478.ワンブレイク
ブレイザーズが腰だめにブレイブハートを持つ。それに合わせて足の位置を広く取ってぐっと腰を落とした──斬るための構え。間合いを一気に詰めて標的を叩き切らんとする意志がそのまま形になったような彼の佇まいに、今一度アキラの頬を汗が伝う。フィールド上に漂う緊張感はただユニットの一体のみが生み出しているのではない。彼と、彼の力となっているふたつの装備品。それを従えるプレイヤーと標的たるプレイヤーの両名。その全てが混然一体となって張り詰めた空気感を作り上げていた。
今にもはち切れそうな、爆発しそうな濃密なプレッシャーの渦中において、最後の攻防。押し切れば勝ち、押し切れねば負けという紛れもない決定的線引きの生じるその瞬間の口火を切ったのは──無論、ロコル。
じり、と僅かに鳴ったブレイザーズの片足が地面を擦る音。傍目からは判別もつかないほどほんの微かにより深く腰を落とした彼の挙動を契機として、今こそが攻め時として一気呵成にオーラを練り上げた少女はその昂りにも劣らぬ気迫をもって宣言を行なった。
命令を、下した。
「《無銘剣ブレイザーズ・ナイト》で!!」
「ッ!」
「センパイにダイレクトアタックっす!!」
背中の推進機から噴出する空気の塊を翼に、ブレイザーズは駆けるというよりも翔けた。己が脚力以上の勢いでロコルの陣地より飛び出した彼を止める者はいない──アキラの場にユニットはおらず、《月光剣ムーンライト》のすり抜け能力などなくとも【守護】持ちにガードされることはなく、またそれ以外の方法で止められる恐れもなく。ブレイザーズはこのとき完全に自由だった。まったく自由にのびのびと、主人よりの命令に忠実に従うことができた。
ロコルの願いを叶えることこそ彼女のエースである自分の使命。あたかもそうわかっているように、存在意義をそう定めているかのように騎士はただひたすらに。主人とおなじくこのファイトの勝利だけを、輝かしい栄光だけを欲していた。それをこの手で掴むことだけを想って。
勇剣が振るわれた。
──命核が砕ける。
「まずひとつ! ワンブレイクっす!!」
あとふたつ。その意味を込めて一本指ではなく、立てた三本の指から一本を畳んで『2』という数を示すロコル。もちろんそれは三つがふたつに減ったことの示唆であり、あと二回。あと二度の攻撃を通せばそれで自分の勝ちだというヴィクトリーポーズでもあった。その挑発的でもあれば挑戦的でもあり、何より「必ずそうしてみせる」という確固たる自信を感じさせる彼女の態度に、アキラの側も負けじと強気な笑みでもって応える。
「ああ、俺のライフコアは残り二個。もう二回同じことをされたら負けが決まる……同じことをされたなら、な!」
「!」
「一度目はともかく! 二度目からは条件が違うぜ、ロコル!」
条件──攻め込むために求められるもの、つまり難度が違う。
現在はフィールドががら空き。そして手札や墓地にも相手ユニットのアタックに反応して効果を発動させるような特殊なタイプのカードもなかった。だからアキラには防ぎようがなかったし、反対にブレイザーズは伸び伸びと敵陣へ攻め入り本丸を叩くことができた。それはその歩みを、いやさ飛翔を止めるものが何もないとわかりきっているからこその自由な振る舞いであり、思い切りのいい踏み込みであった。だが、「ここから」はもう違う。
「俺も受け入れるままだった今のアタックとは違って、次のアタックからお前には掻い潜らなければならないものができる……解決しなきゃいけないものができるんだ。一度目と同じことが同じ条件で二度、三度とできるとは思うなよ?」
掻い潜らなければならないもの。ブレイザーズの前に立ち塞がる障害がなんなのかと言えば、もちろんクイックカードだ。砕かれたライフコアがプレイヤーのために遺す防御と反撃のチャンス、クイックチェック。そこで引き当てる「何か」をぶつけてやると、それでもってブレイザーズの連撃を止めるとアキラは言っているのだ。予告を行なっているのだ。
もしもそれが実現すると一転、ロコルは苦しくなる。何せ守護者のクイックユニットが一体出てくるだけでもブレイザーズは止まってしまうのだ。《勇剣ブレイブハート》が装備ユニットに与える効果破壊耐性は《月光剣ムーンライト》にもないもので、単純な火力呪文等の除去系クイックスペルに対して強いという独自の利点も持つものの、そもそもムーンライトであればどれだけブレイクしようともクイックチェック自体が起こらない。相手に防御のチャンスも反撃のチャンスも与えない点が月光の刃最大の持ち味であるからして、その点に関してブレイブハートがムーンライトの上を行くことはない。
アキラもそう結論付けたように、まず比べることがおかしいのだが。希少性も高ければコストも高いムーンライトと、特別珍しいカードでもなければコストもムーンライトの半分以下であるブレイブハートを天秤に据えるのが間違いと言えば間違いであるのだが、だとしてもここでその性能差は非常に響く。ロコルとしては必殺コンボを揃えられなかったことをただただ悔やむばかり……などということはなく。
「──無問題っすよ」
「なに?」
冷静に呟かれた彼女の言葉にアキラが想わず聞き返せば、淡々と同じ言葉が再び紡がれる。
「何も問題はない、って言ったんす。確かにムーンライトまで持たせてやれなかったのは運命力を落とされた自分の失態。最後の攻防が一方的なものじゃなく切った張ったになっちゃったことを悔やまないわけじゃないっす。だけどそんなことに、そんなどうしようもないことにいつまでも無駄な思考リソースを割くほど自分は後悔しいじゃあないんすよ」
考えてもしようのないことを考える。それだけでもファイトに注ぐはずの集中力が如何ほどか無駄になっている。その上、ドミネイションズは心技体を問われるもの。中でも特段に重要なひとつである心の面において、雑念という曇りや陰りはその在り方を歪め貶める「あってはならない煩悩」の類いに等しい。心が定まっていなければプレイングも定まらない。転じて運命力の低下や劣化に繋がることはもはや言わずもがなだろう。
望ましくない引き運に引きずられて更に引き運を落とす。オーラ勝負、あるいはそれの前段階である潜在力の勝負を制することのできなかったドミネイターにありがちな典型的な悪循環だ。一度や二度運命力で負けたからといってファイトにまで負けると決まったわけではない。決着が付くまでには何度となく勝負の場面がやってくるのだから目指すべきはそのファイト中における凌駕。相手よりも強くなってみせるという欲求であり、それに根差した成長が求められる──だというのに序盤の結果だけに囚われて項垂れてしまってはそれも叶わない。
下を向く者には何も見えない。突破口も見つからなければ昇るべき高みもその目に映らない。悪循環を断ち切る鍵はやはりどこまで行っても『心の強さ』にある。心が定まっていないドミネイターには何もできないとはつまりそういう意味なのだ。
逆に言えば、ひとたび心が定まったならば。何があろうとも揺れ動くことのない胆力を有しているのならば、そのドミネイターは──。
「言葉を返させてもらうっす……センパイこそ『クイックカードを引けて当然だ』なんて思わないことっすね。自分はそれを許しやしない。ムーンライトの力がなくとも! そのクイックチェック、封じさせてもらうっす!!」




