54.激化! 牙を立て合うファイト!
「《闇重騎士デスキャバリー》……【復讐】持ちの守護者ユニットか。いいものをいい時に持ってきやがる」
ドルルーサへの対抗手段をこうも早く呼び出した。デッキとの間に信頼がなければなし得ないそれをやってのけたアキラ。それだけでも、彼があの日のままの単なる素人ではなく──既に一角のドミネイターになっていることは明らかであった。《幻妖の月狐》によって一枚分ドローを加速させなければ彼はクイックチェックでデスキャバリーを引くことができなかった。それは偶然であり偶然じゃない。運命を引き寄せたドミネイターに起こるべくして起こった必然なのだ。
故にこそクロノは笑みを深める。
随分と食い応えのある獲物に育ってくれたな、と。
「今のお前なら! 本気の俺様にとっても最高の糧となるに違いねえぜ──《またたきのジゼル》を召喚!」
「!」
《またたきのジゼル》
コスト3 パワー1000 【復讐】
どこかの国の王子様。そうとしか思えないような立派な礼服に身を包んだ端整な顔立ちの少年が、その煌びやかな衣装とは裏腹に暗く沈んだ瞳でフィールドに降り立った。低パワーの【復讐】持ち。それが登場したからには、一度でもレスト状態になったアキラのユニットはこの王子様に殺されるということだ。
(……! こうなるとデスキャバリーはやはりドルルーサと相打った方がいい、ってことになる。3コストのジゼルに取られたんじゃカードパワー的にこちらが大損だから──だけど、俺がそうすることをクロノは誘導している! ジゼルの召喚はあからさまにそのためのプレイング!)
「ターンエンドだぜ」
「むむ……、」
だがあからさま過ぎる気もする。デスキャバリーを生かしたくばレストさせないという方法もアキラにはある。そうするとアタックもガードも封じられてしまうが、もしやそれこそがクロノの狙いなのか。あるいはドルルーサとジゼルをスルーしてでもしばらくデスキャバリーを生き残らせた方が後々クロノにとっては不都合があるのか……考え出したらキリがない。
幾通りにも描ける相手の思惑、自分の思惑、その重なり合い。そこから最善を導き出せるか否か。それもまたドミネイターに問われる重大な資質のひとつ。
「俺のターン、スタンド&チャージ。そしてドロー……よし!」
狙いのカードが引けた。やはり今日の自分は絶好調であるとアキラは破顔する。
「二度目のディスチャージを宣言! 変換先はさっきと同じくコストコアだ!」
自動で砕け、そしてコストコアへと変貌するライフコア。アキラがこのターンに使用できるコストは4となり、これで今し方ドローしたカードをプレイできるようになった。
「召喚、《ジャックガゼル》!」
《ジャックガゼル》
コスト4 パワー4000 【好戦】
「そいつは……!」
「チハルくんとのファイトを見ていたならわかるよね。こいつの力も、俺がこいつで何をするかも!」
行けっ! そう命じたアキラの指示通りにガゼルはフィールドを駆ける。【好戦】によってレストしていない相手にもアタックできる彼が狙ったのは、先のターンに召喚されたばかりのジゼルだった。決して屈強ではない暗い瞳の王子はあっさりと獣の牙に倒れた。
「《またたきのジゼル》撃破!」
「【復讐】持ちを殺したからにはそのユニットも道連れになる……はずだがな」
「だけど《ジャックガゼル》には一ターンに一度破壊を免れる効果がある。ジゼルの道連れ破壊は効かない!」
王子が残した煌びやかな衣装から溢れた光の残滓。まとわりつこうとするそれを水気でも切るように思い切り体を震わせてガゼルは追い払った。これで彼は破壊耐性を失ってしまったが、しかしターンを跨げばすぐにその能力も復活する。
「けっ。つくづく面倒なユニットだな」
「相手にそう思わせるっていうのはそれだけ《ジャックガゼル》が良いカードだってことさ」
「ふん、違いねえ……」
ジゼルは所詮、牽制として場に出したカード。失っても大した痛手とは思わないクロノだったが、さりとて召喚したからには何もしない内に退場させられのでは割に合わない。最低でも一体は相手ユニットを破壊できる能力を持ちながら、よりにもよってバトルによって一方的に破壊されるとは……ガゼルの登場は僅かながらにクロノの計算を狂わせた。やはり持っているな、と初対面時に彼に抱いたその感覚がますます高まったところで。
「《幻妖の月狐》でダイレクトアタック!」
「ちィッ!」
クロノのクイックチェック。特に反応はなし。それを認めたことでアキラは続けて攻めた。
「デスキャバリーでもダイレクトアタックだ!」
「!」
槍の穂先で貫かれるライフコア。これでクロノの残りライフは四。クイックチェックで再び手札を増やしながら、彼は「ほお……」と意味深に言った。
「【守護】持ちのデスキャバリーでも攻めるかよ。いいのか? ドルルーサと睨み合うのがそいつの仕事なんじゃあねえのか」
「俺はこれでターンエンド。……クロノに選ばせてあげようと思ってね」
「俺様に、選ばせるだぁ?」
「そうだ。ドルルーサを犠牲にしてでもデスキャバリーを取るか。あるいは脇の《幻妖の月狐》を安全に取るか、はたまたユニットなんて無視して俺のライフを詰めるか。選ぶのはお前だ、クロノ。最善を選べるかな?」
「なるほどな、意趣返しってわけか。腹の立つことをしやがる」
ジゼルによってアキラの思考とプレイをある程度縛ろうとしたクロノのやり口を、彼もまた真似ているのだ。そっくりそのままというわけではないが、そちらも似たような選択をしてみろとクロノに強いている──自分は《ジャックガゼル》を引き当ててこちらのお膳立てを台無しにしておきながらよくもまあ、と彼としては色んな意味で笑うしかなかった。
「てめえと違ってこっちにゃ端から迷う余地なんざねえんだよっ! 俺様のターン! ドルルーサでデスキャバリーへとアタックだ!」
「!」
一切の躊躇なく攻撃命令を下す。主人の号令通りにドルルーサもまたなんの迷いなく闇の騎士に躍りかかった。デスキャバリーに自分を殺し得る力があることを悟りながらも、しかし死への恐怖よりも遥かに敵への殺意が強い。嬉々として殺し合いに臨んだ黒い化け物はその欲求通り、騎士の首を切り落としながらも自身も槍に刺し貫かれて命を散らせた。
「デスキャバリー……!」
「おいおい悲しむふりはよせよ。てめえがぶら下げた餌だろうが、あいつは。催促通りに食らいついてやったぜ──そして召喚、《ブレインダーク》!」
《ブレインダーク》
コスト4 パワー2000
全身に点滴用の管のようなものが繋がっている、頭部が肥大化した人型の何か。それが登場と同時に震える指先をガゼルに向けたことでアキラははっきりと嫌な予感を覚えた。
「《ブレインダーク》の登場時効果発動! このターンに破壊された俺様のユニットと同じ数! 相手のユニットを墓地送りにする!」
「っ、墓地送りだって!?」
「ひゃは! 破壊が売りの黒だってそれだけが能ってわけじゃあねえんだぜ……そんでもって墓地送りなら! 《ジャックガゼル》の破壊耐性なんざなんの意味もなさねえよなぁ!」
クロノが指定した対象は当然ガゼル。足元に広がった闇に吸い込まれ、必死に藻掻くもガゼルの脚は空を切るばかりでどうしようもない。あっという間に闇に飲み干されてしまった。──デスキャバリーだけでなく生存力の高いガゼルまでもが簡単に処理された。その事実に表情を険しくさせるアキラとは対照的に、クロノの獰猛な笑みはますます鋭利さを増していく。
「互いにライフコアは四つ、手札は五枚、場のユニットも一体。戦況は互角ってところか……そいつはつまり一手! ここからはたった一手の遅れがファイトの勝敗を分かつってことだぜ、若葉アキラぁ!」
無論、一手差し遅れるのはアキラの方であると。クロノにはその自信があった。それに対してアキラは──。




