8.クイックカードにご用心!
「パワーアップする守護者ユニット……厄介だな」
場にいる《ベイルウルフ》のパワーは1000、《太楽ラクーン》は2000。どちらもアタックしたとて一方的に屠られてしまうサイズだ。パワーが4000以上ある強力なユニットを引ければ、と思いながら行ったドローで手札に加わったのはまたしてもパワー2000の小型ユニット。悪いカードではないのだが、如何せん力不足である。
「だったら引きに行くしかないな。アクティブフェイズ、俺は《幻妖の月狐》を召喚! 登場時効果によりカードを一枚ドローし、その後一枚捨てる」
ふたつのコストコアを消費してカードから飛び出した白い狐。彼がふぁさりと尻尾でデッキを撫でれば、一番上の一枚がひらりと舞ってアキラの手の中へと落ちてきた。そして手札の中から捨てるカードを選び、待機している白狐へと渡せば、器用にも両の前脚でそれを受け取り墓地ゾーンにぺしんと置いた。もう少し優しく取り扱ってほしいとアキラは思う。
「……目当ては引けなかったけど代わりにこいつが来てくれた。残りの2コストを使って《デンキ・バード》を召喚! 効果で《幻妖の月狐》に【疾駆】を付与する」
「【疾駆】……やはり速攻寄りのビートダウンですわね。単純な戦法ですこと」
ビートダウンとは『毎ターンユニットを召喚し、攻め続けて勝利する』という最もファイトの根本に沿った戦い方を指す。自他ユニットの破壊を絡めて場を整えるクロノの『ブラックパペット』デッキやオウラのようにまず守備を固める戦法とは異なる、単純の極みのような攻め方。それを揶揄するようなオウラの言葉に、しかしアキラは意気を燃やしながら応じた。
「なんだって初めは単純が一番さ! 行くぞ、まずは二体の《ベイルウルフ》でアタック!」
大型ユニットの登場までは小型ユニットの物量で戦線を繋ぐ。緑陣営の基本戦法に忠実に攻めんとするアキラに、オウラの口元が誰にも気付かれない程度に小さく弧を描く。
「パワーが負けている《ベイルウルフ》で攻めたっす!」
「いい判断じゃねえか? 【疾駆】が付与された《幻妖の月狐》を含めてアキラの場にはアタックできるユニットが四体もいる。そのどれもがオウラの場の《力天星イル》のパワーに負けているとはいえ、守護者ユニットも一ターンには一度しかガードできねえ。一体の損失を恐れて残る三体まで動かせない、なんて弱気じゃあ勝てる勝負にも勝てやしないからな。……だが、ここで怖いのは見えてる守護者じゃなく──」
コウヤの見守る先で、まさに二体の《ベイルウルフ》がオウラに噛み付かんと迫る。彼女は《力天星イル》によってどちらか一体から身を守ることができるが、どうやらその選択はしなかったようだ。
「ガードは致しません。通しますわ」
「だったら二体分のアタックを受けてもらうぞ!」
「ええ、勿論──その分、あなたにも相応のリスクを負ってもらいますわよ」
小狼たちの連撃によってライフコアがふたつ砕ける。残りライフ四となったオウラだが、やはり彼女は動じることなくデッキへ手をかけた。
「ライフコアを失ったことによりわたくしは二枚のカードをドロー……ふふ、来ましたわ。クイックスペルが!」
「クイックスペル……!」
『クイック』。それは相手ターン中にライフコアによるドローで手札へ加わった場合、コストを支払わずにプレイできるというルール効果。自分ターンでの通常ドローやディスチャージによって引いた際には発揮されない限定的な効果ではあるが、基本的に相手ターン中には能動的にカード効果を発動することができないドミネイションズにおいてクイックは重要な要素のひとつである。
「それをこのタイミングで引いたか!」
「【守護】に並ぶ、攻撃から身を守る術の代表例がクイックスペルやクイックユニットによる相手への妨害。当然にわたくしのデッキにも入っていますとも。さあ、無策に攻め込んだ代償を払ってもらいましょうか。コスト5、を支払うことなく! 《洗礼淘汰》を発動!」
オウラの手元のカードから放たれた光が《力天星イル》に注がれ、輝きを増した彼の身より溢れんばかりに力が迸る。やがてその力はフィールドの全てを埋め尽くすまでとなった。
「《洗礼淘汰》は自分の場の守護者ユニットを対象に発動される。そのユニットのパワー以下の他ユニットを全て破壊しますわ! 滅びなさい、緑の雑兵共!」
「なんだって!? っぐぅ……!」
イルはガード時以外はパワー2000。決して高い数値ではないが、しかしアキラの場のユニットは全てパワー2000以下。排他的な光の奔流を耐えられるユニットは一体もおらず、なす術もなく全滅を余儀なくされた。
「ああっ、センパイの戦線が崩壊したっす!」
「ちっ、これが攻め急いだ時の怖いところだ。クイックカードでのカウンター……よりにもよって《洗礼淘汰》でなければまだなんとかなったんだがな。アキラも運がないぜ」
いや、というよりも。アキラが不運なのではなくオウラの運がそれだけ強いのだと評すべきなのかもしれない。彼女ととファイトしたことがあるコウヤはその内容を思い返しながら再度舌を打つ。アキラを応援する身としては認め難いが、やはり舞城オウラは他の生徒とは一線を画すドミネイターである。
「っ……だが場を離れた《太楽ラクーン》の効果を発動! コストコアになったカードと手札のカードを一枚入れ替えることができる」
やられ際にラクーンが遺した力によってアキラはコストコアの中からひとつを選び、カードへと戻して手札に回収。その代わりに手札の一枚を新たなコストコアとして置いた。
「手札操作に必死ですわね。それでどうにかできて? 未使用のコストコアはそのひとつのみですが」
「いや、俺はこれでターンエンドだ」
アキラの手札はたった二枚。その中にコスト1で使えるカードがなかったのか、それともこの場面で使うべきではないと温存したのか。どちらにしたって大した問題ではないとオウラは判断する。
「速攻はそれだけ手札を枯渇させ、ドミネネイターを苦しめる。もう息切れとは哀れですわね──わたくしのターン。スタンド&チャージ、ドロー」
対するオウラの手札はこのドローでなんと九枚。取れる手数の差は比較するまでもなく、そしてビートダウンに限らず手札が多ければ多いほど有利にファイトを進められるのは言うまでもないことだ。
「とはいえ、わたくしは考えなしにユニットを並べるような真似などいたしませんわ。必要なのは量よりも質。わたくしを守るのは白の精鋭たち……出でよ、コスト3。《座天星ウル》!」
平たい形をした、その名の通り誰かが座すための道具のような見た目の器械的かつ奇怪な天使。それがイルの横に並び立てば、彼らが持つその無機質な威圧感は倍するどころか何倍にもなったようにアキラには感じられた。
「ウルもまた【守護】を持ち、特殊効果を有している。能力は『ガードする度にその後起動する』というもの」
「……!」
それを聞いてアキラは愕然とする。アタックにしろガードにしろ、ユニットは行動を起こせば疲労状態になる。なので一ターンに何度もアタックしたりガードしたり、というのはまず不可能。だがその基本的なルールを《座天星ウル》は無視できてしまうという。
(ウルもパワーは2000と決して高くない。だけど俺のデッキにはパワー1000のユニットもたくさん入っている……そいつらがウル一体に完封されるのはマズいなんてものじゃない)
《ベイルウルフ》も《デンキ・バード》も、仮に召喚したとしても攻め込むことができなくなった。数を頼りに特攻めいた攻撃をしたところでウルにはガードの回数制限がないのだ。ガード時にパワーアップするイルと合わせて、アキラには二体の『エンディア』がまるで鉄壁の要塞のように思えてきた。
「おわかりかしら? わたくしとあなたの力の差というものが。答えを聞かずとも、その苦虫を噛み潰したような表情を見れば察しも付きますけれど。ターンエンドですわ」
「!」
攻撃をしない。そのことにアキラが驚いた様子なのを見て取って、オウラはくすりと笑った。
「【守護】を持つユニットは相手プレイヤーを直接攻撃できない制約がありますの。例外もいますが少なくとも種族『エンディア』のユニットは大半がそう……と言っても、制約がなくともここでアタックなどしませんが。そんなことしたってあなたに余計な手札を送るだけ。わたくしはじっくりと場を整えますわ──攻め込むのは勝負を決める際の一度きり。それで充分なのですから」
「……俺のターン、ドロー!」
ライフこそ無事だったが、状況は最悪に等しい。なんとか打開しなくては、と三枚の手札にアキラは望みを託す。──すぐに逆転はできない。だが、そのための準備ならできそうだった。
「コスト3、《恵みの妖精ティティ》を召喚! その登場時効果でカードを二枚ドロー! そして手札を一枚コストコアに変換する!」
「……! 『フェアリーズ』のカード」
これまで召喚されたユニットが全て『アニマルズ』であったため、自身と同じく単一種族のみで構成されているものと思い込んでいたが、どうやらアキラのデッキは種族混成。それも出てきたのが手札やコストコアのアドバンテージ回復に長けた緑陣営の生命線とも言える種族であったために、思いの外に練られたデッキを使っているようだとオウラは少しばかり彼に対する認識を改めた。
「よし、残りの3コストで《育みの妖精ミィミィ》を召喚! 自分の場の緑ユニット一種につき一枚、カードをドローできる。俺にはティティとミィミィの二種がいるため二枚ドローだ」
コストコアは使い切ったが、ユニットを展開しつつ手札を四枚に増やした。勝負は次の自分ターンだ、とアキラはエンドフェイズへと移行。
「わたくしのターン」
問題は、これより更に堅牢になると予想されるオウラの守りを突破できるかどうかだが──。