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487.果て

 激突の果て。食らい合いの果てに、限界を超えた二人の想いが重なり合った果てに見えた夢幻真理の光景の、その先にて。アキラとロコルの攻防はもう終わっていた。講堂中の人間が我に返った時、舞台上には肩を上下させて共に片膝をつく彼らの姿があった。


 変化といえばそれくらいだろうか? あとは激突の前と何も変わらない。ロコルのフィールドには《ジェットパック》を装備した《無銘剣ブレイザーズ・ナイト》がおり、アキラのフィールドには相変わらずエリアカード《森羅の聖域》が展開されており、状況になんら変わりはない……そう思えたのも束の間。まずは目敏い数人が、それに遅れることしばらくして段々と皆が気付く。見つける。明らかな異変。「変わっていない」ということが何よりもおかしなとある一点に、注目がいく。


 衆目を集めるそれは何か──アキラの命核ライフコアである。


 最後の攻防。ロコルがそう題して行われた激突の直前と変わらぬ、彼の周囲を衛星の如くに緩やかに浮かび回る一個のライフコアの姿。確かに先ほどブレイザーズによって。彼本来の武器たる透き通る刀身の剣によって一刀両断に伏されていたはずの最後のコアが、今も変わらずアキラの命の象徴となって。まだドミネファイトが終わっていないことの証明となってそこにある。


 その風景の意味するところとは、つまり。


「あ……」


 誰が上げた声か。観客席にいる生徒のいずれかかもしれないし、固唾を飲んで勝負の行く末を見守っている彼と彼女のライバルたちの誰かかもしれないし、あるいは冷静な大会の進行を心掛けている教師陣の中から思わず漏れたものかもしれない。いや──舞台外の誰でもなく、ともすれば。最も早く異変を察知していた、察知させられていた舞台上の少女こそが零した吐息。様々な想いの詰まったため息のような声だったのかも、しれない。


 アキラの手にある一枚のカード。立った側の片膝に添えられて周囲からは見えにくなっていた、けれどしかと発動が成されていたそのカードが、改めて掲げられる。講堂内の全員に示すように、対面する彼女にだけ見せつけるように。当然、その一枚はライフコアの次に視線を集めた。ここで「何が起きたか」。オーラの攻防がどういう決着を見せたのかを皆が理解する。果ての光景に目を奪われた最中に行われていたドローで、アキラがどんなカードを引いたのかを察する。だが観客らの理解など、反応など、そして予測など。向かい合っている二人にはなんの関係もないもので、気にかける必要のないもので。そしてそうするだけの余裕も、今はどちらにもなかった。


 息を荒くしたままアキラが、そしてロコルも立ち上がる。へたり込んだままの終わりはよろしくない。この勝負の結末として歓迎ができない。せめてその時は最高に、最大限に恰好を付けたい。大した意味もない拘りであるが、しかし二人の想いはそこでも一致しており、それは何より大切なことだった。


 気を抜けばふらつきかける脚に喝を入れて、曲がりそうになる背中をピンと伸ばして、できる限りに胸を張って。視線は前へ。愛しき対戦相手へと向ける。互いがそうすれば、自然と眼差しは交錯し、絡み合い、それもまた繋がりとなる。すっからかんになっても。オーラはもちろん、それを生み出す原料も心の中から尽きかけていても。それでもドミネイター同士はこうやって、視線ひとつで密接に繋がりを持てる。無論これはここに至るまでに数々のカードのやり取りを、濃厚なまでの攻防を繰り返してきたからこそ可能となる、つまりは集大成のような交信・・ではあるが──それに加えてこのドミネファイトが始まる前から特別な関係にあったアキラとロコルなので、激闘を繰り広げたドミネイター同士であれば誰しもがこうなれるとは。この繋がりが生まれるとは言い切れたものではないが。


 しかし今だけは信じたい。誰だって、誰とだって関係を構築できる。特別が特別でなくなるくらいに、広く皆が繋がっていく。そういう世界にいずれなると……自分たちにはその夢が叶えられると、そう信じていたい。


 誰よりドミネイションズの可能性を信じるアキラと、日本ドミネ界に深く根差す特権階級だけの優越を取っ払いたいロコル。目指すもの。見据えるもの。違うようでいてその実二人のやりたいこと、叶えたい世界の在り方はよく似ている。近しい、というより、その点でも彼と彼女は重なり合っているのだと評した方が正確だろう。アキラの夢の内にロコルの夢もある。ロコルの夢が広がった先にアキラの夢がある。具体性がなくとも限りのないアキラの目標と、具体性がありつつも限りもあるロコルの目標は、互いに足りないものを補い合っていると言うこともできる。出会った当初から不思議なまでの相性の良さを有していた二人だが、どうやら彼らはこういった側面においても抜群の補完性があるらしい。


 欠けた部分がぴたりとハマるように。それでようやく一個となるように、相性の良さとは同素材でいながら異型であること。「似ているようでまったく違う」ということが大事だ。アキラの持つ形がロコルの持たない形で、ロコルの持つ形がアキラの持たない形で、それらはしっかりと噛み合いを持つもので。だから二人はすぐに意気投合したのだろう。息を合わせるように共に成長できたのだろう。ロコルに教えられたアキラだけでなく、ロコルもまたアキラに教えられて。そうして過ごしたこの一年と半年は、彼と彼女を大きく変えた。


 互いが互いにとってのキーパーソン。現時点における最重要人物と言って過言ではないから、他の誰より複雑で深い繋がりあると断言してもいいくらいだから、故にオーラの繋がりが切れても。濃厚な攻防の先に辿り着いても、アキラにはロコルの気持ちが痛いほどに。ロコルにはアキラの気持ちが切ないほどに伝わっていた──伝わり合っていた。


 それは間違いなくドミネイターとドミネイターの間にあるひとつの理想を体現していた。


 しかし、そんな奇跡を。一人ではなく二人だからこそ成し遂げられる奇跡以上の奇跡を起こしておきながら……観客まで巻き込んだ幻想体験を繰り広げておきながら、当事者たちはそのことにとことんまで無頓着であった。見ている者たちの反応だけでなく、自分が見たもの。体験したものも今は捨て置いて、今だけは無視を決め込んで。やはりどこまでも。アキラはロコルだけを、ロコルはアキラだけを見つめていた。


 立ち上がった二人の内、一人は両手を下ろして。もう一人は一方の腕を上げている。その立ち姿の差異だけで察せられる者は察せられるだろう。たとえこの場面からしかファイトを見ておらずとも。否、あの光景を目撃していないからこそ判断が容易となるだろう。即ち、どちらが敗者の姿で。どちらが勝者の姿であるか。その栄光に相応しいのが彼なのか彼女なのか、明白に見分けられるだろう。


 果てなきオーラの攻防を、全てを懸けても足りないだけの熱の衝突を、見事に制してみせたのは。相手の上を行ったのは──。


「俺だ、ロコル」


「……っすね」


 アキラの手に握られた、ドローされたその一枚。クイックチェックによって彼が掴んだ可能性は。


「《星降る夜の終わりに》。緑陣営のクイックスペル……こいつで俺はライフコアをひとつ取り戻した。敗北を、回避した」


「…………」


 ファイトは終わらなかった──まだ続いていた。アキラがそうした。そうして。

 ロコルにはもう、なんの手も残されていなかった。



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