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81.トーナメント終幕! そしてアキラは

「アキラくんおはよう!」


「チハルくん。おはよう、待っててくれたんだ?」


 朝。一限目に指定された教室を目指すべく寮を出たアキラを玄関の前で出迎えたチハルは、「もちろんだよ」とにっこりと笑った。その優しい笑みにアキラは頭を掻く。


「ごめん、ちょっと寝坊して遅れちゃった。アンミツさんに起こしてもらわなかったら危なかったよ……けっこう待ったんじゃない?」


 こういう時は先に行ってくれてもいいんだよ、と申し訳なさそうに言う彼にチハルは首を振って。


「まだ遅刻するような時間でもないし、これくらいは待つよ。アキラくんだって逆ならそうするでしょ?」


 そうだね、とアキラは頷く。そして並んで歩き出した二人はしばしの間無言のままでいた。


 ……一触即発となったトロフィー授与。またぞろ険悪な空気となったアキラと泉を再度ムラクモが制止し、他の教員たちもそこに加わったことで合同トーナメントは閉幕した。例年通りに盛り上がった大会内容とは裏腹に終わり方は少々微妙な空気となってしまったが、それでもアキラが優勝の座を捥ぎ取ったことは確かだ。ムラクモは約束通りに除籍検討を退けてくれたし、一・二年生の頂点に立ったということで「若葉アキラ」の名には多少の箔がつき、学内でちょっとだけ有名にもなった。


 総じてアキラにとっては実りのあるイベントだったと言えるだろう──彼が得たものは多い。なのに素直に喜べずにいるのは、やはり泉ミオのことがあるから。


 かの超天才少年が何故超天才となったのか。本来ならできなかった飛び級入学までして生き急いでた訳。そして彼が何故ああもドミネイターとして自身を追い込み続けていたのか、その原因を知るところとなったアキラには、まだあの日のファイトが終わったようには思えない。


 大会の日より一ヵ月。

 ミオは、あれから一度も登校していなかった。


「…………」


「アキラくん……」


 何かを考え込むアキラを見て心配そうな表情を浮かべるチハル。すぐ横にいる自分の声すら届いていないその様子は、明らかに心ここにあらず。ミオが学校に来なくなってからのアキラは終始この調子であった。チハルの前ではいつも通りに振る舞おうとしているが、しかし振る舞い切れていない。ふとしたタイミングでこうして黙るし、以前より言葉や笑顔に力がない。無理をしている。それがひしひしと伝わってくるだけに、チハルにとってもこの一ヵ月は非常に心苦しいものだった。


 避けては通れない。改めてそう思ったチハルは、これまで触れないようにしていた話題について訊ねてみることにした。


「ねえ、アキラくん。……アキラくん!」


「──ん、何か言ったかいチハルくん」


「その、コウヤさんのことなんだけどさ」


「コウヤ?」


 紅上コウヤ。アキラの大親友を自称する少女。ミオも合わせてこの三人は大会までの間はよく行動を共にしていた印象だが、しかし大会後は前述したようにミオが姿を見せなくなり、そしてコウヤも授業こそ受けてはいるものの、登校も下校もアキラと一緒にはしなくなった。結果として自分がアキラとべったりになれている点は純粋に嬉しいものの──勿論チハルはそんな感情を表に出さないよう努めている──仲良しトリオが散り散りになっている事実は非常に気掛かりでもあった。


 なので、不登校の理由が例の父親にあるとなんとなく察しも付くミオについてはともかく、コウヤの方はどうしたのか。授業が終わった途端に教室を出ていくようになった彼女が何をしているのか、アキラは知っているのだろうかと訊いてみたのだ。


 すると今度はアキラが首を横に振って。


「いいや、何も知らないよ。前に俺も訊いてみたけど教えてくれなかったんだ。でもまあなんとなく想像はつくんだけど」


「そうなんだ?」


「うん。コウヤのことだからきっと……あ、でもごめん。一応コウヤは隠してるつもりのはずだから、俺からは教えられない」


「いいよ、心配ないってわかれば充分だから」


「俺も心配はしてないかな。一緒に遊ぶ時間もないのはちょっと寂しいけど、寂しいだけだ。……でもミオはそれだけじゃ済まない」


「!」


「ムラクモ先生から聞いたんだけど、ミオは今休学扱いになっているらしい。無断欠席じゃないから教師としても何も言えないんだって。ちゃんと親からの協力を得て無期限に休める手続きが終わってるって」


「む、無期限休学……でも親の協力って、ミオくんの場合は……」


「そう、その親が問題なんだ。この長い休みだって、あの父親が無理矢理取らせているに違いないんだから」


 学校の目の届かない自宅で、今この瞬間にもミオがどんな目に遭わされているのか。それを思えば楽しい学校生活も楽しめないアキラだった。ミオが心配でたまらない──が、できることがない。折しも泉が言った通り、他所の家庭の事情に対してアキラが取れる行動など何もなかった。


「──あ」


 歯痒い思いをしながら辿り着いた教室の前で、二人はちょうどムラクモと鉢合わせた。扉に手を伸ばそうとしたタイミングで向こうもアキラたちに気付いたようで、いつも通りの覇気を感じさせない顔付きで彼は口を開いた。


「若葉に新山か。……教室につくのが教師おれと同時とは感心しないな。移動にはもっと余裕を持たせるべきだ」


「そんなことよりムラクモ先生。今日はミオは?」


「……登校の知らせは受けていない。今日も来ないだろうな」


「そう、ですか……」


 やはりミオはいない。昨日も今日も、おそらく明日も。これでいいのかとアキラは誰にともなく心中で問いかける──答えはすぐに出た。


 いいわけがないだろう。


「先生。本当に俺たちには何もできないんですか? DAだって、ミオが学校に来ないのは看過できることじゃないはずです。このままじゃ休学どころかあいつ、ここを辞めさせられてしまうかも──」


「それはないな」


「え?」


 確信を持った断言。思わぬムラクモの言葉に何故そう言い切れるのかと疑問の目を向ける生徒二人に、彼は扉にかけた手を放して応じた。


「『ドミネイションズ・アカデミアの首席卒業者』。国内のどんなドミネ大会で優勝するよりも経歴を派手に飾り付けてくれるその称号を、あの男・・・がみすみす逃すはずがない」


「ミオをその立場に立たせる、ってことですか」


「ああ。だからDAを辞めさせることはあり得ない。……世界に目を広げれば本場アメリカの『ADA』や欧州の『EUDA』といった同等以上の格を持つ学校もいくつかあるが、しかしあくまで国内のトップに息子を立たせ、その後にプロとして世界を席巻……というのが描いた筋書きだろうからな」


「国内トップ。どうしてそれに拘るとわかるんですか?」


「それがあの元プロ・・・、泉モトハルの『破れた夢』だからだ」


「……!」


「叶えられなかった悲願。決定的な挫折と、それと同時に最愛の妻を亡くしたことで彼は一時期抜け殻のようになった。それを見かねて学園長は彼に教員という仕事を与えた。なんでもいいから何かをさせないとマズいと考えたんだろうな。それは俺も同感だった。……俺はプロの道に進まず、すぐここに就職したので教師としては彼よりほんの少し先輩だが、学生時代は彼が先輩だった。四つ上のな。だから、とは言わない。学生時代から大して仲が良かったわけでもないしな。単なる先輩の一人でしかなかった……が、世界に挑まんとする彼を見てドミネイターとして尊敬していたのは確かだ」


 そう聞いて、チハルは何を言えばいいのかわからなかった。あの日に垣間見た泉の狂気、妄執めいた息子への重すぎる期待。尋常の様ではない言動の数々にも確かに理由はあったのだと。謂れのない狂気ではなかったのだと知って、それをどう受け止めればいいのか、まだ十三歳の少年である彼にはわからなかったのだ。


 だが、アキラは。


「──間違っている」


 二の句もないチハルのすぐ傍で、小さくぽつりとそう呟いた。



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