495.二人の勘違い
「軽く接し合うだけでもそうなんだ。ましてやドミネイターとしてファイトで向かい合えばもっとだよ。真剣に勝負を交わしたならば、そこに生まれる繋がりは普通のそれの比じゃない。もっと強烈で濃密なものになる。断ち切ったつもりでいたらしいエミルが、それでもお前やイオリとの間にはしっかりとそれを持っていたみたいに……俺との間にもできたそれが直接の原因で、ついに生き方を改めたみたいに。誰だってどうしたってそれを持たずにはいられないんだ。絆を捨て去ることなんて、人が人として生きる以上は不可能なんだ」
「エミルの目を、覚まさせたのは……センパイの強さじゃあ、ないんすか?」
直接の原因と言うのならそれ以外にないのではないか、とロコルは疑問を持つ。何せあの日あの時の決戦を心情的には誰よりも近く、誰よりも想いを込めて観戦していた彼女だ。エミルの予想通りに予想を超えてくる理不尽なまでの力を、予想以上に予想を超えていったアキラの不条理なまでの更なる力が叩き潰した。真正面から打ち破ってみせたあの恐るべきドミネファイトを心に焼き付けた身としては、やはり重要だったのは強さ。アキラの持つポテンシャルが最大限に発揮されたからこそ成し遂げられた奇跡の勝利であり、力の勝利であると、そう結論付けざるを得ないのだが──だがそれをアキラ当人が否定する。
彼はゆるやかに首を横に振って。
「もちろん、勝ったからこそだってことは……あいつに目を覚まさせるだけの衝撃を与えられたからだってことは、否定しない。それには最低限あいつと戦えるだけの力を持つのが前提で、その上でそれを限界以上に引き出せたから、だから俺は半年前のファイトで勝つことができた。一時のこととはいえあのエミルを上回れた、それは確かだ。でもなロコル」
「…………、」
「そうなった切っ掛けが何かって言えば、お前だろ?」
「自分、っすか?」
「ああ、ロコルこそがそうだ。だってお前が俺と出会ってなければ、そして俺に可能性を見出してくれていなかったら。『この未来』はなかった未来なんだから」
「……!」
アキラを見つけ、彼を応援し、彼に託した。それこそがエミルを変えた原因であるとアキラは言う。自らの強さや努力以上に、そこに繋げたロコルこそが、彼女の行動こそが──エミルを想い続けた気持ちこそが要因であると、彼は言っているのだ。力や勝利といったものはただ条件を満たしただけであり、後からついてきただけでしかなくて。それを満たしたアキラと同じくらいに、あるいはロコルこそがずっと、エミルにとっては価値ある人なのだと。価値では測り切れない繋がりを持つ存在なのだと、彼は信じている。
「俺との出会いを……そこから色々とあってエミルとの戦いを任せたことを話すとき、お前は悪いことでもしたみたいに言うけどさ。いつもとてもバツの悪そうな顔をするけどさ……そんな顔をする必要はないよ。それを無責任だとか人任せにしただとか、悪し様に思う奴はいない。ロコルだけなんだよ、ロコルを責めているのは」
「でも……あの家から、兄弟から逃げ出したくせに。そのくせセンパイを使って自分は──」
「だからその考え方がよくないんだって。『使った』んじゃくて『頼った』んだ。俺のことを頼ってくれたんだ──俺はそれを嬉しく思いこそすれいいように利用されただなんてちっとも感じていない。むしろお前に選ばれたってことを誇りに思っているくらいなんだからさ」
「センパイ……」
「悲願だったんだろ? 家族仲を改善することが。一度諦めて逃げたのに、それでも諦めきれないくらいに、どうしても叶えたい願いだったんだろ? ……俺にはドミネ貴族だとか御三家だとか、そういうすごい家の悩みとか実情ってのはまるでわからないけどさ。でもロコルがどんなに悩んでいたかはわかる。家族で仲良くしたいっていう当たり前の願いがどれだけ切実なものだったかは、少しくらいは理解できているつもりだ。だからいいじゃないか、浮かれるくらい」
「え……?」
「お前にとってもそれだけ嬉しいことが起きたって証拠じゃないか。願いが叶って喜ぶのは何もおかしなことじゃない、悪いことでもない。人との繋がりがお前にそうさせたんだから、素直に喜んだっていいはずだ。ちょっとくらい羽目を外したっていいはずだ──それが奏じたからこうして、決勝の舞台で俺と戦ってくれたんだろ?」
「……っすね。そうじゃなきゃいつも通り……これまで通り、自分は表に出しゃばったりしなかったと思うっす」
血縁だけあってエミルやイオリと似た部分も多々あるロコルではあるが、その二人とは違って──もっと言えばエミルによって「諦めさせられる」以前の兄姉らとも違って、彼女はどちらかと言えば控え目かつ引っ込み思案な方だ。
もちろんそれは公然とファイトで勝って人を支配することに抵抗のない、むしろ率先してそういう手段を取る彼ら彼女らと比べての「控え目」であり、引っ込み思案というのもあくまで派手に過ぎるパーソナリティを持つ他の兄弟姉妹との相対的な表現ではあるが、なんにせよ裏方気質。以前にも彼女自身がそう自認していたように、九蓮華ロコルという少女は積極的に表舞台に立って自己主張を行なうようなタイプではなく、むしろその反対。そういうことをやりたがる人間を上手く操って事態を思い通りにする黒幕気質なところがある。
だからこそ同じ策謀者でありながら承認欲求の塊でもあるイオリとはいい具合に互いの凸と凹が重なって名コンビになれるわけだが……そしてこれからは極端に裏方に徹するのをやめて正式に彼の相方として九蓮華を支えていくと決意したからには一層にその相性の良さが発揮されることになるだろうが、閑話休題。とにかく、そう決意するより前の彼女としてはこうして合同トーナメントの決勝という注目の──大注目の舞台に立つだけでも思い切りの要った決断であったのは言うまでもなく、そのファイト中において自身の思考の枷を、行動の檻を破ることを決断していなければここまで何もかもを出し切ることもしなかっただろう……こうも気持ちのいい負け方はできなかったろう。
無論のこと、そうであったなら「勝ちの可能性」だってもっと低くなっていたことも疑いようもない。それも含めて頷いてみせたロコルへ……自分自身にかかわることでも客観的な視点で分析ができる敏い少女へ、アキラはなんの含みもない笑顔を向けた。
「だろ? ロコルはそういう奴だって知っているからさ。だからあんなに燃えたんだよ。そんなお前があそこまで剥き出しで、何も包み隠さずに真っ向から向かってきてくれたこと。皆の前で実力を見せてでも、らしくもなく必死になってでも俺に勝とうとしてくれた。本気で戦ってくれた、だから俺もそれに応えられた」
「あは……熱くなってたせいでセンパイまで余計に熱くさせちゃった、っすか。ま、その自覚はあったっすけどね……」
どころか、そうなるように仕向けていた節すらある。そこは客観視できていなかった──敏い彼女ですら露とも気付けなかった自身の欲求。何もかもを忘れて、何もかもを振り切って。ただアキラとの勝負だけに全力でいたい。全力で戦い、全力で抗い、全力で欲し、全力で勝つ。たとえ負けるにしても前のめりに倒れたい。それ以上進めないところまで進みたい。そう思っていたのはアキラだけでなく、否、アキラ以上にロコルの方であったから。
だから──。
「勘違いはしないでほしいっす」
ロコルはそう呟くように、囁くように彼へ唱えた。




