49.挑め強敵、シード枠の先輩!
ファイトゾーンのスペースに入るアキラの姿をそれとなく視界に収めつつ、会場中で行われているいくつものファイトの経過を観察するムラクモ。そんな彼の横にそっと立つ人物がいた。
「──毎度のことながら、今年も合同トーナメントは大盛り上がりのようですね」
「泉先生。……何故こちらに? この時間はあなたも授業を受け持っていたはずでは」
「少し早めに切り上げてきました。息子の活躍を直に見たかったものですから……などと言えば合理的でないとお叱りを受けそうですが、どうか大目に見てくださいムラクモ先生。私は教師でありドミネイターですが、その前に一人の親なのですよ」
本試験でも私は監督してやれませんでしたしね、とまるで自分が息子に付き添うのは当たり前とでも言わんばかりの公私混同も甚だしい泉の言葉に、真面目くさって注意する気にもならなくなったムラクモは小さく息を吐いて。
「……よほど息子さんのことがお可愛いようで」
「勿論ですとも! 何せあの子は天才だ。いずれ日本という国を背負って立つドミネイターになることが決定付けられているのですからね」
「…………」
そう口にする泉の瞳には何かしら妄執の類いのようなものが垣間見えた。今泉が語ったのは、まさしく若かりし頃の彼自身が叶えられなかった夢に相違ない……果たしてこの男は息子のことを本当に息子として愛してやっているのかどうか。そこを疑問に思うムラクモの思慮など露とも知らず、泉はひとつのフィールドへと注目した。
「おや? あそこで今まさにファイトを始めたのは──若葉アキラ君。ミオと共に合格した生徒の一人ではありませんか」
「そうですが、それが何か」
「ふふ……知っていますよムラクモ先生。早速あの子を除籍検討の対象者としてあげたようじゃありませんか。今年度も一番乗り。ムラクモ先生の厳格さは私を始め全教員が見習わねばならないところでしょうが……しかしおかしいですねぇ。あなたの言葉が確かであれば、若葉アキラとはミオと同等の才覚を持つ生徒であったはず。だというのに最速で除籍候補になるとは。これはいったいどういうことなのですか、ムラクモ先生」
「どうもこうも。仰ったように厳格に判断したまでのこと。本試験の時点で原石だったとしても、僅かな内に光るどころか錆び付くようであればこの学園には相応しくない……それだけのことです」
この大会で優勝できなければ奴は退学です、と。温度のない口調でそう言い切った彼に泉は「くっく」と笑った。
「ムラクモ先生も惨いことを仰る。ミオが参加している時点で他の子の優勝はあり得ない。つまり若葉アキラ君の退学はもう決定されたようなもの……いやあ、残念でなりません。ミオに劣らないという原石がどんな輝きを放ってくれるのか、その成長を私も見たかったものですが」
「ならばどうぞ、ご覧になっていくといい」
「──はい?」
困惑を見せる泉に、ムラクモはファイトの観察から目を逸らすことなく淡々と続けた。
「除籍検討の対象者にあげようとも、本試験であいつを採った己の判断になんら恥じるところはないと思っていますので」
「それはつまり……ムラクモ先生は若葉アキラが優勝するとでもお考えで?」
「さて、そればかりは予想しかねますが。しかし本人曰く、奴が光ってくれるのはまさに今これからのようですからね……本当にそうであれば一教育者として、生徒の奮闘が楽しみじゃありませんか」
理解できない、とばかりに顔をしかめた泉が再びフィールドへと目を向ければ、件の少年は意気揚々とカードを操っていた。
◇◇◇
「俺はディスチャージを宣言、ライフコアをひとつ犠牲に手札を一枚増やす! ドロー! そしてアクティブフェイズへ入り《幻妖の月狐》を召喚! 登場時効果発動、一枚ドローして一枚捨てる! ターンエンドだ!」
(明らかにドローを急いでいる……何かどうしても引きたいカードでもあるのか)
ディスチャージが増やせるのはコストコアだけにあらず、手札もその対象だ。だが二者択一ながらに選ばれるのが多いのは圧倒的にコストコアであり、少しでも早く使えるカードの範囲を広げるのがドミネファイトの定石でもある。手札消費の荒い速攻デッキなどであればコストコアより手札を優先する場合もあるが、そういった戦法を取るプレイヤーでも選択の割合としては半々といった具合。ディスチャージでドローが選ばれるのはそれだけ珍しいことなのだ。
それを、特段攻め急いでいるようでもないアキラがやったこと。加えての手札入れ替えユニットの使用。となれば狙いは見え透いていると言っていいだろう──対戦相手である二年生の少年はそう判断する。彼はシード枠に選出されているだけあって確かな力量を有しており、今日初となるこの試合にも油断なく臨んでいた。
「俺のターン、スタンド&チャージ。そしてドロー……ディスチャージを宣言。ライフコアをコストコアへ変換……《ミッドローの落ち物食い》を召喚。こいつは君が次に召喚するユニットのコストを2増やす」
「!」
しゃかしゃかと動き回る虫と爬虫類が混ざったようなそのユニットがアキラを睨む。これでアキラは次のターン、大幅にプレイが制限されることになった。──引きたいカードがなんであるにせよ、その行動を遅らせればいいと二年生の彼は考えたのだ。緑陣営の《幻妖の月狐》が出たからにはアキラのやりそうなことは概ね彼にも想像がついた。それ即ち、似たようなドロー促進の効果を持つ小型ユニットの連打である。緑にはそういったアドバンテージ確保に優れたカードが多い……それは強味でもあり、しかしファイトの進行が読まれやすいという弱味でもある。
「ターンエンドだ」
予定を大きく狂わせておいての静かなエンド宣言。その落ち着き払った様子に、さすがはシード枠。上手く波に乗せてはくれないなとアキラは今一度気を引き締めた。
本日三戦目。間違いなくこの大会はここからが厳しくなる──!
「俺のターン! スタンド&チャージ、ドロー! 5コストで《微睡みの妖精シィシィ》を召喚する!」
《微睡みの妖精シィシィ》
コスト3 パワー1000
「やはり『フェアリーズ』のカードか……」
「お見通しって感じですね。それでも構わない、シィシィの登場時効果を発動!」
落ち物食いから与えられた制約によってこのターンに使えるコストコアはなくなってしまったアキラだが、しかしそうまでして召喚したからにはシィシィが授けてくれる恩恵をしっかり受けておく。
「デッキから同名以外の『フェアリーズ』を一枚手札に加えることができる! 俺は《恵みの妖精ティティ》をサーチ。そして《幻妖の月狐》で先輩へダイレクトアタック!」
「クイックチェック……発動はなし。そのまま手札に加える」
「……俺はこれでターンエンドです」
ドロー、と淡々とカードを引くを上級生にアキラは緊張を強いられる。ライフコアが削られても反応ひとつない。どころか、ファイトが始まる前も後も、アキラが何をしようともまったく動じてくれない……ただただ全てを物静かに受け流していく。それでいてプレイにはしっかりとドミネイター特有の殺気が込められているため、なんともやりにくい相手。それがアキラから見た彼の印象だった。
「……? どうかしたかい」
「あ、いえ。別になんでも」
「そうか。なら──スペル《バッティング》を発動。君の場のユニット同士でバトルしてもらう」
「!」
白狐がいきなり仲間であるはずの妖精へと牙を剥き、妖精もまた望むところだとそれに応戦。共にパワー1000と並んでいるために二体は相打ちとなり、アキラの場にユニットはいなくなってしまった。
「落ち物食いでダイレクトアタック」
「っぐ……!」
そのチェックでアキラが引いたのもクイックカードではなく、ただのドローに終わる。それはいいのだが、しかしさっきから涼しい顔でえげつないことをしてくれる。やはり先輩は強い……現時点では自分より一枚も二枚も上手の相手だと感じる。それは悲観などではなく、ごく客観的な正しい分析。正しく分析できている、からこそ──この人を上回りたい。
そうアキラの闘争本能はより高まっていく。
「《プラント》を召喚してターンエンド」
「俺のターン、ドロー!」
勝負はまだ始まったばかりである。




