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497.『次』

「違うって……」


「ああ、違う。ぜんっぜん違うよロコル」


 何か間違ったことを言っただろうか──いや、何も間違ってなどいないはずだ。アキラは確かに勝ってきている、勝ち続けてきている。一見して勝ち目のない戦いにも、どんな難敵を相手にも、勝利を逃さずにここまできたのだ。だからこそドミネイションズ・アカデミアにおける次期『最強』候補になれているのだから。


 ロコルにも自覚があった通り、このトーナメントの決勝戦は次なる『最強』の肩書きを持つべき人物の決定戦。一・二学年における最優を決めるというよりもそちらの側面の方が強かったものだから、そこで勝ったアキラは。見事にもう一方の『最強』候補である「エミルの妹」を破って優勝を手にしたからには、学園最強の称号もまた彼のものになったと見做していいだろう。それを否定したり非難する者がまさかこの学園にいるはずもなし……というわけで名実ともに若葉アキラこそがアカデミアを代表する生徒になった。つまりそれくらいに彼は強くて優れていて、そうと誰からも認められるくらいに幾度となくファイトを制してきたのだと。『最強』への就任・・はそれを証明する出来事だと言える。


 別にロコルは称号が惜しいのではない。そんなものに固執していたのではなく、彼女が拘っていたのはあくまでもアキラから奪う勝利、その栄光。彼に勝つということが学園最強を継ぐということであるのならそれもやぶさかではないと、本音を言えばイオリあたりが手にしてほしいその肩書きを自ら背負うことに否やはないと、単に前提として受け入れていただけだ。ただ、背負う機会を逃したというだけ。そんなのは「勝てなかった」事実に比べればどうだっていい──とにもかくにもアキラに奪われたあれやこれを踏まえて、ロコルとしてはこう言う他ない。彼こそがこれからのアカデミアを担って立つドミネイターであり、これまで同様にこの先も「勝ち続けていく」だろうと。


 この認識に間違いなどあるはずもない。なのに彼はいったい何を否定しているのか──。


「五十戦四十五敗」


「!」


「今回でようやく五勝目だ」


「それって……」


 自分とアキラの、今までやってきたドミネファイトの勝敗。戦績。そういえば今回のファイトの始まりでも彼は言っていたのだった……切りのいい五十戦目の勝負、それも学園の公式イベントたる大会の決勝という大舞台で、己が勝ってみせると。そう啖呵が切られて戦いは始まったのだった。わざわざ逐一数えていたのか、なんて、記録に付けてまで同じように彼との思い出を残している自分のことは棚に上げ、内心で少しばかり苦笑したのを覚えている。


 もちろんそれには照れ笑いのも多分に含まれているが、を真に受けるとは──通算の黒星などというなんの参考にもならない記録を馬鹿正直に受け止めているとは、思いもしていなかったものだから。そのことに対する呆れも照れ以上にあったのだから苦笑という表現で合っているだろう。


 何故って、だってそうじゃないか。アキラの強さとはずばり「負けられない戦い」での強さ。「勝たなくてはいけない時に勝てる」強さなのだ。勝つべきファイトに勝てる、それができる彼を称える上で通算成績などというものになんの意味があるのか。どんな価値があるというのか。それはなんの基準にもならなければ参考にもなり得ない。五十戦中の四十五敗。なるほど字面だけで言うならそれは大した数字で、本人が気に病むのも無理はない惨憺たる成績ではあるが。しかし肝心なのは五勝の方だ。たった五勝、などとは言ってはいけない。その五回の勝利には四十五回の敗北をチャラにするだけの、帳消しにして尚お釣りがくるくらいの重要度がある。『重み』がまったく違うのだ。


 言ってしまえば彼が負けてきたファイトはどうだっていいファイト。勝ち負けに要点が置かれていない類いの、彼の成長こそが目的のものであり、そこでいくら負けようがそんなものは負けではない。本当の意味での敗北としてかかずらうべきものではないのだ。どうしても勝ちたい、勝たねばならないファイトで負けた場合を除いてドミネイターに負け試合なるものはない。それがロコルの考え方であり、その理論は思考派らしい彼女のクレバーさが突き詰めたものでありながら、奇遇にも『今』以上に『次』こそを重視するアキラの理想論と大いに重なるものでもあった。そういう考え方の根本が似通っているが故に次を見据えて悔しさが先に立つロコルの性をアキラは殊更に高く評価しているのかもしれない……が、それはともかくとしてだ。


 無論いついかなる時も全力投球で、しかし本人の言の通りあまり器用とは評せないこともあり、気持ちばかりが先走って上手く全力が発揮できない場面もアキラには多々あるが──ムラっ気を克服した現在は多々「あった」と過去形に直すべきだろう──けれど、たとえ上手くいこうがいくまいが関係なく、目の前の戦いに真剣な彼としては「どうだっていいファイト」などというものがそもそも存在していないに違いない。どんな戦いだろうと、お遊びの範疇だろうと修行の一環だろうと、アキラには負けていいファイトなどないのだ。


 そこまで思考を連ねて、不意にロコルは気付く。それが負けられないファイトであればアキラはいつでも誰が相手でも勝てる、という考え方は、ひょっとすれば因果が逆なのかもしれない。いつでも誰が相手でも負けられない、負けたくないと。そう意気を持って挑めるから、挑み続けられるからこそ、負けてはいけない場面では決して負けない。必ず勝つと書いて「必勝」、そんな夢物語を体現しているとしか思えない勝ち星を飾れているのかもしれない。そう、気付かされる。


 だからきっと、彼の中ではなのだろう。五回の勝ちに比べれば四十五回の負けなど取るに足らぬことだと見做すロコルとは違い、彼にとっては勝ちは勝ち、負けは負け。まだあと四十回勝たないことにはロコルと並べたとは言い難いと、本気でそんな風に考えているのだろう。価値だなんだと比べるようなことを、そもそもしていないのだ。


 恐ろしいメンタリティだと思う。彼こそまさしく理想の体現者。他者との繋がりを大切にするが故に、カードとの絆を大事にしているが故に、個人ひとりとして。一個の生き物として完成されている。誰もが羨むに当然の非の打ちどころのない精神性をしている。


「…………」


 ──ふ、とロコルの唇から吐息が漏れる。確かに、自分はもっと誇るべきかもしれない。まだ走り出したばかりの頃。完成とは程遠いひな鳥も同然の時分だったとはいえ、こんな彼から四十五勝もしているという事実を。こんな彼からここまで高い評価を受けている現実を、もっと噛み締めて喜ぶべきなのかもしれない。


「なんとなくロコルの言いたいことはわかる。だけど、俺の言いたいことだってわかるだろ? だから『違う』んだよ、俺たちは」


「そうっすね、違う。まったく違うっすね……自分とセンパイは、似ても似つかないっす」


「そのおかげで楽しいんだ。今日のファイトも最高に楽しかった。そして、次はもっと楽しいぞ。もっと強くなった俺とロコルで、もっと熱い勝負をしよう」


「その時は、負けないっすよ」


 ああいや、違うっすね。と。かぶりを振ったロコルはすぐに自らの言葉を訂正して。


「『次』は『勝つ』っす。必ず自分が、あなたに勝つ。そう約束しておくっす」


「──約束と来たか。だったら俺も約束だ。『次』も俺が『勝つ』。リベンジは受け付けるけど、果たさせるつもりはないぞ」


「上等っすよ。そうでないと戦り甲斐がないっす」


 売り言葉に買い言葉。お約束のそれを交わして二人は、やっぱりそっくりな笑顔で笑い合うのだった。



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