483.燃えよブレイブハート!
引かせない。三連続が必須となるブレイクの、最初から最後まで何も掴ませない。それができれば無論のこと最善であり、最優の展開であったが。そしてアキラを相手にもそれを引き寄せられる自信が今のロコルには十二分にあったのだが、残念ながらそうはならなかった。
類い稀な粘り強さ。決定的な弱点であったムラっ気を克服した現在でも、それが顕著だった頃の「波の高低差」。そのギャップが生み出していたはずの爆発力は健在であり、追い詰められれば追い詰められるほどに。敵が強ければ強いほどに己も際限なしに、天井なしに強くなっていくのがアキラというドミネイターの最も特徴的かつ象徴的な生態であるために、勝てるという自信が自分にあればあるだけアキラもまた手強くなる。そうとわかっていながらも、それでも押し切れる気がしていたのだが……本当に気がしていただけだった。
冷静と情熱の完璧な配分のブレンド。観世家が得意とするオーラ技『混合』による思考と感覚のミックスにも程近い、されど似て非なる境地にロコルはある。凪の穏やかさで冷静に計算をしていながら荒れ狂う熱風のように心を燃やしてもいる今の彼女は、つまりは落ち着いていながらも大興奮状態にある。アドレナリンだかドーパミンだか。己を激しく突き動かすのが何を由来としたものなのかはロコル自身にすら知り得ないし興味もないが、ただしそれがもたらす攻めっ気がいいように作用していることには感謝していた。
普段の自分であれば。ファイトの決着に差し掛かって最高潮に達しているアキラを前に「押し切れる」などと自信を持つことはなかったろう。思考派らしく計算ばかりで戦っている九蓮華ロコルならばそんな勇気を通り越して恐れ知らずな、大胆を通り過ぎて考えなしな「燃料」など湧かなかった。突き動かすものに突き動かされるまま攻め入ろうなどと、そんな戦い方は選択肢の内にも入らなかったろう。通常なら抱かなかった過度にして過剰なまでの勝ち気が、遮二無二勝利を欲する飢えた獣のような貪欲さが、オーラの猛りの一助となって一度はアキラの防御を突破した。それを振り返ればやはり、この冷静と情念の同居はロコルの新たなる、大いなる武器となっている。そう評してもいいだろう。
計算だけでなく計算度外視の行動も取れるようになって、改めて計算的な──打算的な戦法にも強みが、深みが生まれた。その深みがあるから、以前のアキラのギャップの如くに打算のない直情的な行動にも、高さと落差が生まれる。それをどちらも構え、ぶつけることが現在の九蓮華ロコルの最大戦法である。
である、からには。
打ち破れる自信があった。だけどそれで終わりではない。情熱だけに浮かされているわけではないロコルには冷静さもあったから──計算もしかと働かせていたから。それもまた十二分にあり得ることだと結論付けていた。こちらの自信を、アキラが打ち破る展開。勝ち切れるはずのところから勝ち切れない、盛り返される逆転の展開というものも「起こってもおかしくない」と。その可能性もきちんと考慮に入れていた彼女なので。そうなってもいいようにと備えていたのが彼女なのだから、オーラを押し返されたとて。そこに驚愕こそあれど動揺はなく。
「自分だったら負け確と思い込んでしまいそうな、敗北の淵から飛び出たような状況からクイックカードを手にしてみせたセンパイにはそりゃーもうびっくり仰天って感じっすけど。でもセンパイなら何をしてきても不思議じゃない。何もさせないのが一番だけど、一番が取れなかったならば。万が一どころじゃなく起きそうだとも思ったこの展開に! そして予想通りに起きてくれたこの流れに、自分はむしろ感謝するっす!」
「……!」
予想したことが予想通りに起こった。故に慌てる必要は、負けを覚悟する必要はどこにもない。反対にそれをしなければならないのは、見事にクイックカードという逆転できるはずの一手を掴んだアキラの側である。そう証明するためにロコルは。
「《勇剣ブレイブハート》はクイックスペル《ヴァンキッシュ!》による除去を待たずして自ら墓地へ! 対象カードがフィールドからいなくなったことで除外効果は不発になるっす!」
「っ、除去を食らう前に自身の効果で墓地へ行くだって──」
しかしそれになんの意味があるのか。確かに対象が不在となった《ヴァンキッシュ!》は効果の処理が行われず、アキラはただ発動だけして無闇にカードを消費したということになってしまいはするが。けれど彼が退かしたかった肝心のブレイブハートはその思惑通りに退かされた。ブレイザーズの装備から外れたのだから元の木阿弥もいいところ。実質的に《ヴァンキッシュ!》は役割を果たしたことになる……除外ゾーンか墓地ゾーンか。送られる場所の違いこそあれどフィールド上にいないのであればそれは同じこと。
「じゃあ、ないんすよねぇ! 墓地か除外かは大きな違いっす。そして自身の効果で墓地へ行ったかどうかもまたブレイブハートにとっては重要なんすよ!」
空になった手元に彼本来の透き通る刀身の剣が戻ってくる。それを握り直したブレイザーズは、再び「構えを取った」。腰を低く落としての突撃の姿勢を、もう一度。それを見てアキラは悟る。彼に戻ってきたのは剣だけではない。連撃を終えたはずのブレイザーズにまたしても攻撃権が復活している。彼の佇まいからしてそれは明らかで、その原因もまた明らかであった。
「まさか、ブレイブハートは!」
「そうっす! これぞ勇剣に秘められた能力! 自身の効果で──否! 自身の意志でこのカードが墓地へ置かれた時、このカードを装備していたユニットの攻撃権を一回増やすっす!」
「攻撃権の増加──」
ユニットに装備されていてこそ効果を発揮できる装備オブジェクト。そういう種類のカードでありながら、装備が外れて後に発動する効果がある……あたかも「託される」かの如くに受け渡される力がある。その独自性、己が死してなおユニットとの繋がりを残すその在り方こそが、《勇剣ブレイブハート》というオブジェクトの最大の特徴でありロコルが採用した理由。
「ブレイザーズ自身の連撃能力はもう打ち止めっすけど、ブレイブハートのおかげで『あと一回』! アタックすることが可能になっているっす!」
ブレイブハートは単に攻撃権を与えただけでなく、アキラが引き当てた除去クイックスペルの良い的にもなってくれた。アキラがブレイブハートを狙った理由は秘められた効果を警戒してのことであり、それが実際に存在していたからには彼の嗅覚。ドミネイターとしての直感や本能と呼ぶべき類いのものは本当に優れた性能をしていると言える──が、このファイトにおいて度々そういった場面が見られたように、ロコルはアキラの長所すらも賢しく利用する。発達した嗅覚が故に捉えてしまう不穏の匂い。嗅いだからには無視できないそれに反応しての行動を前提に戦術へ組み込む。深い理解と読み、真意を悟らせない意の消し方、そして実行に及ぶプレイングの実力。それらが揃っていなければ不可能な複雑な戦い方──ロコルはそれを可能にするドミネイターである。
上手く狙い澄ましたようでいてその実、狙い澄まされたのは自分の方だった。そうと気付いて愕然とした顔を見せるアキラへ、ロコルは意気も血気も募らせて。これが最後の勝負だと──最後の勝負にするのだと血潮を熱く燃やして言う。
「やらせてもらうっすよセンパイ! この勝負のピリオドは、自分が打つっす!!」




