502.学園長よりの通達
「君の人となり。君が持つ展望もワシなりに理解できた。不躾な質問にも丁寧に答えてくれたこと、感謝しよう」
「いえ、そんな」
畏まって礼を告げる学園長に、アキラの方が畏まってしまう。なんと言っても相手は自分が所属する組織の長なのだから丁寧に接するのは当然の話で、学園長の方から変に丁寧にされると余計緊張が増すというものだった。それをわかっているのいないのか、恐縮するアキラに彼は好々爺然とした優しい笑みを向けてこう続けた。
「感謝のしるし、というのは阿漕なようでなんじゃから優勝の祝いとでもしておこうかの」
「え?」
「ドミネイションズ・アカデミアの生徒らは皆が未来ある者たち。じゃがその中でも君の歩む道には特に注目したいと思うておる……そしてそんな君だからこそ、任せたいことがあるんじゃ。聞いてくれるかね?」
「は、はい。なんでしょうか」
やけに改まった調子で述べる学園長に、今まで感じていたのとはまた種類の違う緊張を覚えるアキラ。いったい何を言われるのかとおっかなびっくりの様相で訊ねた彼に、学園長は一言「交流戦じゃよ」と言った。
「交流戦?」
「うむ。実はのう、ドミネイションズの本場と呼ばれるドミネ大国アメリカ。そこにあるユナイテッド・ドミネイションズ・アカデミア──通称UDAから打診があったんじゃ。あちらさんの生徒の短期留学。ドミネイションズ発祥の地と呼ばれるここ日本で学ばせたいとのことじゃったが、はてさてそれが本心なのか電話越しのやり取りではようわからんかったわい……まあ、ともかくじゃ。本場UDAからやってくる凄腕の子供らとなればこの学園の教材としてもピッタリじゃろう。生徒らは大いに刺激を受けるじゃろうし、何よりせっかくだからと交流戦──つまりはあちらとこちらの生徒同士でのファイトによる交流を提案してきたのも向こうじゃ」
乗らぬ手はなし、とDA側にとってもいい経験になると確信した学園長はその提案を快く受け入れた。そもそもUDAの責任者とは知己の仲でもある。だからこそ世界的プレイヤーの人口で言えば本場アメリかだけでなく欧州圏などにも大きく後れを取っている日本であっても留学先として選びやすかったのだろうが、言ったように学園長は「それだけ」がDAにやってくる理由だとは思っていない。しかし、そこにどんな思惑が隠されていようともこれがアカデミアにとって千載一遇の好機であることは間違いなく。
「『五人』じゃ。主席卒業間違いなしの、既にプロリーグにも出場している最上級生の少年を代表として、あちらからは五人の留学生が送られてくる。必然、それを迎えるこちらも五人選ぶ必要がある。一対一のファイトを五回繰り返す交流戦において彼らを迎え撃つ凄腕を、五人な」
「……!」
「そうじゃよ。その一人にまず君を指名したい。どうかね?」
「もちろんやります!」
迷わずアキラはそう答えた。断る選択肢など一瞬も浮かばなかった。DAが日本一のドミネイター育成校であるならUDAはアメリカ一の育成校だ。国を隔ててもなお噂に名高き世界的な超名門校である──それはそうだろう、何せアメリカこそが最もドミネイションズの盛んな地と言われているのだから、そこでの一番となればそれは世界一に等しく。故にそこで腕前の研ぎ澄まされた生徒たちもまた世界で最も優秀なプロの卵だと言える。
実際、卒業前からプロ入りを果たしてバリバリに活躍する生徒もUDAには少なくないという。それは日本とアメリカでプロドミネイターの資格の入手基準が異なっているからでもあるが、制度面以上に在学生のトップ層の厚みと実力の違い。DAとUDAにある教育の差が出ている結果だと見做すべきだろう。無論それは蠱毒の壺とすら称されるDAの教育が甘いということではなく、UDAが一層に洗練され過ぎている。強いドミネイターの排出それ一点に先鋭され過ぎているのがその原因である。
そんなDAに輪をかけて厳しく、輪をかけて強い学校から留学生が来る。そしてファイトができるチャンスとなればアキラもまた逃す手はない。一も二もなく了承を返した彼に、学園長は軽やかに頷いた。
「君ならそう言ってくれるじゃろうと思っとったよ。これで交流戦メンバーの一人目がめでたく決定じゃな」
「他の四人も目ぼしがついていたりするんですか?」
「ほほ、気になるかね? 共に強敵と戦う人員が」
「それはまあ、はい」
少し照れたように頬を掻きつつもアキラは肯定を返した。団体戦ではなく、あくまで一対一の個人戦を五回行うだけとはいえ、そこでの勝利数がそのままDA対UDAの実質的な勝敗となるわけだから、ここで選ばれるメンバーは一蓮托生の仲間と言っても過言ではない。アキラとしては交流戦そのものに価値を見出しており、必ずしも勝ちばかりに拘る必要はないと考えているが、交流が目的とはいえそれでもファイトはファイト。ドミネイターとして戦うのであれば相手が誰であれ舞台がどういったものであれ、やはり勝ちたい。そしてできれば世話になっているこの学園に勝利の錦を贈りたいとも思うからには、その協力者となる仲間たちのことは気になって当然であった。
その心境が手に取るように伝わってくるだけに、学園長は特に隠し立てすることもなく選ぶ予定の一人の名を挙げた。
「九蓮華エミル」
「!」
「ま、戦績からして選ばん理由がないほどには鉄板の人選じゃろ。あちらも最上級生を混ぜておるのだからこちらからもエミル君を出す……向こうのエースにぶつけるになんら不足なしとワシは見ているが、君の意見はどうかの」
「卒業前からプロっていうのはとんでもない相手ですけど、確かにエミルなら安心して任せられます」
少なくとも惨敗などということは起こらないだろうと、相手側の最上級生について何も知らずともそこだけは信じられる。エミルという男にはそれだけの強さがある。仮にエミルですらもまったく歯が立たないような人外が立ち塞がるというのであれば、もはやエミル以外の誰であっても敵うわけがないのだから「大将」の座は彼こそが相応しいだろう。
「うむ……こちらとしては君も合わせての二枚看板で行くつもりじゃ。エミル君の相手も大変な手練れではあるが、君に戦ってもらおうと思うとる子も話を聞く限り尋常ではないからの」
「俺の相手ももう決まっているんですか?」
「あちらさんの『新入生』じゃよ。送られてくる生徒のいずれもが際立って優秀なドミネイターであることは間違いない、が。その中でも二名の戦歴が少々特異でな……一人は言ったようにリーダー格の最上級生。そしてもう一人が、才能の面ではこのリーダーをも遥かに凌ぐだろうと見做されている十二歳の少女なんじゃ」
「十二歳……の、女の子ですか。特異な戦歴って、その子はいったい何をしたんですか?」
「何もかもじゃ」
言葉の意味が飲み込めず、アキラは呆けたように無言を返すしかなかった。そうなることを見越していたのか学園長は返事を待つ様子もなくすぐに続けた。
「UDAの試験から学内イベントから、対外試合まで。ありとあらゆるファイトに関連する全ての事柄において彼女が総なめにしたらしい。常勝無敗、かつ圧勝じゃ。どうやらリーダー格の少年とも非公式に戦り合ったようなのじゃが……それを知っていくら調べてみても、その結果だけはどうしても出てこんかった」




