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5.その名はクロノ。再戦の誓い!

「勝っ、た……? 俺が?」


 いざ相手のライフをゼロにして、ファイト中の高揚も収まったところで。勝者だというのにアキラはぽかんと呆けていた。《ビースト・ガール》にファイナルアタックを命じたままの立ち姿で固まっていた彼がようやく我に返れたのは、駆け寄ってきた少女に声をかけられた時だった。


「すごかったっす! 《ビースト・ガール》と《昂進作用》のコンボ、めちゃくちゃ強いっすね! 自分で編み出したんすか!?」

「あ、うん……ファイト経験はほぼないんだけど、この二枚は相性が良さそうな気がしたから」

「えー! 新人さんなのにあんな立派に戦ってたなんて、ますますすごいっす!」


 いやそんなこと、と謙遜しつつアキラは手の内のカードを見る。《ビースト・ガール》はまさに彼が思い描いていた通りの活躍をしてくれた……その力を思い切り発揮させてあげられたことを、彼はとても嬉しく思った。


「ファイトに勝ったドミネイターだけが味わえる勝利の美酒はどんなもんだ? なんて聞かずとも、その面を見りゃわかるがな。ほらよ」


「!」


 ぽん、と投げ渡された物を咄嗟に掴めば、それはデッキであった。はっとして顔を上げたアキラに黒い少年はニヒルに笑いながら言う。


「約束のもんだ。負けたからにはそいつはくれてやるよ──精々大切にしやがれよ」

「ま、待ってくれ」

「ああ?」


 背中を向けて去ろうとする少年に、アキラは待ったをかける。おもむろに振り向いた彼へなんと言おうか迷って……とりあえず、単刀直入に訊ねてみることにした。


「人からカードを奪うっていう死神の噂、知ってるか」


「? ああ、ここいらのドミネイターで知らねえ奴はモグリもいいとこだろ。俺様もそいつを目当てにこの町まできたんだぜ」


 ぜんっぜん見つからねえけどな、と忌々しそうに吐き捨てた少年にアキラはやはりと思った。ファイトの途中から、なんとなく。この少年は噂の死神とは別人のような気がしていたのだ。


「俺は若葉アキラ」

「……玄野くろの。玄野センイチだ」

「そうか、クロノ──こいつは返すよ。俺、お前のこと誤解してたから」

「ちっ、何を言い出すかと思えば……ふざけるなよ。一度差し出すと言ったもんをお情けで返されてこの俺様が喜ぶと思うのか?」

「だけどそっちだって、手加減してたろ?」

「!」


 さりげなく出てきた言葉にクロノはひどく驚いたようだった。


「気付いてやがったのか」


「これもなんとなく、だけど。お前の実力はこんなもんじゃないって俺の中の何かが言ってる気がするんだ」


「はっ。そいつはドミネイターが持つ闘争本能ってやつだろうぜ……ド素人の癖に一端の嗅覚まで備えてやがったか。ご明察だ、その『ブラックパペット』で固めたデッキは弱い相手とも緊張感を持ってファイトするため、あえてパワーを落としてある言うなれば接待用のデッキ。俺様の本命デッキは──ここにある」


 ぽん、と着ている黒いコートを叩くクロノ。本命のデッキを持ちつつも、アキラを相手には接待デッキで充分だと判断した。判断されてしまった、そのことが悔しくはありつつも。けれどアキラの胸中にあった気持ちはそれだけでなく。


「リベンジがしたい」

「リベンジだと? そいつは勝った側の吐くセリフじゃあねえな」

「勝ったなんて言えないだろ。ちゃんと──全力のお前を倒さなきゃさ」

「ひゃは──できるつもりかよ」


 クロノは本気の殺気を瞳に込めて込めて睨んだが、その圧に汗をかきながらもアキラは一歩も引かなかった。両者の睨み合いはしばし続き……やがて、不意にクロノは殺気を収めて。


「ド素人が本気の俺様と戦り合いてえっつーんなら、まずはド素人を卒業するこったな。とにかくファイトして経験を積みやがれ。あんな指南ファイトみてえなことは二度とご免だぞ」


「あ、あはは……」


 ファイトの始まりに手順を手取り足取り教えてもらったことを思い出して何も反論できないアキラ。その誤魔化すような笑い方にクロノは「ふん」と鼻を鳴らす。


「リベンジする気なら尚のことそいつは持っておけ。緑しか使わねーポリシーがあったって他の陣営のカードも所持してて損はねえ。単純に知識もつくしな」


「クロノ……いいのか?」


「いいも何もあるか、間違ってもプレゼントだのとは思うなよ。ファイトに勝って、お前が勝ち取ったんだ。だからそれはもう俺様の物じゃあねえんだよ」


 じゃあな、と今度こそ去り行くクロノにアキラが問いかける。


「次は、いつ! どこでお前と戦える!?」

「はっ──俺らくらいのドミネイターが『どこ』を目指すかなんてのは知れたことだろ」


 もう振り向くことのない、遠ざかる背中がその場所の名を告げる。


「『ドミネイションズ・アカデミア』! 通称DA……狭き門を掲げるそこに、俺様は必ず入学する。どうしても再戦したいならお前も来やがれ。来れるものなら、な」


「……! ドミネイションズ・アカデミア……」


 聞いた覚えがある。確かそれは、日本一のドミネイター養成校。中高一貫の、勉強の成績以上にドミネファイトの実力が重視される魔境。世界に名だたるプロドミネイターを数多く輩出しているという格式ある学校の名だ。なぜこれまでファイトと距離を置いていたアキラがそんなことを知っているのかと言えば、友人のコウヤ。同じ時期にドミネイションズカードに触れ、今や小学校を代表するドミネイターとなっている彼女が進学先として選んでいるのがそこだからだ。


「行けるかな、そんな凄いところに俺も……」


「決して不可能ではないっすよ!」


「うわっ」


 彼女がいることをすっかり忘れていたアキラの肩が跳ね上がったのにも構わず、少女はくりくりとした人懐っこい瞳を輝かせながら興奮したようにまくしたてる。


「超名門っすからね、あの人が言ってたように狭き門なのは間違いないっす。だけどさっきのファイトの腕前からすれば、今からみっちり経験を積んでけばチャンスは大いにあると思うっす!」


「そ、そうかな? でも俺、ファイトのことは本当に全然理解できてないんだよな。クロノに勝てたのだってカードの引きが良かっただけみたいなとこあるし……」


「引いたカードで勝ちを捥ぎ取るのがドミネイターっすよ! それに、よく知らないっていうのは伸びしろがたっぷりってことじゃないっすか。そんなの夢しかないっす!」


「……はは」


 カードを大事に思うあまり、これまでファイトから目を背けてきた自分が、今更になってその道に飛び込むこと。そこに躊躇を感じていたアキラの感傷を、見知らぬ少女は見事に吹き飛ばしてしまった。


「ところで君は誰なんだ? 知り合いじゃないよな」

「あ、はい! 自分、ミヨシ第三小学校で五年生やらせてもらってるロコルっす! センパイの一個下っすね」

「うちの学校の後輩だったのか!」

「そーなんす。センパイのことは、自分が一方的に知ってただけで知り合いではないっす」

「一方的にって……」

「ほら、あの有名な紅上センパイとよく一緒にいるじゃないっすか。それで」

「あー、コウヤか」


 数時間前に舞城オウラからも似たようなことを言われたのを思い出し、そんなに自分はコウヤとセットの印象があるのかとなんだか腑に落ちないアキラだったが、ともかくこれで謎の少女は謎ではなくなった。ファイト中クロノにはああ言ったし、実際に思考を割く余裕もなかったが、アキラも彼女が何者なのかはかなり気になっていたのだ。


「ありがとうロコル。俺、やるよ。DAを目指す!」


「それは、あの人と再戦するためだけにっすか?」


「いいや、ただクロノと決着をつけるってだけじゃない……俺が目指すのは一流のドミネイターだ。蒐集家コレクターとしてだけじゃなく、これからは競技者プレイヤーとしてカードに接していきたい! だから……あの、さ」


「なんすかセンパイ?」


「もしよかったらだけど、俺にアドバイスとかくれないか?」


「えっ、自分がっすか!」


「うん。ロコルは俺より断然ファイトに詳しいみたいだし……ダメかな」


「ダメなんてことないっす! 自分なんかでよければいくらでも協力するっす」


「本当か!?」


「はい!」


 自分、センパイのファイトに惚れ込んだっす! と満開の笑みで言うロコルになんだか照れ臭い気持ちになるアキラだったが、赤らむ頬は夜の暗さが隠してくれた……と信じたいところだった。


「って、いつの間にか真っ暗になってるじゃないか! 早く帰らないと大変だ──ロコルもマズいんじゃないか?」

「そうっすね。遅い時間っすし、今日はもう解散したほうがよさそうっす」


 送ろうか? と一歳だけとはいえ年上として訊ねたアキラに「それには及ばないっす」とあっさり断ったロコルは、懐から携帯機を取り出した。


「それよりも、帰る前に連絡先交換しとくっす。センパイ、ドミホは持ってるっすか?」

「あ、うん」


 促されてアキラもポケットから出したそれは、ドミネイターフォン。通称ドミホだ。ドミネイションズカードの記録や検索ができ、各地イベント等の情報が手に入る他、普通のケータイのように通話やメッセージアプリによるやり取りも可能というドミネイターの必需品である。アキラはドミネファイトこそしてこなかったが、コレクターとしても(あと単純に連絡用としても)普通に有用なアイテムなので親にせがんで買ってもらっていた。


「登録完了っす。センパイ!」

「ん?」

「これから末永く、どうぞよろしくっす」

「えっと……こ、こちらこそ?」


 なんか変じゃないかな、と思いつつも。やはりロコルの天真爛漫な笑顔の前には上手く物が言えず、とりあえず調子を合わせるしかないアキラであった。



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