507.交流戦メンバー選抜試験、開始!
ロコルは思索にふける。思考内容は「どちらがいいか」、である。
アキラとの早速のリベンジがいいか、それともそちらは別の機会に取っておいて兄との久しぶりの真面目なファイトに取り組むのがいいか……じっくりと考えてみても決めるのは難しい。自分の意思で選ぶとなるとなんとも微妙なラインである。ので、振り分けがランダムなのはロコルにとってかえって好都合かもしれなかった。いずれにしろ、どちらに当たろうと打ち負かすこと。そうして交流戦への切符を手に入れることには変わりがないのだから、たとえ戦う相手がアキラだろうがエミルだろうが彼女に求められているのはたったひとつ。考えた末に辿り着いた答えは非常に簡潔なものだった。
「今度こそ勝つっすよ。自分の番が来たとき、もしもセンパイがヘロヘロだったとしても容赦はしないんで。そこんとこどうかよろしくっす」
そう意気も高々に挑戦状を叩きつけてくる少女に、アキラもその眼差しに闘志を乗せてしかと頷いた。
「望むところだ。こっちだって、トーナメントでの負けをロコルが引き摺っていたとしても加減なんてしないぞ」
「あはっ、そんなセンチな感性があると思われているのなら照れちゃうっすね。それこそご心配なく、自分はこれでも前向きっすから。前向きになると決断したっすから、引き摺ったりなんてしないっす。昨日の負けより今日の勝ちを、今日の勝ちより明日の大勝を見つめて邁進させてもらうっす──そうさせたのはセンパイだってこと、努々忘れちゃイヤっすよ?」
「責任、ってやつか? いいぞロコル、そんなもんいくらでも取ってやるさ。ただしお前にも覚悟してもらうぜ。ことドミネファイトに関しちゃ我ながら誰よりもしつこい奴だって自覚もあるんでな」
「こちらこそ、望むところっすよ」
互いに笑みを向け合ってから、ふとロコルは最後にひとつ気になっていたことを訊ねた。
「ところで開催の詳しい日時ってもう決まってるっすか?」
「今認可の処理待ちで、それが終わってから正式に告知だから……早くても明後日かな。長引くことも考えて日程は三日間か四日間くらいを目安にしてるよ」
「なるほど。それなら留学生が来るまでにはちゃんと間に合いそうっすね」
そういう部分まで後輩に気にかけられているかと思うとなんとも情けない……と通常の先輩・後輩の関係なら多少なりとも落ち込むべきところだろうが、アキラは彼女が自分なんかよりもよっぽどにしっかり者であるとよくよく理解しているがために、少しの苦笑こそ漏らしつつもそれ以上は何も思うことなく。
「ちゃんと決定が下りたらロコルには俺から連絡するよ」
「そうしてもらえたらありがたいっすね」
ドミホを介した校内告知で知るよりもアキラの口から直に説明を聞きたい、と忙しい彼に願うのは少しばかりわがままの過ぎることであるとわかってはいるが、それでもこれくらいの特権はあっていいだろう。ただの先輩・後輩では済ませられないアキラとの特別な関係性をロコルもまた自然に受け入れて享受する。彼と彼女の間にある繋がりは、合同トーナメントの決勝戦を経て次の段階へと至っているようだった。
「それじゃセンパイ。次は選抜会場でお会いしましょうっす」
「そうなりそうだな。体調を崩したりしないよう気を付けろよ?」
「それもこっちのセリフっすよ!」
◇◇◇
参加希望生徒の整理と振り分けにも書類上の手続きが必要と判明して思った以上に準備に時間が取られ、バトルロイヤル……正式名称『交流戦メンバー選抜試験』の開催はロコルに予告してから四日後のことになった。
それでも実際の交流戦の日付まではまだ余裕があるために焦るというほどではないが、この調子で都度の見通しが甘くズルズルと時間が経っていくようではいずれ本気で焦らなければならない時がくる。自身も交流戦で戦う──それも相手方のリーダーよりも天下のUDAから『特別扱い』を受けていると見られる謎の少女と、だ──アキラはなるべくその日を肉体的にも精神的にも万全に迎えたいと思っているので、できることなら何事も早め早めに済ませておきたい。
今のところはそれと真逆にしか進行できていないので、焦るほどではないと考えつつもじわじわと焦燥の走りのようなものが胸中に滲みだしてきているのだが……何はともあれ無事に開催できたのだから今は試験官として目の前のファイトに集中しようと、そう意識を切り替える。
「よ、よろしくお願いします!」
「よろしく。トップバッターは緊張するかもしれないけど、せっかくの機会だ。あまり固くならずにお互い楽しんでいこう」
「は、はいっ!!」
と、ガチガチに肩を強張らせながら返事をする一年生。勝負前から気合の入りまくったその様子にこれは自分がどう声をかけても逆効果だなとアキラは悟る。
無理もない、後に順番を控えた挑戦者たちがエミル側のファイトゾーンも含めてぐるっと自分たちを取り囲んでいるのだ。トーナメント以上に視線の集まる状況で、しかもその優勝者と初っ端でファイトしようというのだから緊張を強いられるのは当然のこと。ロコルや他の御三家少女とは違って世間ずれした気配のないまだまだ初々しい気配を漂わせるこの新入生の少年にとっては非常に重たい舞台であり、やる気があるだけに空回ってしまうのは避けられない──そういった経験を積んで成長していくのがドミネイターなのだから、これは彼からしても大変に意義のある戦いである。
(ランダムとはいえこの子に一番が当たっちゃったのは酷だったかもしれないな……でも空回るだけのやる気があるってことはつまり、この子は本気だってことだ。ロコルが言っていたような記念参加とかじゃあなく、真剣に交流戦のメンバー入りを目指してここに立っている……!)
それをアキラは嬉しく思う。もちろんとりあえずの気持ちで参加する生徒を否定するつもりなどないが、そういった子らと本気で挑む子とでは得られる経験値も違えば掴み取れる結果も変わってくる、それは間違いのないことで。誰が相手でも手を抜かずに戦うつもりでいるアキラからすると、心から勝利を欲してファイトに臨んできてくれる方がいい。何故ならそうでないと互いに「高め合うファイト」。『次』に繋げるためのファイトになり得ないからである。
負けるつもりはない。このガチガチぶりからして持っている実力の半分も発揮できるかどうか怪しい少年にも、アキラもまたあくまで本気で接する。指導ファイトのように彼が滑らかに戦えるようになるまでそれとなく手を抜いたりもせず、最初からフルスロットルで決めにかかるつもりだ。しかしそれは容赦のなさではなく、アキラなりの真摯さの表れであり、何より少年自身のためでもあった。
どんなに緊張していようと手加減をされてそれに気付かないほど鈍い者はアカデミアに入学などできない。そして気付いてしまったその時には、きっと彼は深く傷つく。何もできずに負ける以上に、この重要な場面でファイト相手から『本気で戦う価値無し』と見做された事実にこそ彼のドミネイターとしての自負に大きな瑕疵を残すことになる。……タフな生徒であればその傷を原動力に更なる成長も見込めるだろうが、目の前の少年がそうである保証はどこにもない。というより、そうでない気しかしない。少なくとも初見の印象としてアキラにはそうとしか思えなかった。
だから。
「これより選抜試験を開始する──ドミネファイト!」
「ド、ドミネファイト!」
彼の一拍遅れてのファイト宣言を耳にしつつ、ライフコアの点滅に従ってアキラは速やかに行動を開始した。




