485.相応しい一撃を!
相応しい一撃。それはつまりアキラも負けを認めざるを得ないほどの一撃、ということ。
それを与えられたなら。このラストアタックをそこまでのものに仕上げられたならば……いや。
(できたらいいな、じゃなくて。やるすんよ、自分は。九蓮華ロコルは今からそれをするんす)
アキラを。本当の意味での敗北の寸前にいる「最も強い状態のアキラ」を、屈服させる。文句のつけようもない、物言いのつきようもない勝ち方をする。してみせる。そのつもりでないとそんな勝ち方はできないから。
勿論、どうであれ勝ちは勝ち。そこまで圧倒的なものを見せずとも最低限、ほんの少しでもこれより起こるオーラの攻防において上を行けば。僅かにでも出力で上回れば、一度目のブレイク同様に勝利は「拾える」かもしれない。運さえよければ二度目のような逆転劇も起きずにどうにか勝利を「貰える」かもしれない……ただしその際にはしこりが残る。観客やアキラからではなく他ならぬ自分の裡から文句や物言いが出てしまうのだ。
拾ったり貰ったりするのではなく、文字通りに勝ち取りたい。自らの手で掴み取りたいのだ──そうやって若葉アキラに勝利したいという、言ってしまえば単なる我儘。シビアに勝敗の分かれ目が揺蕩う今においては不要なはずの拘り。と、少し前までならロコル自身そう判断して切り捨てていただろうけれど。
欲張るのも大事なことだと。我儘になるのも時にはファイトに必要なことだと。ドミネイターの成長には欠かせないものであると、気付けた今は。教えられた今となっては少々考え方も変わってくる。どうせならばとことんまで拘り抜きたいし、欲し続けたい。より良い何かを追い求める者でありたい。そういう自分でいられるようにすることが何よりも勝ちに繋がる変化であると、そう感じたからには。
(そうっす、きっと。ここで理想を求められないような自分だったら……『私』だったら、勝てっこない。一度目の再現を目指して二度目の二の舞になって、そして今度こそどうしようもないクイックカードを引かれて再逆転。来たる次のターンで最後のライフコアをブレイクされて負ける。そういう道筋が、目に浮かぶよう。まるで違う世界戦の私がそうやって負けたみたいにハッキリと)
あくまで予感だが、ロコルにとっては紛れもなく真実であった。日和れば負ける。アキラに対する畏れがほんの少しでもあれば、逆転されることへの恐れがほんのちょっとでも攻撃に滲んでしまえば、確実に恐怖が現実のものとなる。だからとて強気に、己が勝ちだけを信じ抜いて、劇的な勝利だけを見据えればそうならないという確証もない。ロコルの本能が訴えるのは臆せば勝ちはないというその一点のみで、臆さねば勝てるという保証になるものではない──しかし充分だろう。
欲張ったら負けだと、普段であればそう考えて努めて自身を諫めていたであろうところを、欲張らなければ逆に負けると。そのように勝利を目前にしたドミネイターとして「より正しき方」へと修正できただけでも十二分に過ぎる。
慎重さが功を奏す場面だって多々ある。欲張らないことが美徳になる例だって数多くある。そう知りながらも、しかし今は。ドミネファイトにおいては。それも若葉アキラとの勝負に限って言えば──その決着の瞬間には、控えたり抑えたりといった物怖じにも近しい側へ己を傾かせるのは良いことではない。
出せる全てを再び出し切る。既にこのターン中に二度もそうやってダイレクトアタックを仕掛けているロコルなので、言わずもがな気力も体力も大いに擦り減ってはいる。オーラの発生源たる心へと勝利の欲求という燃料はくべられ続けているが、やはり足りない。消費の巨大さに補給がまったく追いついていない。それでも、だ。不足はどこからでもいいからかき集める。全身の全細胞からエネルギーを抽出する。無論これは比喩で、本当にロコルが細胞を自在に操るなどという人間らしからぬ技を可能にしているわけではないが、とにかくその心意気がなければならなかった。
間に合わないオーラの供給をなんとしても間に合わせる。限界を超えるのだ。今が天井と決めつけてはならないと、そんな思考の枠組みは自身を狭める大敵であると、それもよくよく教えられたから。だからロコルは躊躇なく、なんの恐れも抱くことなく挑むことができる。
最後の攻撃。最後の、決戦へと。
「尽くをやり尽くしたんすから悔いはないっす。たとえどうなろうとも……そう思う気持ちは本物で、だけど『どうしても勝ちたい』と願ってしまう自分も本物で。まるで心がふたつあるみたいっすよ」
「俺だってそうさ。ファイトを俺の手で終わらせたい気持ちと、いつまでもこうやって戦っていたい気持ちがどっちも同じ分量である。相反するものが矛盾なく、衝突するでもなく俺の心の中にある。ちょっとした混乱もあるけど……でもそれはたぶん、そんなに悪くないことだと思うぜ」
「あは。そーかもっすね。それだけ感情が大きければ。ふたつ分の心があれば、オーラだって二倍練れるかもしれないっすもんね」
そう聞いてアキラは目をぱちくりとさせた。どうやらそんな発想はなかったらしくて、珍しく価値観の部分において彼を驚かせられたことをロコルはちょっと嬉しく思った。もちろん、こうやってやり取りを交わしている間にも二人はオーラの臨戦態勢を解いていない。それはブレイザーズも一緒で、主人より号令が下るのを今か今かと身じろぎひとつせずに待ち構えている。
緊張感は、これ以上ないくらいに高まっている。
両者の熱量と同じく。
「……行くっすよ。これが最後のアタックっす」
「いいや、最後にはさせない。もう少しだけこのファイトに付き合ってもらう」
「自分としても嬉しいお誘いっすけど。断腸の思いでお断りさせてもらうっす──必ずこの一撃で終わらせる!」
「っ!」
「攻撃権の復活した《無銘剣ブレイザーズ・ナイト》で! 三度目のダイレクトアタックっす!!」
三度騎士が地を蹴って駆ける。翔けていく。純白の透き通る体で、同じく透き通る刀身の華やかな剣でフィールドを縦断する彼の姿はあたかも流星のようだった。講堂中のライトから発せられる光という光が移動する彼の肉体に反射され、キラキラと輝く。メラメラと燃える。その軌跡が奇跡となって。ロコルが託すオーラの輝きと一体となって、迫りくるそれを目の当たりとしているアキラへひとつの確信を持たせるに至った。
このユニットは──ブレイザーズ・ナイトは、いま「完成した」のだと。ロコルにフィニッシャーの役目を任されて、二度に渡る高純度の一体化を経て、そして最後の一撃を繰り出さんとしているこの時に、彼という存在は。彼とロコルとの繋がりは、非の打ちどころもない「完全」に達したのだと理解した。させられた。
一撃目や二撃目の比ではない。充分以上に類い稀なアタックであったあれらでも比較対象足り得ない。比べるべくもない隔絶した差がそこにはあった。完全無欠のラストアタック。当然、それを受け止めるには。受け切り、そして押し返すためには。アキラに求められるものも先の攻撃へぶつけたそれの比にならない。
気力・体力共に擦り減っているのはアキラも同様である。ともすれば受ける側──敗北を回避せんとする側の心理的負担も相まって、繰り返される攻防においての疲労の蓄積は彼の方が深刻かもしれない。消費に対してオーラの補給が間に合っていないのも同じだ。つまり、不可能。受け切れるはずもない。これまでの結果を鑑みて、今の状況を踏まえて、客観的に判断するなら誰もがそういう結論に達するだろう。
けれど。
けれど、アキラという少年は。




