498.トロフィーの進呈、そして
「優勝おめでとう、若葉アキラくん。決勝はもちろん、今日君が見せたファイトはその全てがベストバウト! そう言ってもいいくらいに素晴らしい戦いばかりだったよ」
「ありがとうございます、エンドウ先生」
一・二年生合同トーナメントの司会進行役、かつロコルたち一年生の担当である年若く見える男性教員──エンドウからトロフィーを受け取る。片手に乗るサイズで決して大きくない代物だが、造りはしっかりとしておりハリボテではない重量を感じさせる。その重みをしかと確かめて味わうアキラに、エンドウは朗らかな人柄を思わせる明るい様子で空いた手で拍手をした。
「重ねて二連覇おめでとう! いやぁ凄いね、一度は優勝の錦を飾れた子でも二度目というのはなかなかないんだ。それこそ直近で言えば九蓮華エミルくんくらいかな、それを成し遂げたのは」
下級生の内は猫を被っていたエミルなので、アキラのように一・二年生の時分から連覇続きというわけではなかったが──彼にそれを行える実力が当時からあったことは補足するまでもない──猫被りをやめて以降は学内イベントにおいても遠慮なく力を振るい、特に去年・一昨年の彼が出場した合同トーナメントの結果は筆舌に尽くし難いものとなっている。それを受けて学園側もエミルの矯正を目的に本腰を入れるようになって、またそれを受けてエミル自身も誰憚ることなく堂々と動き出したのだから、言ってしまえば昨年における一連の騒動の発端こそがトーナメントであった。
連覇などとめでたいことのように言ってもその裏には様々な事情や出来事があったわけだが、されどエンドウ教員は根明なのか物事を難しく考えないタイプなのか、そんな諸々を感じさせない口調で続けた。
「去年貰ったトロフィーもあるんだろう? 果たして君がいくつそれを集められるのか、ぼく個人としても楽しみに見守らせてもらうよ。コンプリートは六つ。それはエミルくんにもできなかったことだ」
やろうと思えばできたはずだが、などとは言わない。エミル自身の事情、それもまた大会そのものや優勝の栄光には関係のないことだ。とにかく彼が手にしたトロフィーという栄光の証はコンプリートに満たない。そして彼以外にも未だこのドミネイションズ・アカデミアにおいて、創成期から続けられている合同トーナメントでの全学年優勝を果たした生徒が出てきたことはない。前人未踏の偉業、というわけだ。歴代の猛者たる生徒たち、その中でも主席を担うような最優秀生らでも成し遂げられなかったそれを、アキラには達成できるのか。エンドウのみならず、生徒や教員の立場を問わずそこに着目している者は多いだろう。
それだけ注目されるのはやはり、アキラならば「できるかもしれない」と。そう思わせてくれるからこそ。期待を持つことができるからこそ、なのだろう。でなければまずもってエンドウもコンプリートの話題を出したりしない。それは生徒にとっては余計なプレッシャーにもなりかねないのだから──しかし。
「ベッド脇の棚ってけっこうスペースがあって。写真立てを置くだけじゃぜんぜん余るんですよね……トロフィーをふたつ並べてもまだ余裕がある。だからあと四つ。どうせなら全部並べて見栄えを良くしたいと思っています」
広さ的にそれが丁度いい、と。そんな風に言ってのけるアキラにエンドウは満足そうに頷く。やはりこの子にとっては連覇の重みや周囲からの期待など大した重荷にはならない。これくらいがむしろ景気のいい発破のようだ。
「うむ、その意気じゃ」
「「!」」
準優勝者であるロコルも下がり、アキラとエンドウしかいないはずの舞台上に突如として響いた第三者の声。
「が、学園長!? どうして……」
エンドウの驚きはもっともなものだった。近づいてくる気配も一切なしにいきなり隣に人が現れた、というのにも充分に驚かされたがそれ以上に。この場に学園長がいることにこそ彼は目を白黒させている。その動揺の理由がよくわかるが故に学園長は「うむ」と落ち着き払って答えた。
「ちと興味があってな。試合を覗かせてもらった」
「きょ、興味ですか?」
誰が優勝するかについて、だろうか。それとももっと別の何かだろうか……御三家の終結や学園最強の跡目争い等々、食指が動いても不思議ではないあれこれが今大会には確かにあった。が、だとしても通常なら考えにくいことである。ドミネイションズ・アカデミアの創設者にして最高権力者でもあるこの重鎮が、たかだか学年別のイベントのために足を運んで観戦するなど普通ではあり得ない。いったい何を目的として彼はここにいるのか。お忍びだった様子なのに舞台上に姿を見せたことへの疑問と合わせて困惑しつつも、エンドウとしては自身の拙い進行まで見られていたのかと恥ずかしい気持ちの方が強かった。
かつてプロとして世界トップの座を争っていた古豪にして未だ現役の、日本ドミネ界の生ける伝説。生徒たちがあまり知らない学園長のドミネイターとしての顔を存じている彼としては、この老人は間違いなく畏怖と尊敬の対象であるからして。……ちなみにエンドウは童顔で雰囲気も若々しいが、こう見えてもムラクモや泉より先輩であり年齢でも一回り以上は上回っている。
そして学園長の登場に騒めき立っているのは彼だけでなく。
「はっ、知識としては理解しているつもりだったがこうして目の当たりにすると恐ろしいな。ここから眺めていてもあの爺さんがいつ舞台に上がったのかまるで『視えなかった』ぞ」
「ミライ。学園長を爺さん呼ばわりは良くないよ」
二人きりの場ならともかく不特定多数に囲まれているこの観客席ではよろしくない言葉遣いだと窘めるマコト──どこぞで誰かとやったというファイトからこっち、なんだか色々と柔らかくなった印象を受ける彼女の注意に、けれどミライは取り合わずに言いたいことだけを口にする。
「気配消しにはお前も一家言があるだろう、マコト。だが我の目から見てもお前のと学園長のそれは雲泥の差だ。さしずめアレが完成形と言ったところか?」
「……まあ、確かに私には無理だね。気付かれずに誰かの後ろを取るくらいのことはできても、これだけの視線が集まっている場所でその全てを欺くなんて真似は真似のしようがない」
だから完成系……今のまま自分が隠形の技術を高めていった先、その行き着いた地点というよりも、「別の進化を遂げた先」が学園長の隠形になるのではないかとマコトとしては思う。オーラを巧みに操る術では九蓮華にも劣らない自負を持つ観世家に、特別な才能を持って生まれた彼女だからこそこの技術をドミネファイト以外にも応用してミライが言うところの気配消しもできるようになった。オーラを自在に操るとは即ちそれの消し方、翻っての自身の存在感を希薄にする方法にも長じるということ。これは感覚派のミライや、どちらかと言えばそちらよりの若葉アキラなどには習得の難しい技である。という少しばかりの自慢も混じえつつマコトは己が技術の高さを正しく認識している。
そんな彼女ですらも不意を突かれた学園長の出現は、隠形のいろはについて詳しく知るだけにミライ以上にマコトの方がわけがわからない。いったいどうやったのかさっぱり見当もつかない、それくらいに凄まじいことなのだ。講堂中の誰にも、おそらくはあのエミルにすらも気付かれないままにあそこへ立つというのは──。
「さすがは歴史を作った古強者、といったところなのかな。今日は自分の至らなさを思い知らされてばっかりだよ」
「いいではないか。その方が上の目指し甲斐があるというものだ」
目上は聡く強く、こちらの不出来を指摘できる者でいてほしい。そうでないと昇り詰める楽しみがない。と、傲岸不遜な物言いながら傲慢には聞こえないミライの言葉に、マコトは大きく頷いて同意を示した。




