85.阻め、早期進級試験!
「よくやったぞミオ。ペーパーテストの結果は余裕の合格だ」
「はい」
「だがケアレスミスがいくつかあったのは頂けないな。どういうことなんだ? まさかあれだけ時間を割いて再教育してやったというのにまだ気をそぞろにしているんじゃないだろうな。いいかミオ、何度も言ったはずだぞ。もうお前に油断は許されないとな。自分のことを子供だと思うのはやめろ」
「……はい」
「返事が遅い。が、まあいい。なんにせよこれで残すは実技テストのみ。俺が取り計らって特別なテスト内容にしておいた──今からここでお前は二回ファイトをするのだ。そのどちらにも勝利すれば晴れて四年生となる」
と言っても書類の書き換え等を経る必要があるので、正式にそうなるのは数日後のことだが……とメガネの位置を直しつつ泉は言った。
今彼らがいるのはDAに無数にあるファイト専用ルームの一室。放課後の時間を狙って貸し切ったそこで、ミオは早期進級の承認テストを受けさせられようとしていた──泉の言った通り、既に座学面でのテストはクリア済み。あとはファイトの腕を示せば自動的に三学年繰り上がる。そうと知りながら当のミオは無表情であった。そこに試験への気負いや緊張はなく、ただただ泉の言葉に頷くだけ。とても遊び盛りの子供とは思えぬ息子のその様子に父はいたく満足気にしながら、もう二人。彼ら以外にもその場に居合わせている少年らを紹介した。
「お前が戦い、そして倒すべき相手がこの二人だ。挨拶しなさい」
「はい。よろしくお願いします」
「やあ、こちらこそよろしく。俺は四年の東雲サイジ。そしてこっちは俺の弟の──」
「三年の東雲タイガだ」
「というわけで、俺たち東雲兄弟が君の試験相手になる。頑張って倒してくれよ?」
「……、」
倒してくれ、という物言いにミオは察する。この二人にも父の息がかかっていることを。特別な試験内容とはつまり、そういうことなのだろう。息子が持ち前の洞察力でそう理解したのを父もまた理解して。
「案ずるなミオ。タイガは今年度の三・四年生合同トーナメントの準優勝者。そしてサイジは優勝者だ。東雲兄弟は間違いなくDA中級生を代表する生徒。俺は試験のやり方にこそ提案を通したが、この二人に手を抜けなどとは一切指示していない……そうする必要もないからな。お前も多少は歯応えを味わえるだろう」
ミオならば三・四年生のトップにも勝てる。暗にそう言われてタイガは眉をひそめ、サイジは苦笑を禁じ得ない。
(まったくこの人は親バカなんだかバカ親なんだか……ま、なんだっていい。泉ミオが一年生ながらに俺たちを下せるだけの実力を持っているなら、それはまさしく天才だし超のつく逸材だ。いつか天下を取れる器。へいこらとついていくことだってやぶさかじゃあない。……だって俺は『本物』ではないから)
現五年生の、とある生徒。『本物』であるその人物に心を折られているサイジはドミネイター界のトップに立とうという気概を失ってしまった。だというのにドミネイションズから離れられず、DAを去ることもできていないのは、自分に半端な才能があるせいだと彼は考える。捨て去ってしまうには惜しい、けれど本物の天才にはまったく歯が立たない半端な才が恨めしく……そして大切だった。
とにかく全力を出して危なげなく勝て。息子にそう繰り返している泉の後ろで、サイジは弟へと言った。
「悪いなタイガ。付き合わせちゃってさ。このままだとお前の将来まで決まるけれど、それでいいのか?」
「構わない。俺は元より兄貴の支えになるためにDAへ来た。兄貴が選んだことなら俺も従う」
「……そっか」
まずは日本一。やがては世界一のドミネイターとなり、その隣にはナンバーツーの弟がいる。そういう夢を共に見ていたが、早々に自分が挫けてしまったためにそれは叶わなくなった。だがせめて、元の夢を目指すことも、さりとてそれから目を背けることもできないながらにせめて。頂点に立てる誰かの後ろをついていきたい。そこからの景色だけでも共有したい──それが今の東雲サイジのささやかな願い。半端者の自分にお似合いの夢だった。
「だけど泉先生」
「ん、何かなサイジ君」
「俺だって自分より弱い相手を崇めることはできませんよ。俺もタイガもあくまでも本気で。彼を打ち負かす気で試験には臨ませてもらいます……それでいいんですよね?」
「──ああ、無論だとも。中級生のトップ。そんな君たちの本気を軽く超えてこそミオが四年生へ進級するに相応しいと認められるのだ。このファイト内容は記録にも残るのだから勝手に手を抜かれては困ってしまうよ。安心して全力を出したまえ」
「承りましたよ、泉先生」
泉は中級生を担当する教員であるために、サイジも彼の授業を何度となく受けている。……関係性はそればかりではなく、共に夢破れた挫折者同士、言葉にこそ出さないが二人の間には奇妙なシンパシーもあった。だからこそ試験相手に自分たちを据えたのではないかとサイジは当たりをつけている──それは間違っても仲間意識などではなく、同じ経験をしている生徒であれば扱いやすい。そう考えたからに違いないが、ともあれそれでいいのだと彼は受け入れている。
利用されることに否やはない。ただ利用するならせいぜい上手に使ってくれよと願うばかりだ。
「本当なら承認のためには、学年順位の下半分とファイトして勝たなければならないんでしょう? それを俺とタイガだけで済まそうというんですから、ちゃんとその分のハードルになってあげないといけませんよね。これは俺たちにとってもプレッシャーだなぁ」
中級生以上からは常に『その生徒が学年で何番目に強いか』が順位で表されるようになる。下半分とはつまり最弱層から中堅層の面々。それら全員に勝利することが実技面での承認条件であるが、これは生徒たちの時間を奪う上に念を入れ過ぎている無駄の多い試験だと泉は指摘。いつかのムラクモを真似て合理性の追求を主張し、見事に合同トーナメントの勝者を駆り出すことに成功した。言うまでもなく東雲サイジの学年順位は一位であり、弟のタイガもまた三年の一位である。
「弱い相手と何連戦しようともまともな腕試しにはならない。戦うべきは学年のトップだろう、と。そう言えば割とすんなり通ったよ。いやはやうちの学園長は実に頭が柔らかいお方だ」
それだけに何を考えているのかわからず少々不気味ではあるが、と泉は内心で付け足す。それなりの勝手をしているという自覚があるのに、一向にそれを咎めてくる気配がないのはどういうことなのか。学園長という立場なら容易にそれも行えるというのに……。
「──放任主義がいい方向に働いた、と思っておくか」
いずれにしろここまでノータッチであるからには最後まで手出しなどしなかろう。静観している内に押し上げられるところまで息子を押し上げてしまおうと泉はほくそ笑む。
「ではそろそろ始めましょうか。まずはタイガ君からだ。準備はいいかな?」
「いつでも」
「よし、それじゃあ二人ともファイトスペースへ入って早速戦ってもらおう──」
「ちょっと待ったぁ!」
「!?」
承認試験を開始させよう、というところで鋭く投げかけられた制止の声。貸し切ったはずのファイトルームに突如響いた第三者のそれに驚いた一同がその主を探せば、入口からぞろぞろと入ってくる数人を見つけた。
その先頭にいたのは。
「若葉、アキラ……!」
息子に敗北の土を付けた許されざる生徒。彼のいきなりの登場に険しい顔付きで睨みつける泉へ、しかしアキラは怯むことなく堂々と告げた。
「承認試験のファイトを始める前に──俺たちからファイトを申し込む!」




