57.エース対決の結末
対マーギウスのために切り札であるグラバウを手札に確保したことで多少の安心を得たアキラは、クロノが何を考えているのかなど露とも知らずに追加でユニットを場に呼び出した。
「《恵みの妖精ティティ》を召喚! 登場時効果により二枚ドロー、内一枚をコストコアへ。残りのコストで更に《暗夜蝶》を召喚!」
《恵みの妖精ティティ》
コスト3 パワー1000
《暗夜蝶》
コスト2 パワー1000 【守護】
合計で8コストを費やし連続召喚を行なったアキラ。これで彼の場には合計三体のユニットが並んだ。最高パワーはイノセントの2000と戦線としては頼りないが、しかしその数はクロノの残りライフコアと一致する。いくら小粒なユニットたちでも数は力であり決して無視はできない。
ジランという守護者ユニットがいるとはいえクロノもあまり悠長にはしていられないはずだ──というアキラの計算は一プレイヤーとして極めて正当なものであったが、さりとて正鵠を射たものではなかった。この場面に限っては。
アキラがターンエンドを宣言すると同時にクロノは行動を開始。
「俺様のターン、ドロー! このターンで俺様が使えるコストコアは八つになった。その全てをレストさせて! 来いッ、魔を統べる巨悪の輝き──《暗黒魔天マーギウス》!!」
「ッ……!」
《暗黒魔天マーギウス》
コスト8 パワー8000
どこからかフィールドに夜空が滲み出し、その闇を突き破るように姿を見せたのは四つの腕を持つ偉丈夫。白く長い髪を夜風に躍らせながらアキラと彼のしもべたるユニットを睥睨するその出で立ちは、まさしく悪の王。魔天の名に相応しい威厳と偉容を誇っていた。
「早速こいつの恐ろしさを味わわせてやる。マーギウスの起動型効果を発動!」
「起動型効果……!」
《暗黒童子マゼラ》と同じく、プレイヤーの意思によってアクティブフェイズの好きなタイミングで発動することができる効果。使い切りである代わりに召喚さえできれば効果が通る登場時効果とは融通性と利便性において一長一短の関係にあるもの、相手への妨害手段をアキラが持たない現状、より脅威なのは起動型の方だと言っていいだろう。
しかしマゼラの前例からその予測自体はアキラにもついていた。なので意外というほどでもなく驚きは少ない──問題なのはその効果の内容。マゼラが有していたのは蘇生効果であったが、果たしてマーギウスの能力とは。
「自分の墓地の黒ユニットと相手の場のユニットを一体ずつ指定して発動! 自分ユニットを蘇生させ、その後に相手ユニットを破壊する!」
「なっ──」
「再び甦れ、《滅殺ドルルーサ》! そして《ビースト・オブ・イノセント》を破壊だ!」
マーギウスが右の二本腕で作り出した暗黒球。その中からずるりと、暗黒と同等に黒い体躯を持つ化け物が出てきた──かと思えばマーギウスの左の二本腕が暗黒矢を形成。それが射出され、一瞬でイノセントを貫いた……否、その全身を消し飛ばしてしまった。
蘇生と破壊の同時適用。自分のユニットを増やし、相手のユニットを減らす。言葉にすれば単純だが、単純故にあまりにも強力かつ凶悪な効果である。これがマーギウスの力か、と戦慄するしかないアキラ。その表情の強張りはクロノを大いに満足させた。
「ひゃはは、よーく噛み締められたようだな。俺様の切り札の恐ろしさをな! もはやドルルーサすらおまけにしかならねえほどの圧倒的な力だ……だが予め言っておくぜ、若葉アキラ。マーギウスの売りはそれだけじゃねえ」
「!?」
「こいつにはもうひとつ効果があってな。それが『相手の効果によって破壊されない』っつー破壊耐性! つまりさっきみてえに《ダークパニッシュ》を唱えようとマーギウスにゃまるで通用しねえってことだ!」
「く……」
これだけ強力な効果を持ちながら破壊耐性まで有しているとは。これでは《ダークパニッシュ》だけでなく、それ以外のデッキに採用している黒のカードたちの全てが封じられたも同然であった──効果破壊が通じないからには【復讐】持ちの《闇重騎士デスキャバリー》も、レストしているユニットを破壊できる《悲喜籠りのアイラ》もマーギウス相手にはまったくその能力を活かせないことになるのだから。
《ジャックガゼル》の破壊耐性でクロノを困らせようとしたアキラがそれと同じことを、それ以上の規模でやり返されている。なんとも上手くいかないものだと内心で苦笑する彼だったが、けれど深く絶望はしていなかった。何故ならばアキラにとっての希望たるグラバウが既に手札にいるから。
「ジランでアタック……は、しねえが吉だな。【守護】持ちをレストさせてまで今てめえのライフコアをひとつ削る意味はねえ。俺様はターンエンドだ」
「俺のターン、スタンド&チャージ。そしてドロー……よし」
アキラのコストコアは九個。グラバウを呼び出すには充分の量がある。故に彼は迷わず召喚へと踏み切った。
「切り札には切り札で対抗する! 来い、俺のエース! 《キングビースト・グラバウ》を召喚!」
《キングビースト・グラバウ》
コスト7 パワー7000 【好戦】
どしん、とフィールドに重々しく降り立った巨獣グラバウ。物語の神をも食らう伝説の獣を思わせるその荒々しくも誇り高い姿にアキラは勇気を得る。胸の奥から湧き上がるそれを原動力に、彼は静かにその時を待っているグラバウへと命令を下す。
「クロノの場にユニットが三体いることでグラバウのパワーは+3000される。そして【好戦】によりグラバウはレストしていないユニットともバトルすることができる──早速アタックだ! 攻撃対象はマーギウス!」
短くひと吠えし、地を蹴ったグラバウ。そのパワーは10000にまで上がっており、対するマーギウスのパワーは8000。戦ってどちらが勝利するかは自明の理。しかし勝ち目がないはずのマーギウスの口元には邪悪な笑みがあり、それは彼の主人であるクロノも同様だった。その様子にヒヤリと、喉元に冷たい刃が当てられたような嫌な予感を覚えたアキラだったが──気付いたところでもう遅かった。
「マーギウスの真の恐ろしさ! それは相手ターンにも効果を起動できることにある!」
「なんっ、だって……!?」
「当然俺様はこのタイミングでマーギウスの効果を発動させる! 墓地より《またたきのジゼル》を蘇らせ、そして! 破壊対象に《キングビースト・グラバウ》を指定だァ!」
マーギウスと違ってグラバウに破壊耐性などない。飛びかかって爪を振るう直前、放たれた暗黒矢によって貫かれた彼はイノセントのように消し飛んでしまうことこそなかったが……しかし口から尻尾までを矢が貫通したからには助かりようもない。
あと一歩でマーギウスに攻撃が届く、というところで完全に力を失ったグラバウはぐらりとその体を傾けさせ──地に倒れると同時に消え去った。
「そんな、グラバウ……!」
「脆いもんだぜ、いくらパワーが高かろうが破壊効果を前には無力に等しい。ひゃは、これでわかったかよ若葉アキラ。てめえじゃマーギウスには敵わねえ! このまま俺様に敗北するしか未来はねえってことがよぉ!」
「……っ、」
エースカード同士の対決で、敗北すること。それはファイトの趨勢を決定付ける要因となり得る重大事項。そんなことはクロノに言われるまでもなくアキラだって重々に承知している──けれども。切り札を失ったからと言って必ずしもそのプレイヤーが負けると決まった訳ではない。
確かに勝負の天秤は大きくクロノ側に傾いたかもしれない。しかしまだライフコアが残っている以上は、最後の最後に天秤がどんな結果を示すかはわからないのだ。そう克己したアキラは。
「残りのコストで二体目の《暗夜蝶》を召喚! 俺はこれでターンエンドだ!」
無為に死なせてしまったグラバウへ申し訳なく思いつつも、その気持ちすら己を奮い立たせるための材料とし。些かも闘志を衰えさせぬままにクロノを見つめた。




