493.さらば激闘、運命の幕引き!
「《獣合進軍》が指定する『アタックの終了まで』っていうのは、バトルを仕掛けたのであれば戦闘破壊等の処理が終わるまで。ライフコアをブレイクしたならば、相手がクイックチェックで引いたカードをプレイするその直前まで、だ。つまりバトルの場合は完全に効果発動のタイミングを渡さない。ブレイクの場合ならクイックカードだけは発動できる、ってことになる。……わかるよなロコル。《森王の防人》の穴を《獣合進軍》が埋めるのと同時に、クイックチェックだけは防げないっていう《獣合進軍》の穴を《森王の防人》が埋めてくれるんだ」
ベストマッチ。安全な攻撃を──「完全な攻撃」を通すならばこれ以上の組み合わせはアキラのデッキに存在しない。アキラの求める勝ち方。油断なく、予断を許さない完璧なファイナルアタックを実現させるコンボであると彼は言う。
もちろん、再三述べられたロコルの信条。「完璧などない」という言葉の通りにたとえこの二枚の組み合わせであっても防げない反撃は、ある。《獣合進軍》は広い範囲のカードを無力化させるものの、広範囲であって全範囲ではないところにネックがある……たとえば除外ゾーンやデッキ内からの効果の発動。そういった特殊な挙動を取るカードに対してはこちらの方が無力である。とはいえ、だ。
墓地や手札からの発動だって相手ターンに可能となれば効果としては非常に特殊であり、珍しいタイプだ。それが除外ゾーン・デッキ内からとなれば輪をかけて希少、かつ、癖が強い。そういったカードはその一枚を活用するための専用構築を組まなければならない場合がほとんどだという点も踏まえれば──ロコルのデッキの構成をほぼほぼ把握できていることも合わせて──アキラとしては考慮の内に入れるべき懸念ではなく、実際に彼は防人とスペルの合わせ技で完封が成立していると確信を持っている。
条件を満たすことでデッキから直接場に出てくる三色混色ユニット、《世食みの大蛇ククルカン》。という限りなくそれに近しい動きを可能とするカードもロコルは採用していたが、だからこそ他には仕込んでいない。まだしも呼び出すためのカードがオブジェクトの《太極清廉図》であったためにオブジェクト偏重デッキとの親和性もあったククルカンならまだしも、そこに更なる『劇物』……ファイトの展開次第でデッキの不純物ともなり得る、ドミネイターにとっての毒にも薬にもなり得るものを採用はしないだろう、と。
いくらロコルが優れたデッキビルド能力を有していようともそこまでしてはバランスを保てるはずもなく、オブジェクトを多用するという本来のコンセプトも滅茶苦茶になってしまうことは避けられない。それは確実である、からには、聡明な彼女がそんな真似をするわけもないと断定的にアキラが信じられるのもなんらおかしなことではなかった。
「俺の場にいるアタック可能なユニットは【疾駆】を持つ《金剛極馬シルバーダイヤ》一体だけ。これまたせっかくの全体付与である《獣合進軍》の旨味を半減させてしまった形だが、ちっとも構わない。この一撃を絶対に通す、その意志さえそこに乗ってくれたなら。表れてくれたなら、俺は満足だ。シルバーダイヤだけで全ては事足りている!」
「……ッ、」
一体のユニットと一枚のスペルより力を授かり、現在のシルバーダイヤは速く駆けるだけの単なる美しい馬ではなくなっている。クイックチェック封じの能力と、クイックチェック以外を封じる能力。それらを併せ持ち、穴はもうない。今この場面だけに限って言えば完全無欠の「一手」となっている──成っている。最後の一撃をロコルへ与えるに相応しいユニットへと完成されたのだ。
──ここが終着であり、執着。アキラが望んだ完璧なる決着の時。
そう悟ってロコルは微笑む。力のない、けれど決して淡くもなければ儚くもない美笑で、彼と彼の場を眺める。豊かな森を背景に、防人を傍に控えさせていななく銀の馬は、その存在感はいっそ神秘的ですらあった。与えられた力がそうさせているのではない。与えられた役割がシルバーダイヤをより煌々と輝かせているのだ。より逞しくさせているのだ……プレイヤーより託されたものを、想いを、名馬はしかと届けんとしている。そのために張り切っているからこうも美しいのだ。
「お見事、っす。センパイ……やっぱりあなたは、あなたこそが……自分の、目標っす。理想のドミネイター、そのものっすよ」
アキラの推測正しく、ロコルのデッキには除外ゾーンやデッキ内からカウンターを仕掛けられるような、ライフアウトを防げるようなカードなど一枚もない。それどころかクイックチェックのタイミングで墓地へ送られて効果を発動させられるカードだってないのだから、言ってしまえばアキラの念の入れようはまさに入れ込み過ぎであり、ここまで状況を仕上げたのも無駄手間であり、わざわざ決着までを長引かせた無駄足でしかないのだが。結果だけを見れば間違っていないはずのそんな結論も、しかしまったくの間違いである。それはちっとも実情に則していない、まるで何も見えていない者の盲目的な評価に他ならない。
無駄ではないし、無意味でもない。遠回りでこそあったかもしれないがそれは意味のある回り道だった。アキラのしたことは、二重の封殺効果によって確実な一撃を求めた彼の執着は──それが導くファイトの終着は彼自身にとっても、そしてロコルにとっても大変に意義のあるものであった。そのことを、一部始終を眺めていた全員が。この合同トーナメントの決勝戦を観戦していた一人残らずが理解している。愚かな評を下すような「ドミネイター未満」は、この場にはいなかったということだ。
「やるぞ、ロコル」
「どうぞ、センパイ」
いつでも来い、と。とっくにそれを受け入れているロコルは両の手を広げて待ち構える……否、待ちわびる。もはや待ち遠しいのだ、アキラが自分にくれる、食らわせてくれる最後の想いが。終わりの一撃が、ロコルにはひたすらに楽しみであった。そこに込められたものの重さを味わい付くさんと、堪能し尽くさんとする。それこそが一歩及ばなかった自分に、敗北の決まった自分に残された唯一の義務にして権利。罰にして特権であると、そう彼女は笑みを崩さぬままにその瞬間を待つ。
彼女の想いは、アキラにもしかと届いている。
「──ファイナルアタック。《金剛極馬シルバーダイヤ》でロコルへダイレクトアタックだ!!」
万感、ではなくたったひとつ。一個の感情だけ。それだけをオーラに乗せて、ユニットへ乗せて。己が一を相手の一へ。ひとつとひとつを衝突させるように、あるいは混ざり合うように。アキラの心と共に走るシルバーダイヤはやはり、どこまでも美しくて尊くて。未来永劫のような一瞬を経て互いの陣地を越えて、踏み越えてロコルの元へ。そのライフを削り切るべく辿り着く。
「蹄決の一撃!」
一際に強く、力強く輝く蹄を高々と振り上げて、シルバーダイヤはロコルを庇うべく前に出た最後のライフコア。残りひとつとなっているそれを容赦なく、なんの加減もなく踏み砕く──打ち砕く。ドンッ!! と舞台上に留まらず講堂全体を踏み締めるように鳴らされた撃音が、その衝撃を余すことなく空間の全てへ伝えきる、よりも前にコアは粉々になって。爆発四散の言葉通りに原型を一切残さずに散っていった。
「ああ…………疲れた、っす」
彼女にもう、やれることはない。ライフコアを取り戻す手段などない……よってこの時点でライフアウトによるファイトの終了が確定。
準優勝、九蓮華ロコル。
優勝、若葉アキラ。
──これにて決勝戦は幕を閉じた。




