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83.クロノの指摘、コウヤの想い、オウラの発破

「紅上コウヤ。……盗み聞きとはいい趣味だな」


 誰にともなく呟いた独り言をしっかり拾われていたという妙な気恥ずかしさをしかめっ面に隠してクロノがそう言えば、アキラは「そいつはこっちのセリフだろ」と眉を上げた。


「意外だね、玄野クロノセンイチ。そうやって会話を盗み聞く程度にはあんたもミオの行く末ってもんが気になっているのか。あるいはまさか、気落ちしてるアキラが心配だったか?」


「んなわけがあるか。どっちも的外れもいいところだ。……ただ、泉ミオとはまだ直接戦り合ったことがねえからな。味見もしねえうちからいなくなるにゃ勿体ねえ獲物だと思っただけさ」


「はん、まあそういうことにしておいてやるよ」


「チッ……そういうてめえはどうなんだ、紅上」


「あん? アタシがなんだって?」


 壁から背を離したクロノは、真正面からコウヤに相対して「泉ミオの件に決まってんだろ」と吐き捨てるように言った。


「てめえだって奴とはそれなりによろしくしてたんだろうが。積極的に関わろうって気はねえのかと訊いてんだよ」


 アキラとミオ、そしてコウヤ。この三人がよくつるんでいる面子である、という記憶はクロノにもあった。ミオのためにアキラは何かするつもりでいる。それに対してコウヤの方はその気配がちっとも見えない。そこに多少の疑問を感じたが故のその問いに、コウヤは肩をすくめた。


「アタシから何かするつもりはないな。だけど『何もしない』ってわけでもない」


「あぁ? なんの禅問答だそいつは」


「能動的に動く気はないってことさ。それをするのはアキラの役目。一度火がついたあいつはもう止まらない……アタシにやれることがあるとすればその手伝いだな」


「……随分と信頼を寄せてるようだな。奴にこの件をどうにかできると本当に思ってるのか?」


「思ってるさ。クロノ、お前だってそうじゃないのか?」


 アキラの爆発力。その「振り幅」の恐ろしさをお前もよく知っているだろう──視線でそう同意を求めるコウヤに、クロノは何かを考えるように一度瞼を下ろして。


「ハッ、知らねえな。泉ミオのことも、てめえや若葉がどういうつもりだろうと俺様にゃなんの関係もねえ話だ。精々満足いくまで仲良しごっこでもやってな」


 仲良しごっこ。その悪辣な物言いにコウヤが眉根に皺を寄せれば、クロノはその反応を小馬鹿にするように笑う。


「何も間違っちゃいねえだろ? 所詮ここは蠱毒の儀式場……遅かれ早かれ同胞は減っていくんだぜ」


「…………」


 それは否定のできない言葉だった。先日の合同トーナメントには二年生も全員参加していた。欠席者はなし。しかし同じく全員参加だった一年生と比べて二年生は数が少なかった──そしてそれは一年と二年の比較のみに限らない。二年生よりも三年生、三年生よりも四年生と、学年を経るごとに総人数は減っていく。この事実はドミネイションズ・アカデミアで「学び続けること」がいかに難しいかをよく示していると言えた。


「ひゃはは。去年いた同級生が今年はいない、なんてこともこの学校じゃ珍しくねえわけだ。他ならぬ若葉自身こそが危うく初っ端の退学者になるところだったんだぜ? それでいて他人の心配ばかりをしてるんだ、これを仲良しごっこと言わずしてなんと言えばいい」


「ごっことは言えねえだろ。自分の身が危ない時でも友の身を案じる。それができるからアキラはアキラなのさ──極限状態でこそ人の真価が見えるってものだ。だから・・・あいつは土壇場に強いんだよ」


 翻ってそれがドミネファイトの強さにもなっている。というコウヤの言外の言葉に、クロノは背を向けて応えた。


「俺様相手に旦那自慢・・・・をする前にしっかりと手綱を握ってやることだな。少しくらいは自重を覚えさせねえと、そう遠くない内に……あいつはマジで退学することになるだろうよ」


「……!」


 さっさと廊下の角を曲がり、一足先に教室へと入っていくクロノ。彼の残した言葉に、もはや声は届かないと知りながらもコウヤは返事をした。


「──んなのわかってるっての。そのために。あいつの隣に立てるアタシになるために、今は一緒にいられねえんだろうが」



◇◇◇



「ふう、腹減ったぜ……む」


 放課後。そろそろ門限の時間も間近になってきた夕方遅くに、校内のとある施設を後にするコウヤ。寮の自室を目指すその足が不意に止まったのは、進行方向にとある人物を見つけたから。まるで自分を待ち構えていたように立つその女子は──。


「少しお時間いいかしら」


「……なんの用だよ、舞城オウラ。アタシは猛烈に疲れてるし空腹で気が立ってる。どうでもいい用件ならぶっとばすぞ」


「野生動物並の理性ですこと……労いに来たのですわ、紅上コウヤ。思いのほか熱心に精を出しているようなので」


 コウヤの出てきた施設。『リモートファイト専門』のそこで彼女が何をやっていたからこんなに疲れているのかを、オウラは把握している。


「修行は順調、と見てよろしいですわね? 疲労の中にも隠しきれない達成感というものが滲んでいますもの」


「まーな。おかげさま・・・・・で順調そのもの。もうすぐでアタシは昔のアタシを超えられそうだよ」


「あら。わたくしは何もした覚えはありませんけれど」


 よく言うぜ、とコウヤは呆れる。あの決勝を見て、波瀾があったトロフィー授与の後。いつの間にかチハルを追い払って自分の横に座っていたオウラが告げたあの言葉──『このままでいいのかしら?』という挑発と、おそらく彼女なりの自戒が込められた問いにコウヤは吠えた。


 いいわけがないだろ、と。


 アキラとミオの戦いぶりを見て、コウヤもオウラも抱いた思いは同じ。


「今こそドラゴンを解禁する時だ。アタシはもうドラゴンに振り回されない。その力を十全に操ってみせるぜ。そして今と昔。どちらも合わせて、どちらも超えたデッキを作ってみせる。そのために時間が許す限り親父とファイトを繰り返してるってわけだ。……お前からの発破がなければ踏ん切りがつかなかったかもしれない。そこんとこは一応、礼を言っとくぜ」


「いりませんわ」


「受け取っとけや、たまには素直によ。……それでお前の方は?」


 はい? と涼やかな目付きのままに首を傾げるオウラ。その自分の美貌に自覚と自信があることがありありと窺える所作にイラっと来つつも、コウヤはそこには触れずに。


「そっちはどんな修行をしてるんだって訊いてんだよ」


「お馬鹿さんね。そんなことをあなたに教えるはずがないでしょう」


「おい、マジで一回ぶん殴っていいか? そうしなきゃならねえ気がする」


「まあ野蛮。それだから若葉アキラからも意識されないのではなくて?」


「んなっ、今それは関係ねえだろ!?」


 夕暮れの赤い空の下でも真っ赤になっているのがよくわかるコウヤに、オウラはくすりと吐息を零してから言った。


「確かめるまでもなくあなたとそう変わりませんわ。とにかくファイトを重ねる。短期間で変わろうというのならそれ以外にはないでしょう」


「……はん、そりゃ道理だな」


 オウラがこんな場所で待ち伏せていた理由がわかった。彼女もまたこの施設を利用していたのだ──リモートファイトの相手が自分と同じように家族なのか学外のファイト講師なのかは不明だが、しかし己に劣らないだけの濃密な鍛錬をオウラも積んでいるらしいと察し、コウヤもまた笑みを浮かべた。DAの授業外でもそれだけファイトしているのだ、疲労はあって当然。だというのに目の前の彼女はちっとも疲れた様子を見せていない。


「っとーに見栄っ張りだよね、お前は」


「若葉アキラに修行のことをひた隠しているあなたに言われたくありませんわね」


「ばーか、あいつはとっくに気付いてるよ」


 馬鹿と言い返されたことに「む」とオウラは面白くなさそうな顔をして。


「では何故なにも言わないのかしら? 彼の性格からすれば修行に協力を申し出てきてもよさそうなものだというのに」


「アタシが何も言わないからさ」


 はあ? と意味を解せないでいるオウラに、コウヤがまた笑う。そうだ、アキラはそういうイイ男なのだと。それが理解できるのは自分だけでいい。今は、まだ。


 ふと見上げた赤い空の端が、淡く青く染まり出していた。今日もまた夜の帳が降りようとしている。



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