477.勇剣のブレイザーズ!
完全なるブレイクを果たさねばならない。それは要するに相手に「クイックカード」を引かせないブレイク。クイックチェックを無為に手札を増やすだけに終わらせる、という意味だ。ロコルが実現させなければならないのはそういうもの。
それもこのターン中に勝ち切るためには、そしてアキラのデッキにライフコア回復系のクイックカードが入っていないとも限らないからには最低でも「三連続でそれを成し遂げねばならない」……果たして敗北の瀬戸際でこそ一際に強い若葉アキラを相手に、そんな真似ができるのか否か。
問われているのはそういう難題であった。
そう、難題である。紛れもなく超のつく難問である──取り組むのも馬鹿らしいくらいに正解に辿り着くのが難しすぎる悪問である。何故って、あの怪物エミルを相手にも最終的にはオーラの競り合いを制してみせたアキラなのだ。そんな人物と三連続で引きの攻防を行なって、その全てで完封するなどと。それは高望みが過ぎるというものだと普段のロコルならば苦笑いする。他人がやっているのなら「おいおい」ともう少し違う勝ち方を狙えないのかと呆れすら抱く、そういうことを今から自分はやろうとしているのだと。
そう自覚している彼女はしかし、ちっとも無理などとは思わない。考えていない。そうしなければ勝てないのであればそうするまでだと、悟りとも開き直りとも取れる境地でただそれの実行だけを狙っている。
(──勝つ。勝つっすよ、自分は)
九蓮華エミルにオーラ勝負で勝てるとは思えない。そこまで自分を信じられない……工夫をすればファイト中のどこかでは一時的に彼のオーラ操作を上回れる可能性も大いにあると、せめてそれくらいは信じたいが。けれど全体に渡って、最終盤面においてもエミルのオーラを抑え込めるなどというのは、それこそ望外の望みである。ましてやロコルにとって最強の象徴であったエミルに勝って次なる最強となりつつあるアキラが敵となれば余計にどうしようもない。と、そんな風に諦めて別の方法を模索するのは「過去の自分」だ。
今も昔もエミルを自身より上のドミネイターに置いていることに違いはなく、もちろんのことアキラも立ち位置としてはそれに同じくだ。目標にするのも烏滸がましいような『本物』たち。いずれ世界を賑わす人物になるとなんの疑いもなく尊敬できる者たち……本物犇めくプロの世界でも活躍できると、信じられる彼らに。それでも追いつきたいと、追い越したいと願ってしまうのが。望んでしまうのがドミネイターという生き物。
(そうっすよ、高望み上等じゃないっすか。身の程も知らずに挑む気持ち。その心意気こそがドミネイターを強くさせるんすから……!)
高望むことが重要なのだ。望外のことを、だとしても引き寄せてみせると。そう思い込める気持ちの強さが大事なのだ。そこに根拠は必要ない。それができる証拠などなくたっていい。己ならばやれる。と、克己だけが背中を押してくれる場面もある。そこで押されるままに一歩を踏み出せるかどうか。分水嶺をその一歩で踏み越えていけるかにかかっている。
今の自分を超えられるかどうか。ただ敵に勝つ以上に成長にはそれが必須、であるからには。そうと知っているからには──このファイトで知り得たからには、ロコルは。
「装備オブジェクトはユニットに装備されて初めて能力を使える……ブレイザーズの装備となった《勇剣ブレイブハート》の効果を適用するっす!」
「!」
「装備ユニットのパワーを2000アップさせ、更に効果破壊に対する耐性を付与するっす! またこの耐性は《勇剣ブレイブハート》自体も得ているっす!」
ただのオブジェクトとして場に置かれている状態ではその耐性も沈黙したままだが、ひとたび適正ユニットに装備されてしまえばブレイブハートはユニットだけでなく自分の身も自分の能力で守れる場持ちのいいオブジェクトとなる。それは議論の余地なく便利な効果だと称せるものの。
「パワーアップに耐性の付与……ユニットの強化のお手本って感じだな」
如何にも装備オブジェクトらしい力にアキラはそう頷きつつも、内心では納得よりも疑問の比重が大きかった。あまりにお手本通り過ぎる。その型にハマったままの強化は故に議論だけでなく驚くべき余地もない。なんの脅威にもなっていない──そう言い切ってしまってもいい程度には見所というものを見出せない控え目な効果である。
(……いや、あるいはこれが装備オブジェクトの普通なのか? 何せ比較対象がオブジェクトとしては相当に重い7コストの《月光剣ムーンライト》だ。あれはそれだけのコストがありながら能力的にはコスト以上のハイスペックなオブジェクト。3コストの《勇剣ブレイブハート》とは本来比べちゃいけない代物だもんな)
《無銘剣ブレイザーズ・ナイト》
パワー5000→7000 +【疾駆】
訝しみながら改めてブレイザーズのステータスを確かめてみても、ロコルの説明通りそこに特段の変化はない。パワーが7000とようやく7コスト相当になっているのと適用されているらしい効果破壊の耐性を除けば、先ほどとまったく同じ。《ジェットパック》によって得ている【疾駆】以外にキーワード効果が増えているといったこともなく、平穏かつ平凡なステータスとなっている。ということは。
(ブレイブハートはあくまでブレイザーズの隠された効果──装備オブジェクトをふたつ装備することで起動する連撃能力の使用のために装備しただけ、ってことか。少量のパワーアップはともかく効果破壊を受け付けなくする点はクイックカードでのカウンターへの抑止にもなるんだから有用だ。ブレイブハートもブレイザーズとの相性がいい。ムーンライトの代わりとはならなくても充分な攻め手にはなる……)
と、それらしく推測しながらもやはりしっくりとは来ない。
勝ち切ると言いつつ現在のブレイザーズでは二連続アタックによる二回のブレイクが関の山。ムーンライトであったなら付与される【重撃】によってその二倍のブレイクが可能となったが、ブレイブハートを手にするブレイザーズにそこまでの火力は出せない。加えて、いくらブレイザーズ自身とブレイブハートに耐性があると言っても三位一体のもうひとつ、《ジェットパック》は無防備である。クイックチェックによって破壊効果を持つカードを引いた場合アキラが狙うべきはそこだ。《ジェットパック》さえ剥がしてしまえば【疾駆】も消えて速攻能力がなくなり、そもそもブレイザーズ自身の連撃能力も適用されなくなる。
つまりは一度目のブレイクでオブジェクトを除去できるクイックカードを引かれれば、その時点でロコルにはそれ以上の攻め手がなくなってしまう、ということ。そして仮にそこで引かれずとも二度目のブレイクで打ち止め。アキラが何もせずとも追撃は行われない……少なくとも現状からすればそうとしか思えない。
思えないから、胸がざわついて仕方ないのだ。
(あり得ない。ファイトにそんな思考は厳禁だとわかっていてもこればっかりはあり得ないと断言できる。あれだけの啖呵を切ったロコルが、これだけのオーラを滾らせているロコルが言葉に見合わず攻め手が足りませんなんて、そんなことは起こりっこない。何かがある! 【重撃】を持たないブレイザーズでも俺の三つのライフコアを削り切るだけの秘策がロコルにはある──だったら!)
アキラが問われるものもロコルに同じ。
(オーラをオーラで受け止め、上回る! なんとしてもクイックチェックでブレイザーズを止めてみせるぜ!!)




