56.暗黒とビースト。切り札を呼び出す準備!
異変の正体。それは。
「クロノのコストコアが──増えている!?」
スタートフェイズで行われるチャージ。それによってクロノの魔核がこのターンで五つになったのをアキラは先ほど確認している。ところが改めて数えてみればそこには七つのコアがあるではないか。ターン開始時よりふたつも数を増している──ということは、とアキラの合点とクロノの肯定はほぼ同時だった。
「その通りだ。これこそが俺様の唱えたスペル《命の巡礼》の効果。こいつを発動したターンに死んだユニットは墓地に行かず、コストコアへと変換される! そしてそれは何も俺様のユニットに限った話じゃあねえ……てめえのコストゾーンを見てみな!」
「! 俺のコストコアもひとつ多くなっている……そうか、《命の巡礼》はフィールド全体が対象なのか」
相打ちになった《ブレインダーク》と共に《幻妖の月狐》にもスペルの効果が適用されたのだとアキラは理解した。つまり互いに破壊されたユニットの数がそのまま新たなコストコアとなったということ。クロノは二体、アキラは一体。これによりクロノは、ディスチャージ権が多いことで常に『先行プレイヤーよりも1コスト分だけ大きいカードを使用できる』という後行プレイヤー特有の有利を打ち消したことになる。
更にクロノが得た優越はそれだけではなく。
「追加されたコストコアは起動状態にある。俺様はこのターンあと3コスト使用できるってことだ……なんてのは、緑使いのてめえにゃいらん説明だったか? くくっ」
「……!」
「当然使えるもんを遊ばせておくことはしねえ! 俺様は増えたコストでユニットを呼ぶぜ──来やがれっ、《暗黒の呼び水ジラン》!」
増やしたコストコアはその時点から使用できる。アキラもよく『フェアリーズ』のカードで増やしたコストを即座に役立てる戦法を取るが、同じことをやり返されるとその面倒さがよくわかる。やはりコストコアのブーストは単純にして強力な緑陣営の武器。それをまさか、些か特殊な増やし方ではあるが黒使いのクロノがやってくるとは思いもしていなかっただけに、アキラからすれば彼のプレイングは衝撃的なものであった。
そしてアキラに二重の衝撃を与えたのが、今し方召喚されたユニットに含まれるその称号。
《暗黒の呼び水ジラン》
コスト3 パワー1000 【守護】
「『暗黒』だ。確かあの日にも誰だか知らんガキがこの名の意味をてめえに教えていたな……だったらわかるだろ? 緑の十八番を奪って呼び寄せたこいつが単なるバニラユニットじゃあねえってことが!」
「やっぱり何か厄介な効果を持っているのか……!」
「無論だ! こいつ自体のパワーはたかが知れているが、その能力によって俺様のエースを引き込むことができる──ジランの登場時効果を発動! 手札を二枚捨てることでデッキから『暗黒』ユニットのカードを一枚サーチする!」
「!」
エースカードのサーチ。「呼び水」の名の通りの効果でジランがデッキ内から念力によって引きずり出して投げ渡した一枚のカードを、クロノは勢いよくキャッチしてみせた。その代償として彼は二枚もの手札を失い、総数としてはマイナス一枚。決して安くない対価を支払っているが、しかしその表情に陰りは一切なし。ということはそれだけ、損失を補ってあまりあるほど手札に加えたカードが強力なのだろう。
「俺様が選んだカードは『暗黒魔天マーギウス』! このデッキのエースカードだ……こいつでてめえを屠ると宣言してやるぜ、若葉アキラ!」
呼び寄せたカードがちゃんとその対象であるかを相互確認するために、サーチ効果を使った後はそれを相手に見せるのがドミネイションズの基本ルールだ。そんなことをせずとも不正があった時点でファイトは不成立となりルールを破ったプレイヤーの強制敗北となるため、いわゆるイカサマやインチキはできないようになっているのだが、スムーズなファイト進行のためにもこの手順を怠ることはできない。それは道端でアンティファイトを仕掛けるようなラフさがあるクロノであっても例外ではなく、彼もきちんとサーチしたカードをアキラへ見せた上で、それが自らの切り札であるとまで明かした。
そのマナーに則って行われたアンチマナーの処刑宣告はクロノの余裕の表れか、それとも獲物の恐怖に怯える顔が見たいという嗜虐心によるものか。いずれにせよこの時アキラは彼のエースカードの名称と、そのコストまで確認することができた。
(《暗黒魔天マーギウス》……生憎とこれも知らないカード。だけどコスト8の重量級カードなんだ、必殺級のとんでもない効果を確実に持っていると考えるべき……! そうでないとクロノだってあそこまでの自信は見せないはず)
真の切り札を隠し持つためのブラフ……という線もないではないが、仮に奥の手があったとしてもマーギウスが厄介なユニットである事実に変わりはないだろう。アキラはそう判断する。
何せ彼との初ファイトで使われた《暗黒童子マゼラ》──その後に譲り受けたことで今はアキラの物となっているあのカードにも、敵として相対した際には随分と苦しめられたものだ。しかしそんなマゼラでさえもコストは5。コストが大きければ絶対的に強い、というわけではないが、しかし黒陣営にとって特別な意味を持つという『暗黒』の冠を頂くカードとなればもはや断じても良かろう。召喚に8コストもかかるユニットが、弱いわけがないのだと。
黒の『暗黒』と同じような立ち位置であるはずの緑の『ビースト』を駆る者として、アキラはマーギウスを最大限に警戒しなければならない──とはいえ現状ではその能力がまるでわからないのでどう警戒していいものか茫洋としているのだが。
「ターンエンド。ここで《命の巡礼》の効果も終了だ。さあ、てめえのターンだぜ。マーギウス登場までに精々足掻いてみせな!」
「っ、俺のターン。スタンド&チャージ、ドロー!」
スタートフェイズ。コストコアが溜まり、手札も一枚補充される。これでアキラが使えるコストコアは七個になり、手札は六枚。対してクロノの手札は三枚──フィールドにユニットこそ置かれているものの本人も言ったようにそのパワーは低く、たった一体のみである。大したアドバンテージではない。そしてライフコアは双方三つ……互角の状況はまだ続いていると言っていい。
だが、ファイトの経過と共にどちらもライフは順調に減っていっている。
瀬戸際の攻防となるのはここからであり、このタイミングでエースカードを用意されたのはなかなかに手痛い。ならば自分がすべきは何か──先々のことを考えてアキラは手札から一枚のカードを選び、ファイトボードの上へと置いた。
「《ビースト・オブ・イノセント》! 召喚!」
「! イノセント……!」
見覚えのあるユニットの登場に歯を剥くクロノ。前回のファイトにおける敗因のひとつとなったそのカードのことを彼はよく覚えていた。
《ビースト・オブ・イノセント》
コスト3 パワー2000
「確かそいつは、緑にゃ珍しい墓地回収の効果を持つユニットだったな」
「ああそうだ。イノセントの登場時効果を発動、墓地から『ビースト』の名を持つユニット一体を手札に戻す! 俺が回収するのは《キングビースト・グラバウ》だ!」
「ほう……」
最初のターンに《幻妖の月狐》で墓地に捨てたカード。それがどうやらグラバウだったらしいと気付き、クロノは口角を上げた。
序盤には役立たない高コストカードをドローのための対価とし、コストコアが溜まったところで回収する。無駄のないプレイングだ。そして回収のタイミングを、こちらがエースカードを備えたところに間に合わせてきたこと。何よりクロノが評価するのはその勝負強さと称してもいいアキラの勘働きの良さにこそあった。
その点に関しては素直に褒めてもいい、だが──。
(入学してからの半月。グラバウで勝負を決めるてめえの姿を何度か目にしてきた……大方今回もそうやって俺様に勝つつもりでいるんだろうが、ひゃはは。だとすればてめえはすぐに知り、そして絶望することになるぜ。何せご自慢のグラバウは俺様のマーギウスに対して手も足も出やしねえんだからなぁ……!)




