽をここで先んじて潰しておけるならそれも悪いことではない。よってこのファイトは泉にとっても決して無意味なものではなく、言うまでもなくアキラからすればそれ以上の意味と意義が詰まった戦いとなる。
(頼むぞ、若葉。早期進級に瑕疵あり。そうと公に認めさせるためにはミオ本人や試験官の実力の測り直し以上に、進級手続きを行なった泉モトハルの判断力不足。それを証明することが何より重要だ)
全力で戦っておきながら一年生に敗北した。となれば、いくらドミネファイトの世界に『絶対』がないと言っても教師としてはとんだ恥さらしもいいところ。教師足り得る資格なしと見做されてもやむを得ないと言える。その烙印が泉に押されれば、ミオの早期進級の是非についても引っ繰り返すことは容易い。
学園長からの認可が下りているこの試験をなかったことにする、だけでなく、泉が息子を再度進級させようと画策するのを半永久的に封じられる。そこまでやってようやくアキラたちはミオを引き留めることができるのだ──険しい道である。ムラクモは目を細める。中級生トップという格上に挑むコウヤ、クロノ。一度は敗北した相手にリベンジせんとするオウラ。この三人も越えるべき壁は高いが、しかし最もの難関に立ち向かっているのがアキラであることは疑いようもない。
勝機がない、とはムラクモは思わない。そう思うなら端から勝負などさせない。
泉モトハルは元プロの称号を持つ実力者だが一線を退いた頃の戦績はズタボロもいいところで、それきり彼は「本気のファイト」というものをしていない。折れた心と鈍った勝負勘。経験と知識があるだけに教師としての適性はあっても、今の彼はドミネイターではない。少なくともドミネイターに必要不可欠な、強敵に挑まんとする純粋な闘志を失っていることはムラクモの目からも明白であった。
自らが上へ行くことを諦め、息子にそれを強要する泉。向上心を忘れた彼の『元プロ』という肩書きはあってないようなものだ。今まさに上り調子にあるアキラとは比べるべくもない。一年坊になど負けるはずがない、とあからさまに見下している点も相まって波乱は充分に起こり得る……という算段に相反する、それでも強者は強者。何もできずにアキラが負ける。そういった順当すぎる結末だって同じくらいにあり得るという予想も彼の中では立っている。
それはムラクモだけでなく、アキラ当人だって承知している否定しようのない事実であった。
(わかってます、ムラクモ先生。どんなに腕や感覚を鈍らせていようと、俺とは戦歴もその密度も段違いの相手。普通に考えたなら勝てる要素なんてゼロ。だけど先生は俺を信じてくれた。コウヤたちも託してくれた。だったら俺はその期待に応える。どれだけ強かろうと絶対にこいつには負けない! 勝ってミオを解放してみせる──父親の支配から!)
意気込んでファイトスペースへ入り立ち位置につくアキラ。そんな彼を「ふん」と軽く嘲笑いながら泉がその反対側のプレイヤーゾーンへとついた。
「鼻息が荒いな若葉アキラ。今のうちに存分に興奮したまえ、すぐに青息吐息で夢も覚める。俺との実力差を理解すれば否が応でもな……くっく」
今は意気軒昂のアキラが顔を青褪めさせて追い詰められていく様を想像しながらメガネの位置を直した泉は、その懐からデッキを取り出した。授業で使う指導デッキともミオの教育用デッキとも異なる、現役時代から使っている彼の本命デッキである。
そのコンセプトは昔から変わっていないが、しかし時代が進むにつれ増えていくドミネイションズのカードプール。それに伴って中身は日々アップデートされている。そういったメンテナンスとでも称すべきデッキの見直しはドミネイターならば誰しもが行うものだ……たとえ実戦とは遠く離れていても、泉もまたそれだけは欠かしていなかった。
何故ならそのデッキは、彼だけの物ではないから。
「──おおよそ十年ぶりだ、これを使うのは。お前なんぞに見せるのは癪なことだが……いっそ構うまい。俺の本気で徹底的に心を折って! 再起不能にまで叩き潰してやる……! 二度とドミネイションズに触れられなくなると覚悟して挑むんだな、若葉ぁ!」
「プロ時代の本気のデッキか……望むところだ。あんたの方こそ! これで俺に負けた時の言い訳が利かなくなったってことを忘れるなよ!」
「口の減らん奴め! 何を言っても聞かぬなら──」
「「ドミネファイト!!」」
泉モトハルVS若葉アキラ。二回り以上も歳の離れた教師と生徒による真剣勝負の火蓋がここに切られた。




