70.称賛と嘲笑
(ここで! また手札を捨ててまでレギテウの召喚を優先するだって──これは流石に意図がわからないぞ。【疾駆】が欲しかったのだとしてもボクの場には二体の守護者ユニットがいる。どのみちダイレクトアタックは通らないっていうのに……)
アキラが展開しているエリアカード《未曽有の森》は緑ユニット全てに【好戦】を与える。元より【好戦】持ちのグラバウがその恩恵を受けることはなく、そこを考慮して今回は【疾駆】持ちのレギテウを優先した。とすればまあ、ユニットの能力による取捨選択として一見筋は通っているようにも思える。
だがそもそもミオは【疾駆】ユニットの登場を見越して【守護】を持つアクアメイツ・トークンを残すようにしているのだ。身の守りは万全であり、ガードを行なえる以上どのみちアキラの攻撃はユニットにしか通らない。そういった状況ならばユニット殲滅に長けたグラバウこそを最優先で召喚するのが定石であり常識であろうに──では、何故彼はそんなミスのしようもないくらいにわかりやすい選択肢で逆の択を採ったのか。
そこには何かしらアキラなりの思惑が存在しているはずなのだが、超天才ミオの優れた頭脳がそれを看破するよりも先に。
「《暗夜蝶》でアタック! 攻撃先は《いかがわしい仲買人》だ!」
「!」
守護者ユニットをアタックに参加させた。二体のパワーは互角であり、このアタックが通れば相打ちでどちらも場から退場する。……犠牲を払ってでもこちらのユニットを減らそう、というアキラの行動自体はミオにも理解できるし、それはやって然るべき対処であるとも思う。二枚目の《水精加護の水籠》を見せた以上、ここから先はよりユニットの展開力に差が生じていくのはアキラだって承知しているのだから──だからこそ、ひとまずは敵の場を壊滅させられるグラバウを召喚しなかった訳というものが読めずにいるのだが、そこはひとまず置いておいて。
(仲買人を守る必要は……別にないか)
オブジェクトカードをサーチした時点で彼の仕事は終わっているようなもの。二台の《ヴィクティム・マシーン》が稼働の時を待っている以上、相打ちになろうとならなかろうと《暗夜蝶》の死は決まっているが……しかし万が一の可能性として、アキラがここから更にユニットを展開してこないとも限らない。彼にコストコアは残っておらず、手札も少ない。そんな可能性は本当に万分の一程度のものでしかないが、ゼロではない以上警戒を怠ることはできない。この場面でミオが最も面倒だと思うのは《暗夜蝶》と同じくターン終了時での死が確定しているはずのレギテウが生き延びてしまうこと。
アキラの切り札たる『ビースト』のカードはフィールドに残しておかないに限る──ひょっとすれば。
(自コスト軽減と【疾駆】以外にもレギテウがまだ能力を隠し持っている線だって、考えられるんだしね)
ミオは《キングビースト・グラバウ》の効果を正しく把握している。しかして《バーンビースト・レギテウ》に関してはこれが完全初見。つい先ほどのクロノ戦にて初披露されたカードであることに加え、その際にミオはベスト4にまで残った強敵たる二年生とファイトを行なっている最中だったのだ。故に当然ながらレギテウの効果はこのファイトで直に確かめた範囲でしか把握できていない。
他にも何か能力があるのではないか。そういう疑いが晴れない以上は、ただ《ヴィクティム・マシーン》に処理を任せるだけでは足りない。なのでミオは守護者を温存すると共にアキラのユニット数を減らすべくノーガードを決断した──ここまでの思考にかかった時間は一秒にも満たない。
「アクアメイツ・トークンは動かさない!」
「ならバトルに突入だ!」
《暗夜蝶》
パワー1000→2000
《いかがわしい仲買人》
パワー2000
単なる森ではない《未曽有の森》に満ちる、目に見えない緑々しき力。それを浴びてパワーアップを果たしている黒い羽の蝶がスタンド状態にあって本来なら安全であるはずの仲買人に襲いかかった。木々の影から飛び出しての完璧な奇襲であったが、しかし仲買人もその怪しい商売柄海千山千の経験をしてきているのだろう。不意を突かれつつも見事な反応で応戦し、思いの外鍛えられている両腕をローブから覗かせて蝶に反撃を繰り出した。その結果は相打ち。共に致命傷を負って倒れ伏した二体のユニットは、そのまま大いなる森の新たな養分となった。
「この瞬間! レギテウの常在型効果が適用される!」
「ッ! やっぱり他にも能力を持って……?!」
「俺の場のユニットが破壊された時! その数だけレギテウはアタック権を増やすことができる──《暗夜蝶》がバトルで破壊されたために一回プラス。よってこのターンレギテウは二回アタックすることができる!」
「アタック権増加の能力! なるほど強力だね……でもボクの場にはちょうど二体の守護者トークンがいる。彼らにガードを命じる! これでレギテウの牙はボクには届かないよ!」
「届かないなら仕方がない。本音を言えば少しでもミオのライフコアを削りたかったけれど、でもそれがこのターンには叶わないってこともわかってる──そしてこれでいいんだ。俺は最初からミオ、お前のユニットしか狙っていないんだから!」
「!?」
行け、レギテウ! アキラの鋭い号令に巨躯の狼が棘上の両翼を広げながらすっと身をかがめ──そして消える。目を丸くさせたミオの視界に黒い影が刹那に通り過ぎていき、気が付けば彼を守っていたはずのアクアメイツ・トークンは二体とも屠り去られていた。
「は、速い……これがレギテウの真の力ってわけか」
貴重と言っていい召喚コストの自己軽減能力。そこに【疾駆】という奇襲性が加わり、のみならずフィールドの都合によっては複数回の攻撃まで可能とする恐ろしいまでに攻撃的なユニット。グラバウとはまた異なった、しかしなんら劣らぬ狂暴性を持ったカードだと認めてミオは笑う。流石にアキラの信頼する『ビースト』の一枚、生半なものではない。やはり自分の警戒は正しかったと今やレギテウのみになったお互いの場を見ながら思う。
随分と寂しくなってしまったが、けれども。ユニットこそいなくてもミオの場には三つのオブジェクトが置かれている。
「ふふ……またレギテウに頼った謎が解けたよ。ボクのユニットを全滅させることが狙いだったって言うのならますますグラバウでいいじゃないか──と思ってしまいそうなところだけど。でも重要なのはそこじゃなかった。レギテウにあるコスト軽減能力こそが肝だったんだね」
「ああ。対ユニットで言えばレギテウよりもグラバウが専門だ、本当なら俺だって呼び出したかったさ。だけど召喚するためにどうしたってグラバウは7コストかかってしまう。そうすると──」
「せっかくの《未曽有の森》のサーチ効果が使えない、でしょ?」
「正解だ」
「やっぱりね。そしてサーチしたのは《イノセント・オブ・ビースト》……よく考えているじゃないか」
サーチのためのコストコアを浮かすために、アキラは手札を一枚捨てた。つまり手札の総数そのものに変化はないことになるが、望むカードがそこに加わっている以上はプラマイゼロなどではなく明確にプラスだ。その上で『デッキ圧縮』(※ドローやサーチを重ねてデッキ枚数を減らしていき、相対的に必要なカードを手札に来やすくさせること)によるアドバンテージも稼げているのだからやる意味は大いにあると言える。
たった一枚とはいえ明確に一枚。次のターンもサーチ効果を使うのであればデッキ圧縮はますます進む。その積み重ねが時にファイトの結末すら左右するほどの大きな差になることを、アキラは理解しているのだ。
「結果として君はボクのユニット全てを倒しながらサーチまで行なった。これはグラバウを選んでいたらできなかったことだし、どちらを召喚しようとどうせターンの終わりに君の場が全滅するのも変わりない。だったらレギテウを選んで少しでも次のターンのためにアドバンテージを稼ぐのが大正解。クレバーでとっても綺麗なプレイングだ。座学のファイト概論で学んだことが君の中に根付いてるみたいだね……お見事、お見事」
とはいえ! とミオはそこで語気の調子を称賛から嘲笑へと変えて。
「そんな涙ぐましい努力をいくら重ねたところでどうにかできるボクじゃあないけどね──さあアキラ! 君にやれることはもうない。エンド宣言をしなよ!」
「……ターンエンドだ」
促されるままにエンドフェイズへ移行した、その途端に稼働する処刑機械。一体しかいないからには他に選びようもなく、此度の犠牲は強制的にレギテウとなった。静かにそれを受け入れて箱の中に消えていった巨狼の姿を見送り、そして手番はミオへと移る。
「ボクのターン! そろそろ締めといこうか、おにーさん!」




