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508.選抜試験終了、後に

「お疲れさま、アキラ君」


 そう言ってスポーツドリンクを差し出してくるエミル。アキラはありがたくそれを受け取って口に含んだ──美味い。長時間のファイトで水分不足に陥った体へ優しい甘さが染みていく。ごくごくと喉を動かしてひと息。ひとまず満足するまでペットボトルを傾け、口元を拭ってからアキラは返事をした。


「そっちもな、エミル。手伝ってくれて助かったよ」


 やっぱり一人じゃ無理だったな、と笑うアキラにエミルも微笑んだ。


「総参加者は百と二名だったかな? 全員でこそなくともこの学園のほとんどの生徒が参加した計算になる。これを単独で捌き切るのはいくら私たちでも不可能だよ」


 担当したのはそれぞれ半分ずつの五十一名だが、それでも相当に時間がかかったし体力も消耗した。特に試験官としての意気込みも一入だったアキラは頼まれのエミルとは違って一戦一戦に費やす熱量がどうしても大きくなってしまって、御覧の通りのへとへとだ。熱意もほどほどにゆとりをもって楽しんでいたエミルでもしばらくファイトはいいかなと思うくらいには疲れているのだから、五十一人の実力を測るという行為がどれだけの激務だったかは推して知れるだろう。


 それでも人を労う余裕を残しているエミルはさすがであった。気持ちの差もあるとはいえ、挑戦者たちを帰した途端に地べたに座り込んで動けなくなっているアキラとの地力の差はそれ以上である。気力・体力共に総量がまったく異なるのだ。やはり「あの日」に勝ったのは自分であってもそれでエミルを超えたことにはならないな、と常々思っていることを改めて強く実感しながらアキラは足腰に力を入れてなんとか立ち上がる。それはエミルにあまり情けないところを見せたくないという半ば意地のようなものだった──彼から貰ったスポーツドリンクの栄養がなければどんなに頑張っても立ち上がれたか怪しいことを思えば、あまり張る意味もない意地かもしれなかったが。


「おっと、大丈夫かい? 足元がふらついているようだけど」


「だいじょうぶだいじょうぶ、もうちっとも平気だ」


「そうかい。それならよかったよ」


 エミルの返事にアキラは自身の強がりをまるっと見抜かれていることを感じ取ったが、彼の優しさに甘えさせてもらってこれ幸いと話題を変える。


「そういえば生徒会長から聞いたんだけど、エミルは留学生たちを迎える委員会の仕事も手伝うんだってな。交流戦のメンバーでもあるのに大変過ぎない?」


「そうでもないさ、トーナメントのような他のイベントと同じく私がやるのは所詮お手伝いの範囲でしかない。それに卒業まで学園のために身を粉にすると誓ったのだからこれくらいのことは当然にこなさなくてはね」


 むしろ忙しないくらいの方が罪滅ぼしをしている身としては心地いい、となんてことのないようにエミルは言う。それはその通りかもしれない。五十一名の選抜を終えてもなお見た目にはへこたれた様子を匂わせないほどタフな彼のこと、スケジュールは過密であればあるほど好ましいという常人には理解しがたい言い草もアキラのように意地や強がりからくる言葉ではなく、紛うことなき本心からのものだろう。暇や能力を持て余してしまうようでは償いをしている実感も湧かないに違いない……それを理解しているからこそ学園も彼に様々な仕事を押し付けることを厭わずにいるとも考えられる。


 罰を望むエミルと望み通りに罰を与えるアカデミア。両者の関係は自分が思うほどドライでもなければシステマティックでもないのではないか。ふとした気付きをアキラが得ているところ、エミルからも新たな話題が提供される。


「しかし合格者があの三人・・・・になるとはね。意外と言えば意外、しかしある意味では順当でもあるのかな? 少なくとも私が立てていた予想とは掠りもしない人員となったから驚いたよ」


「へえ、予想とか立ててたんだ。エミルが?」


「らしくないと言いたげだね」


「いやまあ、正直そう思うけど」


 優れた先見の明を持つエミルがする予想とは即ち未来の予知に等しい。ファイト中のみならず発揮されるそれの凄まじさをよく知るだけに、そしてこういった事柄において彼はあえて予想などせずに見えない結果を楽しもうとするのではないかと思っていただけに、「予想を外した」というワードには二重三重に驚きを与えられた。


 そんなアキラの素朴な反応にエミルはくつくつと笑い声を漏らして。


「私だって人の子だ。なんだって見通せるわけでもなければこういう時くらいは当たり外れを楽しんだりもする。勝ち残る子が共に交流戦を戦う同胞となるのだから余計に、ね。あえなく予想は的外れとなってしまったわけだが、それもまた良し。当たるも八卦当たらぬも八卦というやつさ」


「それはちょっとニュアンス違くない?」


 などと軽くツッコミを入れつつもアキラは頷く。そういうことであれば納得もできる。誰が勝ち抜くか、そして一緒にまだ見ぬ留学生らに立ち向かう仲間となるかを最も気にしていたのは選抜試験の主催者であるアキラ自身であるからして、彼の心境はそれこそ我がことのようにありありと想像ができたし共感ができた──なんにせよ自分と同じくエミルも今回のことを「楽しんでいる」のならそれでいい。そうアキラも嬉しくなる。


「俺もまさかこんなメンバーになるとはちっとも思っちゃいなかったな。考えてみるとけっこう凄い面子だよな」


「そうだね。交流戦こういうときでもないと組んで戦うなんてことはまずない五人なんじゃないかい?」


 まさにそうだ、とアキラもからからと可笑しそうに笑い声を立てる。自分も含め選ばれた五名がひとつのチームとして何かに挑むという現実がひどく不思議なものに思える……確かにエミルの言う通り、交流戦などという特別スペシャルな強敵がやってくる特別スペシャルな機会でもない限りは実現のしようがなかった出来事だと言えよう。それが起きているのだから、その只中にいられる自分はとても幸運なのだなと改めてそんな感想をしみじみと噛み締めて。


「まあでも、とにかく選抜が無事に終わって良かった。そっちの方が気持ちとしては大きいかな、今のところは」


 交流戦に挑む仲間が誰になったか、よりも、とにかく揃えられたこと。その感慨が大きくて、五人の組み合わせに思いを馳せるどころではなかった。まだそういうテンションにはなっていない。これが選抜試験を受けて合格した側であれば何を気にするでもなくこの面子で戦うのを楽しみにするだけであったが、アキラは試験を貸した側でありこのあとすぐに職員室へ向かって決定されたメンバー五人を登録するという一仕事が待っている。と言ってもムラクモが用意してくれる書類にただ必要事項を記入すればそれで済むために「一仕事」という表現は些か大袈裟が過ぎるかもしれないが、疲れ果てた身からすればちょっとした用事も今は大事であった。


 そういう諸々も含めて吐かれたアキラの深々としたため息。達成感と疲労をありありと滲ませたそれに、エミルは美しい顔立ちに変わらず微笑を携えて応じた。


「君からすればそうだろう。なんにせよお互いにここからもうひと頑張りだ。留学生とのファイトでも、それ以外の部分でも。一緒に立ち向かっていこうじゃないか、アキラ君」


「ああ、そうだな。……実は一番そこが嬉しかったりしてな。エミルとチームメイトとして戦えるっていうのが」


「ふふ。そう言ってもらえると私としても嬉しいよ。この上なくね」


 そう言葉を交わして。歳の差を感じさせない、気の置けない友人同士のように二人は肩を並べて歩き出した。



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