6.DAを目指す者たち
放課後のミヨシ第三小学校の職員室にて。アキラの担任である男性教師は、彼の肩に置いた手へぐっと力を込めた。
「よし! アキラの気持ちと本気度はよーく伝わった。志望校は『ドミネイションズ・アカデミア』だな。先生も応援するよ」
「あ、ありがとうございます」
「だけどな、アキラ。相手は合格倍率が100倍とも200倍とも言われているような超難関校だ。こんなことは言いたくないが、もしもの場合に備えてちゃんと他の学校のことも考えておくんだぞ?」
落ちた際の保険、ということだろう。教師の言っている意味はアキラにもよくわかっている。進路について彼と話す前にまず両親とじっくり話し合い、その際にも似たようなやり取りをしているのだ。アキラの答えは変わらない。
「ダメだった時は受験の必要がないミヨシ中学校に通うつもりです。家からも近いですし。でも先生……俺、絶対にDAに受かってみせます」
「そうか」
アキラの覚悟が伝わったのだろう。彼の肩から手を放した担任は、その手でパンと自分の膝を叩いた。
「なんにせよ目標を高く持つのはいいことだ! しっかし、これでうちの学校からDA受験生が三人も出ることになるのか。なんだか凄いな」
「三人?」
紅上コウヤ。去年あたりからDAを目指すと周囲に公言している彼女と、それに続く形となった自分。これで二人。ひょっとして最後の一人とは──。
「ああ、舞城くんのことだよ。彼女もコウヤと並ぶ、ミヨシ第三の大注目株だからな!」
やっぱり、と納得を持ってアキラは頷いた。
舞城オウラ。自分やコウヤとはクラスこそ違うものの、そのドミネイションズの実力の高さから彼女は否が応でも目に付く存在であった。コウヤの取り巻きその一、程度に思われている自分とはほとんど関りらしい関りもないが、舞城オウラとコウヤは一度だけ衆人環視の場でドミネファイトをしたことがあり、その時の激闘ぶりは今でも学校内で語り草となっているほどだった。
──『戦わないのなら、どうでもいいですわ』
「……、」
「コウヤと舞城くんに負けないように頑張れよ、アキラ!」
先日オウラから言われたセリフが蘇り、知らず拳を握り締めているアキラに気付くことなく担任が激励の言葉を飛ばした。
「はい。俺はなります──プロのドミネイターに!」
もう自分は、戦わない者ではない。
◇◇◇
「ようアキラ! どうだったよ、反対とかされなかったか?」
「うん、大丈夫だった。両親からの許可も得ているって言えば割とあっさり」
「なーんだ、心配して損したぜ」
職員室から出てきたアキラを出迎えた少女は、話題に出ていた一人である紅上コウヤ。アキラがドミネファイトを始め、しかも彼女と同じDA志望だと打ち明けたことでコウヤは大層に喜び、こうして担任への報告にも進んで付き添うほどだった。最初は一緒に説得する気満々でいた彼女へなんとか言い含め、こうして待っていてもらうだけに留めたのはアキラのちっぽけなプライドが為したこと。
がしっ、と日頃からよくそうしているようにコウヤはアキラと肩を組んで歩く。
「まあ、せんせーが渋るようならファイトしてぶっ倒せばいいだけなんだからそんなに心配はしてなかったけどよ」
「うーん、流石に大人に勝てる気はまだしないけど……」
「ガチのドミネイターってわけじゃねーんならいけるいける。アタシとも軽くファイトしたけどよ、けっこーいい線いったじゃん? 始めたてにしちゃマジ強いって、アキラ。もっと自信持てよ」
「そ、そうかな」
幼馴染として評価が甘くなっている気もしないではないが、けれどコウヤほどのドミネイターに褒められるとやはり嬉しいものだ。確かに、友人たちと何度かファイトをしてみたがコウヤ以外にはまだ負けたことがない。ピッカピカのビギナーに対して彼らが気持ちの面で本気を出せていないこと、なのに毎回のように苦戦してしまうこと。自分でもわかる粗というものは多々あるものの、それでも勝利を掴めてはいる。それに関してはコウヤの言う通り、もっと自信を持ってもいいのかもしれない。
「そーだぜアキラ。お前ならDA受験だって楽勝さ! アタシと一緒に日本一の名門ドミネ校でばりばりファイトして、そんでもって一緒にプロになろうぜ──」
「なんですって?」
「!」
いきなり。目の前に立ち塞がった一人の少女に、コウヤとアキラは慌てて立ち止まった。まるで通せんぼでもするようにしてこちらを睨む彼女の名は。
「舞城さん……」
話題のもう一人。ミヨシ第三のトップドミネイター舞城オウラその人。男勝りで明朗快活なコウヤとは正反対の、いつも涼しげで気品というものを漂わせている彼女が……今は普段の様子も遠く、非常に厳しい顔付きをしている。そんな表情を向けられる意味がわからずに困惑するアキラの肩から、コウヤの腕が外された。
「なんですって、ってなんだよ。アタシたちのことがなんかお前に関係あるか? オウラちゃんよ」
「気安くわたくしの名前を呼ばないでくださる? 紅上コウヤ。対等に名を呼び合うには対等な品格というものが要り様でしてよ」
「呼びたくて呼んでんじゃねーんだよこっちは。話もしたくないってんならそこ退きな」
「わたくしだってあなたのことなどお呼びじゃありませんわ」
「んだとぉ?」
同等の実力者、ながらに性格も使うカードも正反対。お察しの通り二人の相性は悪く、まるで水と油であった。顔を合わせればこのように険悪なムードになるのはいつものこと。なんとかして取り成さなければ、と焦るアキラはその焦燥が見当はずれなものであったとこの直後知ることになる。
「わたくしが用があるのは──若葉アキラ。あなたの方ですわ」
「お、俺?」
「てめえ、アキラに何しようってんだ」
「シャラップ。関係ないお口はお静かに……聞き捨てならない言葉が聞こえたので、その確認ですわ」
「聞き捨てならない言葉って……?」
「ええ。『DAを受験する』。あまつさえ『プロのドミネイターになる』、と。これはわたくしの聞き間違いなのかしら?」
「………」
少し考えてから「いや」と首を横に振るアキラ。どちらもコウヤが口にしたセリフだが、それは自分の進路の代弁でもある。決して間違いでもなければ聞き間違いでもないと告げれば──すっとオウラの目が細まった。
「だとしたらおかしいですわね。つい数日前、ドミネイターかと訊ねたわたくしにあなたは否と答えた。それはつまり、嘘をついたということかしら? このわたくしを騙したと?」
「嘘じゃねーっての。そんときのアキラはまだドミネイターじゃなかったんだよ!」
「待ってコウヤ」
アキラが謂れのない非難を浴びている。そう感じて憤るコウヤを止めたのはアキラ本人。庇うように前に出ているコウヤを抑え、彼は自分がオウラの前に立った。
「確かに俺は嘘をついた。『ファイトになんか興味ない』って言ったけど、ごめん。本当は興味津々だったんだ。それに気付けたのは舞城さんのおかげだ……だからお礼が言いたい。ありがとう舞城さん」
「……感謝など誰も求めていませんわ。わたくしが言いたいことはただひとつ。自惚れるな、ですわ」
「自惚れ──」
「ええ。DAとは伝統と誉れある世界有数のプロドミネイター育成校! 毎年全国から入学を夢見て猛者が集い、けれど指折りの実力者であってもそれが叶うのはほんの一握りでしかない……間違っても昨日今日ファイトを始めたような人間が通用する場所ではありませんわ」
「そっか、舞城さんはそう思うんだな。でも俺はそう思わない……なんて言っても、言葉だけじゃきっと意味はないよな。だからさ」
言いながら、ごそりと。アキラはズボンのポケットからドミネイションズカードを出した。
「今朝組み上げたばかりの新しいデッキがここにある。こいつで俺のことを試してみないか? ファイトをしようぜ、舞城さん」
「──ドミネイター同士が意見を違えたのなら、その決着はファイトの腕前によってのみ付けられるべき。いいですわ。このわたくしに臆さず挑むのは気高き勇気か、愚かな蛮勇か。見定めてさしあげましてよ」
「俺は舞城さんに感謝を受け取ってもらうために──」
「わたくしはあなたに現実を知らしめるために──」
「「ドミネファイト!」」