490.最後のプレイは粛々と
「俺が使ったスペル……《星降る夜の終わりに》はクイックで唱えた場合、次の自ターンでのチャージとドローを二倍にする」
「…………、」
「よって俺はコストコアをもう一度チャージし、それからもう一枚ドローする」
既にスタートフェイズにおけるスタンド&チャージとドローという一連の処理を終えているにもかかわらず、更にデッキトップのカード二枚をコアへ変換しつつ手札へと加えるアキラ。スペル効果の説明を聞いても──ちゃんと耳に入っているのかどうか──ロコルは僅かに目線を動かすだけだったが、アキラはそれに構わず淡々と二度目のチャージとドローを行なった。
彼が明かした通り《星降る夜の終わりに》は手打ちと即打ちで効果内容が変わる一風変わったタイプのスペルだ。選択効果や複数の効果を持つカードの登場が珍しくなくなっている昨今、クイックプレイと通常プレイで毛色の変わるユニットないしはスペルというのも目の色を変えるほど希少な存在とは言い難いが、だとしても二種類の使い道があるというのは多少なりとも変わり種であることに違いなく、それでいて単に効果を使い分けられる類いのものとは異なり任意性がない。つまりは従来通りのクイックカードと同じく使えるタイミングと使いたいタイミングとを必ずしも一致させられない。そういう意味でギャンブル性の高い、十全に使いこなすのに多少では済まない技量が要求されるカードでもある。
そんな代物を「面白い」と嬉々として採用し、そればかりかデッキ唯一のライフ回復を可能とするクイックカードという生命線のポジションに据えてしまうのだからアキラというドミネイターの異質さと異常性はもはや語るに及ぶまい。必ずこの生命線が重要になる時が来ると、ロコルとのファイトがそういった九死に一生を得なければ勝機を掴めないような超の付く激闘になると、本能でそれを確信していながらそんな真似ができる者がいったい他にどれだけいることだろう。いたとしてもほんの一握り。それこそ彼と同じ目線でドミネイションズを見られる者でなければいけない……そしてそれは覚醒の兆しを持つ者の中にも、覚醒の力を完全に操り切れる者の中にもそうはいないことをここに強調しておこう。
そうでないと覚醒の力の一端を手に入れているロコルやクロノ、そのポジションに肉迫しているコウヤを始めとした数人に迷惑であろうから──学園の生徒の中でアキラと同じ目線で、同じ理由で似たようなデッキ作りをする者と言えば、エミルただ一人だけである。他ならぬアキラの手によって目を覚まし、以前までとは他人やカードとの接し方、ファイトの思想から目指すものまで何もかもが変わった今の彼ならば、『面白い』。そんな初めてドミネイションズに触れる子供のような気持ちひとつで普通ならば、常識的なドミネイターならば到底しないような行為もあっさりとしてしまえる。その上で無茶を無茶と思わない、思わせない非常識的なプレイによってそれを成立させるのだ──面白さを一流の戦術として昇華させるのだ。
ちょうど、先のクイックチェックでアキラがそうしたように。ここぞという場面に通した無茶で道理を引っ込めさせてしまうのだ。
「……手打ちの場合《星降る夜の終わりに》は、俺のライフコアを相手のライフコアの同数にまで『合わせる』スペルになる。もちろんこれは相手より自分のライフの方が下じゃなきゃプレイする意味もない。回復効果としては強力だが、俺とお前のライフコアは共通して残りひとつ。お前が先に回復系のカードを使ってライフを戻さないことには俺もこのスペルを唱えられなかった……つくづくクイックチェックで引けて何よりだったよ」
「…………、」
もしも先んじて手札に引き込んでいたら、負けていた。そう述べるアキラに対しロコルはやはり静かだった。少しだけ動いた首が頷いたように見えなくもない、その程度のリアクション。それだけ、もはや短い一言を発することさえままならないということなのだろう。一見すれば淡泊に過ぎるリアクションとしか思えないが、しかしアキラにはきちんと彼女の言葉が伝わってきている。オーラによる一心同体の繋がりが終わっても、まだ二人の間には断ち切られていない繋がりがある。いついかなる時でも結べるものが、今も健在である。からには、アキラのプレイにも支障は生じない。
彼のコストコアはダブルチャージによって合計十個。手札はダブルドローによって四枚となった。一時はライフ・コスト・手札の全てにおいてロコルに有利を取られていたものだが、現在はどれひとつとして離されておらず、手札に関してはアキラの方が多い。四枚というのは潤沢と称するほどではないが、されど枯渇にも程遠く。そしてこの戦局。相手陣地にはレストしたユニット一体のみで、たった一度ダイレクトアタックを通せば勝利が確定するこの状況で、よもやアキラがそれを成し遂げられないはずもない。それを成すには四枚の手札と十個のコストコアは充分過ぎるリソースであると、講堂中の誰もが疑わない。
勝敗はもう決まっている──明らかとなっている白黒を、けれど確かに自分たちの手で付けるべく。アキラもロコルも、最後までドミネイターとして戦いの場に立つつもりでいる。その気概も、観客全員が理解できていた。
「俺は6コスト使って《アーミーハクビシン》を召喚。こいつは召喚に費やしたコストによって効果が変わる『アーミー』ユニットだ」
《アーミーハクビシン》
コスト3 パワー2000 【守護】
アキラのフィールドに現れた、アーミーの名を冠しながらも戦闘員というよりは斥候あるいは哨戒役といった出で立ちの抜け目ない顔付きをしたハクビシン。本来彼を呼ぶのに必要なコストは「3」。それを倍の「6」にまで費やしたからには使われる効果が強化されることは言うまでもなく。
「3コストだけならデッキトップを一枚めくってそれが『アーミー』ユニットであれば手札に加えるという能力だった。確実性はないがまあ、パワー2000で【守護】持ちがアド取りのメリット効果まで備えているんだから3コストユニットとしては良い性能をしているよな。ロコルもそう思うだろ?」
「…………、」
「はは、そうだな。問題はそっちじゃなくて6コストで発動される方の効果だな。教えてやるよ──倍のコストを支払って召喚されたこいつは元の効果から一転し、デッキから『アーミー』以外の種族『アニマルズ』のユニットをなんでも一枚! サーチすることができる!」
範囲の広いサーチ効果。それを手札やライフコアの犠牲といった、この手の効果によくありがちなコスト外コストで賄うのではなくコストコアのみの消費で成立させるのだから《アーミーハクビシン》のカードパワーは優れている。やはり『アーミー』シリーズは侮れない。そこそこの癖がありつつも使う者の力量次第ではかの有名な緑のアド荒稼ぎ要員の種族である『フェアリーズ』にも劣らないだけの、卓越したリソース確保能力がある。実際にアキラの運用がそう言い切っても過言ではないことを証明しているのだからこの評価は決して間違っていないだろう……と、ロコルがそう考えていることを察して少しだけこそばゆくなりつつもアキラは効果処理に入る。
「ハクビシンの効果により、俺はデッキからこのユニットカードを手札に加える!」




