71.狭まる包囲網、逆転の手順!
ドローによって五枚となった手札。その内の一枚がなんであるか、アキラは既に知っている。すると予想に過たずミオが最初に繰り出したのは──。
「お待ちかねのようだから出すよ。二枚目の《水精加護の水籠》を場に設置する!」
「……!」
幾重にも変化する幾何学模様が表面に浮かぶ、不思議な雰囲気の水籠。ふたつ並んだそれがグラデーションのように模様を刻々と変化させる様にアキラは厳しい顔付きになる。これでミオは毎ターンの終了時に、二体。アクアメイツ・トークンを生み出せるようになった。かのトークンはパワー1000と非力だが【守護】を持っている。仮にターン中に新たなユニットの召喚が叶わなかったとしても、必ず彼を守るための『盾』が二個も生まれるのだ。これはアキラからすれば厄介どころの騒ぎではなかった。
毎ターンユニットを減らしてくる《ヴィクティム・マシーン》と合わせてアキラは相当に苦しい戦いを強いられている。それもこれもオブジェクトカードが発揮する破格のコストパフォーマンスが原因だ。一度設置してしまえばその後は勝手に稼働し続け恩恵を与え続ける──というオブジェクトの力にはエリアカードと比較してもなんら劣らぬ強力さがある。エリアカードと同じく効果によっては使用者自身にも牙を剥く融通の利かなさもあるが、そのデメリットを許容してでも採用の価値あり。そう考えたからこそミオもオブジェクト中心のデッキを作り、こうして決勝戦という舞台でその初使用に踏み切ったのだろう。
大一番でそれができる度胸もさることながら、そこになんのリスクも見出していない──いや、リスクなどないと断言できてしまえるだけの圧倒的なデッキ構築力。そこに自信を持っているミオの強さがそのまま形になったのが、今のこの状況。……果たして打開の手段はあるのか?
ある、とアキラは信じている。信じているがしかし、それを掴むためには相当な苦難を強いられることを覚悟しなければならなかった。
「水籠は置いたし、まあ次はこれかな。《アクアネット・ユビキタス》召喚!」
《アクアネット・ユビキタス》
コスト3 パワー1000
現われたのは水で出来た体を持つ亜人。服は動きやすさ重視の軽装ながらに、背負ったバックパックだけがやけに巨大な彼はその鞄の中からぽんぽんと何かを発射させた。
「ユビキタスの登場時効果発動! 自分の場にあるオブジェクトカードの種類だけドローできる! ボクの場には四つのオブジェクトがあるけど種類で言えばふたつ。よってボクは二枚のカードをドローするよ」
バックパックから飛び出したのはカードだった。小気味よく撃ち出された二枚のそれを危なげなくキャッチして手札に加えたミオはにっこりと笑顔を見せた。
「またまたラッキー。残りの1コストでも使えるカードが来てくれたよ。スペル発動、《極端な再利用》!」
「そのカードは……!」
「あはは、流石に知ってた? そう、青お得意のデッキタイプである『スペルコントロール』。言わずと知れた多種多様なスペルを多用することで相手を雁字搦めに縛って完全に自由を奪う戦法……その要と言ってもいいとっても面白くて便利なカードがこの《極端な再利用》! ご存知の通りこいつの効果は、手札を一枚捨てることで『墓地にある使用済みのスペル一枚と同じ効果になる』というものだ」
と言っても、と軽く首を振ってミオは続ける。
「ボクのデッキはスペルコントロールじゃなくてオブジェクトコントロール。そのコンセプト故にデッキ内のスペルの比率は大したことない。実際にこのファイトでボクが使ったスペルは《水解式》だけ。効果を再現できるのもそれ一枚に限られるからそこまで大胆な真似はできない……けれども! 1コストでやれるなら充分ってものさ!」
《水解式》の効果はスライム・トークンの生成。それに加えて詠唱時に種族『アクアメイツ』のユニットがいれば追加でもう一体スライム・トークンを生成できる、というもの。ミオの場のユニットは《アクアネット・ユビキタス》一体のみ。しかしてその種族は──『アクアメイツ』。
そこも含めてのラッキーか、と先の発言の意味を正確に知ったアキラの見つめる先で、にゅるりと独特の音を立てながらスライムが生まれた。
「かわいいでしょ? スライム・トークンは青のトークン系の中でも見た目が特にお気に入りなんだよね……どーでもいいって? あは、それじゃボクはターンを終了! 二台の《ヴィクティム・マシーン》にユビキタスとスライムを捧げるよ。そしてその後に《水精加護の水籠》からアクアメイツ・トークンが出現する!」
《アクアメイツ・トークン》×2
コスト1 パワー1000 【守護】
《スライム・トークン》
コスト2 パワー2000
「く……」
倒しても倒しても。その上で処刑機械二台分の犠牲が払われてもいるというのに、それでもミオの場は常にユニットで溢れている。小粒のトークンばかりとはいえこれは非常にマズい──何せアキラはターンの終了時にユニットを残せるかどうかすらも定かではないのだ。ミオばかりが安定して戦線を維持するとなれば、それはもはや完全に彼の戦略の術中に嵌っていることになる。
(……いや、俺はとっくに術中なんだ。もう既にミオの掌で弄ばれている段階……問題はそこから抜け出すために足掻けるか。そしてどう足掻くかだ)
そのために必要な『手順』を、アキラは見出している。あとはその通りに事を運べるかどうか。ドミネイターとしての自身の力量に掛かっていた。
「俺のターン、スタンド&チャージ! そしてドロー! ……これで俺のコストコアは八つ。ようやくだよ」
「ようやく? ……ああ、そういうことか。いいじゃん、お好きにどうぞ」
ミオはアキラの言葉の意味をすぐに察した。それはこれまで目にしてきた彼の使用カードをきちんと記憶しているが故の超速理解。その全てを見透かすような天才少年の眼差しに怯むことなく、アキラは手始めにコストコアをふたつレストさせた。
「《未曽有の森》で追加コストを2払い! 場と墓地に同名カードのない『アニマルズ』ユニットをデッキから持ってくる──俺が指定するのは《暴食ベヒモス》!」
二枚のみの採用となっているベヒモスを引ける確率はそう高くない。しかしながら《未曽有の森》さえあれば、追加コストの代償があるとはいえ望ましいタイミングで指定のユニットをピンポイントで持ってこられる。その利点を抜かりなく活かしたことに模範解答だとミオは笑う。何故なら、ベヒモスは今のアキラにとってまさに救世主たるユニットなのだから。
「サーチ効果を使ってもコストコアは六つ残っている。問題なくベヒモスが召喚可能ってわけだね」
「ああ! そしてベヒモスの旺盛な食欲はオブジェクトカードだって餌とする!」
来い、《暴食ベヒモス》! 気合を込めて名を呼ばれた山のような巨体を誇るマンモス。ドシン、と深い森をも踏み砕かんばかりの重量を響かせて姿を見せた彼は、登場と同時にその長く太い鼻を天高く持ち上げて。
「効果発動! ベヒモスは登場時に場のカード一枚を食らう! そこにカードの種類の区別はない──対象に選ぶのは《ヴィクティム・マシーン》だ!」
「あは、やっぱりそっちね」
強烈な吸引によって地面から浮き上がり、そのまま吸い込まれていく《ヴィクティム・マシーン》。これまで様々なユニットをその内部に収容してきた処刑機械が今度は逆にユニットの腹の内へと収まること。その因果応報とでも言わんばかりの結末に、しかし機械の持ち主たるミオの余裕は崩れない。
想定通りである。ミオの顔付きからこの事態を彼が予見していたことをアキラは知り──手順がひとつ進んだ、と内心だけで小さく息をついた。




