509.海を渡るふたつの才能!
「知っているか? ミス・アメリア」
「何を?」
「私たちが向かう場所に待つドミネイターについて」
「何も」
「そうか。では軽くレクチャーしておこう。この稀代の天才、ジーク・J・キリングス様が直々にな」
「……」
向かいで脚を組んで座っている長身の男。ドミネイションズカードを手で弄びながらこちらを見もせずにそんなことを言ってきた彼に、言われた彼女も視線を向けることなく頷いた。「是非とも教えてほしい」ではなく「語りたければどうぞお好きに」の合図だ。しかし男の方はそれを限りなく好意的に──というよりも自分にとってこの上なく都合よく解釈したようで、満足そうに笑みを浮かべて続けた。
「講義と言っても覚えておくべきは『たった二人』だ。交流戦にはあちらも五名出してくるようだがこの二人以外は単なる数合わせ……このセスナに乗るドミネイターの中でも私たち以外が取るに足らない者ばかりなのと同じく、日本のドミネイションズ・アカデミアもそうなのだよ」
丁寧にケアされていることがわかるさらさらのブロンドヘアに指を通してその男、ジークは口元に浮かべている傲慢な笑みに似つかわしい傲慢なセリフを吐いた。大柄な背丈の上から下までを目に痛いほどの白一色で包み、首や指に自身の髪色よりもギラついた金のアクセサリを輝かせる風貌は、一見してどこかの貴族階級。顔立ちも映画俳優さながらに整っているのと相まって本来なら非礼極まりないセリフも、まさしく「物語上のセリフ」をそらんじているような雰囲気が漂いなんとなくサマになってしまっている。そのことに自覚的なのだろう、ジークは流暢に言葉を──これから赴く国に合わせた言葉、即ち日本語で続けた。
「私の愛機に君以外を乗せるのは正直業腹だったのだがね。そうともミス・アメリア、君であればこのブラックグロー号を足代わりに使ってもいい。私はそれを快く許せるナイスガイなのだ──留学メンバーに君もいること。そして学園長であるミスター・ガンプからの頼まれごとであるが故に渋々と後ろの三人も乗せてやったのだ。生意気にも羽を伸ばしまくっている奴らは果たして自らの幸運がどれほどのものか正しく理解しているのだろうか……おっと話が逸れてしまった」
「……」
「ん? どうかしたかミス・アメリア」
座席にすっぽりと収まって窓の外を眺めている少女。ジークとは対照的にスノーホワイトの銀髪に表情を隠したままのアメリアは一見してなんの反応も見せていなかったが、しかしその無言にジークは何かしらを感じ取ったようだった。
「ああそうか、そもそも君は留学自体に乗り気ではなかったんだったな。いやわかるとも、私とてプロ資格を取得している身だ。今更僻地の島国で何を学ぶことがあるのかと疑問に思わずにはいられない。ドミネイションズのルーツがある国と言ってもそんな歴史は個人的なバカンスででも堪能すればそれで充分だ。留学してまで味わうことではないだろう。ましてやアカデミア同士で便宜を図り合ってまで、など馬鹿げているとしか思えん」
「……」
「勿論ミスター・ガンプに何かしらの思惑あってのことだとは理解しているがね。そうでなければいくら彼の頼みでもブラックグロー号は動かしていなかったさ」
彼らの出身国アメリカが言わずと知れたドミネ大国であるとするなら、日本という国は言うなればドミネ小国である。ドミネイションズカードの発祥が日本にあることは──何故かいつからそれがあるのかその詳細な誕生のきっかけや時期を知る者は誰もいないが──今やドミネ界の定説となっており、語り口からもわかる通りジークもしかとそういう認識を持っているが。
とはいえそれがどうしたと言うのか。彼は過去の証人ではなく今を生きる若者である。各国と比べてもドミネイションズの教えが盛んで、ドミネイターの比率も高くありながら(あくまでドミネ小国の中では、だが)世界ランカーのドミネイターの排出率が低い極東の島国など、わざわざ眼中に留めておく意味もない。これはジーク個人の見解ではなくドミネ界における共通認識。世界から日本に向けられる視線に等しかった。
なので。せめて交流戦の開始まではどこにも留学の情報をリークされたくない、と通常なら学園側が用意するはずの飛行機ではなく彼が個人所有しているプライベートジェットの稼働を打診された際には流石のジークも訳が分からず、話が急遽だったことも含めて学園長であるジーニアス・ガンプの正気を疑ったものだった。ちなみに学園長の名は本名ではなく、彼が半世紀以上前にプロデビューして以来名乗り続けているファイトネームであり、かつてはナンバーワンランカーにもなった偉業を称えて周囲が未だにそう呼び続けているという逸話……というか裏話がある。実は生徒の大半が学園長の本当の名前を知らないのもまたUDAのちょっとした裏話である。
「……」
「それなのによくOKしたな、といったところかな? そこで先ほどの『二人』だミス・アメリア。ミスター・ガンプから彼らのことを聞いて、これまで私以外には誰も乗せたことのないこの愛機を使用して日本を訪れていいと考えた。先にメディアに捕まってしまっては好きに動く時間もないからな、ミスター・ガンプの懸念はもっともなものだと言える。UDAの生徒として、そして一人のプロドミネイターとしての外聞を気にすることなく『思い切り遊ぶ』ためには秘密裏の渡航が何よりの条件だ」
「……」
「無論だ。何せ話を聞く限り彼らもまた私たちと同類。歴史ではなくこれからの先を作っていくドミネイターなのだからそうしてでも確かめる価値がある。アカデミア同士の交流などどうでもいい、私は私のためだけにこの愛機を動かしているのだ──エミル・クレンゲにアキラ・ワカバ。『天凛』などと称されているらしいこのふたつの才能を味わうために」
「……」
「そうだ、エミルにアキラ、そっちがファーストネームだ。どちらもなかなかにいい響きじゃないか? 日本語ではどういう意味合いなのかは知らんが。とにかく私は彼らが見たいし、彼らと戦いたい。あのミスター・ガンプが……そう、太鼓判と言うのだったか。将来的に私たちの『良き敵』になると断言するくらいなのだからそれは間違いのないことなんだろう」
日本人でもあまり使わない単語を思い出しながら語る彼は語学においても明るいことがよくわかる。恐るべき点はジークが元々日本語を学んでいたのではなく、留学が正式に決まってからのつい二週間ちょっと。それだけの間の付け焼刃でここまで流暢に話せているというその事実だろう。
天才。奇しくも学園長ガンプのプロネームと同じ称号を人目もはばからず自称する彼は、それだけの自信を持つに相応しい男であるようだった──それはきっと、ドミネファイトの腕前においても同様に。否、そちらでこそより明確に他者を圧倒するだけの実力を発揮するに違いない。そうでなければ曲者揃いながらに本物の才者の集まりである五人の留学生チーム、その代表を任されるはずもないのだから当然だ。
では、そんな彼が。己が才能を正しく知り、またそれを態度にして振るうことにも一切の自重を知らないジークという傲岸不遜の男が、はっきりと敬意を以て接する彼よりも明らかに年若く小柄な少女は、いったい何者なのか。
学ぶまでもなく「とある理由」から元々日本語が堪能であるアメリアは、そこでようやく口を開いてぽつぽつと言った。
「教えてくれて、どうもありがとう。でも関係がない」
「関係がない?」
「どこで戦おうと、誰が相手でも、勝つだけ。わたしはただそれだけをする。だから関係がない。わたし以外の何も、何もかも全てが」
無関係である、と。温度もなければ色味もない平坦な口調で少女はそれだけを言って、そして再び口を閉ざしてしまった。髪色と同じく輝く銀の瞳を、しかし鈍色に見紛うほどに良く言えば落ち着いた、悪く言えば暗いトーンに抑えて何もない空の風景を眺め続けるアメリア。その眼差しは言葉通りに彼女がジークの語った何もかもにまったく興味を抱いていないことの証左であった。が、ジークは特に気を悪くした様子もなく、むしろ機嫌よさげに笑ってみせた。
「くっく──そうか、そうだな。如何にも君らしい物言いだ。そして極めて正論でもある。そうとも、『勝つだけ』だ。我々本物のドミネイターがすることは、すべきことはただそれだけ。それだけでいい」
黒塗りの高級ジェットが雲ひとつない空を悠々と切り裂いていく──交流戦の舞台である日本へ向けて淡々と、着々と。
邂逅の時は近い。
これにて本作は完結です。最後までお付き合い頂きどうもありがとうございましたー
明日最後のフレイバーテキスト紹介を上げ直して本当の終わりとなります。新しい作品も投稿を始めるのでよければそちらも御一読ください。それではまたどこかで!




