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494.決着のあとの

『ここでファイト終了! 今年度の一・二年生合同トーナメントの栄えある優勝者が! 二年! 若葉アキラに決まったァー!!』


 皆さまどうか盛大な拍手を! と今大会のMCを務めている一学年担当の教師が促すまでもなく講堂は万雷の拍手で埋め尽くされていた。降りやまない雨の如くに手を叩く音が響き渡るその中で、されど中心にいる二人の内の片割れ──ロコルは惜しみなく健闘を称える激しい音色に耳を傾けるだけの余裕もなく、身体の方をふらりと力なく傾がせて。


「おっと」


 倒れかけたところを、急いでファイトゾーンの反対側から駆け付けたアキラの腕によって支えられた。


「セン、パイ……」


「大丈夫か? ロコル」


 優しい手付きで背中と肩を持ちながら気遣う表情でそう訊ねてくる彼を見て、ロコルは疲労困憊の身でありながら思わず笑ってしまった。


 ついさっきまでは。オーラの攻防の決着の直後までは、同じようにふらふらだったはずなのに。むしろ受け手として敗北に近しかった彼の方こそが疲労の度合いで言えば幾分か酷かっただろうに、しかしもう回復してしまっている。無論それは勝者と敗者の差でもある──瀬戸際の状態から勝ちを掴めた者と掴めなかった者の残酷な対比でもあるが、けれどそれだけが理由ではない。


 初めは意地だけだったはずだ。敗北の危機を乗り越え、巡ってきた勝利の機会。それを掴み損ねないためのなけなしの発奮でしかなかった。だが、そうやって意地だけで体を動かす内に、オーラを高め直す内に、本当に体の調子も心の調子も元通りに戻してしまったらしい。だから彼はこうして、己が身のことなどなんら省みることもなく……そんな必要もなくロコルの具合だけを案じている。


 まったく大した男だ。それ以外に感想が浮かばない。若葉アキラとは本当に、本当の本当に素晴らしい人物であり、素晴らしいドミネイターである。過去にも、そしてこれから先の未来の全てまで含めても、彼以上の人など見つからないと。ロコルにしては珍しくまったくの無根拠でそう確信してしまえるくらいに、彼女は何もかもを出し切ってここにいた。アキラの腕の中で、くすくすと笑っていた。


「やーっぱり……規格外。っすね、センパイは。ここまで打倒センパイに振り切って、絞り切っても、まだ足りない。まだ、届かない。全力のセンパイ相手には、自分じゃまだまだ追いつけない。それを、強く実感させられたファイトだったっす」


 勝負が終わり、緊張の糸が切れ、戦う者としての自分から普段通りの自分に戻った一人の少女は、屈託なくアキラへ。自身を打ち負かした相手へとつらつらと語りかけた。


「浮かれてた、みたいっすね。センパイとの出会いから、いろんなことがあって。いろんな経験をして。逃げているだけじゃ絶対に味わえなかったいろんな気持ちを味わって、抱えてきて。センパイたちはどんどん強くなって、エミルやイオリはびっくりするくらいに変わって。過去に捨ててきたものともう一度出会い直して、広い直すことができて……だから自分も変われたって、強くなれたんだって。そう思い込んでいたんすね」


 でも、とロコルは続ける。


「変われもしたし、強くもなれたっす。それは間違いじゃない、勘違いなんかじゃない……そこだけは自信を持って言い切れるっす。でも、それでも、にはまだ足りていなかったし、届かせられなかった。もっと変わっていくセンパイに、もっと強くなっていくセンパイに、……その背中に託すことしかできなかった自分じゃ、まだ追いつけない。熱に浮かされていたんだって、ようやく頭が冷えた思いっすよ」


 そりゃー負けるはずっす。と、彼女は微笑みを絶やさないままにそう言った。


「ロコル……」


 少女の一連のセリフは勝てなかった悔しさを滲ませる文言ながらに、しかし口調だけはいやにさっぱりと。やけにあっさりとした声音でその口から出てきた。ある種の軽さが強調された喋り方、だからこそ余計に、なおのことに述べられた全てが余すことなく彼女の本音であると。真っ新な気持ちそのものであることがアキラにはよくわかった。あたかも未だにオーラとオーラで繋がっているかのように、結び付き合っているかのようにはっきりと伝わってきた──。


 嘘偽りなく、着飾ることもなく、ありのままに。あるがままに吐き出されたその心情に、アキラは少しだけ寂しそうにした。


「そんなこと言うなよ、ロコル。浮かれたっていいじゃないか……浮かされたっていいじゃないか。それを言ったら俺なんてずっと浮かれっぱなしなんだからさ。お前が俺を見つけてくれたあの日から──お前が俺をドミネイターにしてくれたあの時から、ずっとずっと楽しいよ。楽しくて仕方がないんだ」


 楽しいばかりではなかった。辛いこともたくさんあった。それまで『逃げていた』のはアキラも同じで、あの出会いを切っ掛けに変わり始めたことも同じで。ただし変わることは楽しいだけじゃなかったし、楽ばかりでもなかった。大変な思いも苦しい思いもたくさんしてきた。目を背けていればよかった日々とは違い、ただ愛でるだけだったカードたちと「本気の付き合い」をしていくと決めたからには──大切にするだけでは駄目だと気付けたからには。自分が本当に望んでいることがなんなのかを知ったからには、汚泥のような安寧にばかり身を沈めるわけにはいかなかった。それ故に。


 カードを武器にする。勝つための道具にする。そういった行為に慣れないままに戦い始め、答えが見つからないままに戦い続け、傷付くこともくじけそうになることもたくさんたくさん、数えきれないほどにあったけど。だけど「楽しかった」のだ。アキラはそれを本心から言い切れる。


 たくさんの傷も苦しみも、それら全部を合わせても、楽しさが勝る。思い返して一番に浮かぶのはやはり、ドミネイションズと真に触れ合えるようになったことで得られた喜びであるからして。アキラに後悔はないし、恐怖もない。これから先の未来においても、そこでどう変わったとしても。変わらなければならなくなったとしても。どれだけ強くなったとしても、強くならなくてはいけなくなったとしても。その変化を恐れない、躊躇うこともしない。これまで同様に進み続けるのみだ。


 コウヤたちやロコルが懸念したような「孤高」。かつてのエミルが自らを追い込んでいたそこへ、独りぼっちの世界へ落ちるのではないか。などという心配をアキラはほとんどしていない。何故なら、それを心配してくれるコウヤたちやロコルがいるからだ──その悲しみを知っているエミルがいるからだ。掛け替えのない親友ライバルが彼には何人もいるから、だから彼自身にはなんの不安もなかった。


 そこに繋がりがある限り、アキラが皆に想われ、アキラもまた皆を想い続ける限り、孤独の道には進まない。進もうとしたって進めるものではない。繋がりなど持っていないと、そんなものは弱者の戯れだと、そう自負していたエミルだって。他人との繋がり、絆を確かに有していて。それを元にアキラに元の道へ、正道へと引き戻されたのだから。一方の当事者としてアキラが確信を持つのは当然だった。


「人と人が関わる以上、そこには必ず繋がりが生まれるんだ。どんなに小さくても、あるいは良い繋がりとは言えなくても、だけど無じゃない。んだ、そこに確かに。そしてそれが何よりも意味のあることだと俺は思う」


「繋がり……」


 良きにしろ悪しきにしろ、人と人は繋がらずにはいられない。あたかもそういう性質を持つ物体のように、必ず引き寄せ合うか反発するか。ともかくどういう形であれ関係性は構築される。そこが肝心なことだと、アキラは言葉を続けた──。



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