475.最後の一手を担う者!
ちらりと己が手札を確かめる……悪くない。そこにはもう一度攻め込むための手立てがちゃんとある。自身最後となる攻勢を仕掛けるだけの用意がある──まるでデッキが勝利をもたらさんとしてくれているように、カードが駆けつけてくれたかのようにロコルのエースユニット《無銘剣ブレイザーズ・ナイト》がそこにいる。静謐に剣を構える騎士のイラストを眺めて、ロコルは薄く笑った。
(……ありがとう。『私』の一番は、最高の切り札はやっぱり私自身とも言える《無窮の真相テンペスト》であり、その進化体である《悠久の真祖ネオ・テンペスト》だけど。このデッキのエースは間違いなくお前だよ──ブレイザーズ)
なればこそ相応しい。無陣営オブジェクトデッキの番たる彼で、この場面にいてくれる彼でトドメを刺す。若葉アキラから勝利を捥ぎ取る一撃を加え入れるべきはブレイザーズを置いて他にはいないとロコルは考える。是非ともそうやって勝ちたいと、そう願う。
ただし『悪くない』というのはイコールで『良い』とはならない。ファイト開始時の手札が『良くない』状態ながらにそこまで『悪い』ものではなかったのと同様に、あるいは正反対に、ロコルの手元にある手段は劣悪からは程遠くとも最善にもまったく及ばないものであった。
(ブレイザーズの真価はふたつ装備オブジェクトを手にしてこそ発揮されるっす。そしてその二種はなるべく《ジェットパック》と《月光剣ムーンライト》であるのが望ましい……速攻能力とクイックチェック封じ、そして二連撃。それらが三位一体となって初めてブレイザーズは必殺のユニットかつコンボの要となれるっす)
できることならロコルも、先は完成前に潰されてしまったこの組み合わせを今度こそ完成させ、それで勝ち切りたい。心情的な拘りではなくそうすることが最も手堅くアキラを沈黙させられるだろうとわかっているから、最善が間違いなくそれであるとわかっているから。故に叶うものなら当然にそうする──けれど無理だ。
ファイト中盤に起こった《収斂門》による場も墓地も手札も巻き込んだカードの一斉回収……互いのエリアカード以外の全てをデッキに戻しての勝負の初期化。ロコルが自身で仕掛けた爆弾としての「リセット」によりデッキへと舞い戻ったブレイザーズと月光剣の内、こうしてブレイザーズは再び手札に来てくれたが月光剣の方はデッキ内に眠ったまま。そして1コストオブジェクトながらにブレイザーズへ【疾駆】を与えてくれる重要パーツである《ジェットパック》に関してはこのファイト中の最初から最後まで自力で引けず終いであるからには、言うまでもなく足りていない。必殺のコンボにおける三つのピースが揃っておらず、またそれを揃える方法も今のロコルにはない。
(ブレイザーズの登場時効果によってどちらかは手元に持ってこられるし、追加効果で無コストでの設置&装備も可能っす。三つのピースの内ふたつは確実に場に置ける──だけど『どちらか』だけじゃ意味がないんすよね)
ブレイザーズにクイックチェック封じと【重撃】を与えようと思えば《ジェットパック》が欠け、それで攻めるための速攻能力が得られず。では速攻能力を優先して付与せんとすれば今度は《月光剣ムーンライト》が欠けて必殺を必殺足らしめる要素がなくなってしまう……二律背反、決して叶えられない両立を前に、だからロコルは最善に手を伸ばすのを諦めねばならない。そこには手が届かないと認めて、今の手札で行える次善こそを最後の一手とせねばならない。それを通す努力が自分に求められている、と彼女に迷いはない。何をすべきかは初めからわかっているのだ。
テンペストを呼び起こす前から、この瞬間に至るまで全て予定通り。予想通りの展開であるからして、ここから先もその通りにする。してみせる、そう意気込んでいる。
(残念ながら必殺とまで確信を持てるものではないっすけど──核心を掴める攻め手にはならないっすけど。それでもブレイザーズは紛うことなきエースユニット、たとえ最大の武器たる《月光剣ムーンライト》がなくたってセンパイ。あなたを殺し切るための方法くらいはあるっすよ!)
かの月光剣にこそ劣るが。クイックチェック封じの【重撃】をガードすり抜け能力まで付与して確実に通すという、その恐ろしいまでの殺意に満ちた能力にこそ及ばないが……しかし武器ならある。ブレイザーズが手にすべき特別な剣はあるのだ。しかとロコルの手札の中にそれは存在している、からには。彼女に迷いが生じないのは当然のことで。
「行くっすよセンパイ! まずは今ある十個のコストコアの内、七個をレストさせて! 7コストでこのユニットを召喚するっす──今一度来い、最後に託せる誇り高きエース! 《無銘剣ブレイザーズ・ナイト》!!」
《無銘剣ブレイザーズ・ナイト》
コスト7 パワー5000
「ッ、ここにきてまたそいつが出てくるか……!」
剣を腰の位置で持ち静かな様相で佇むその透き通るような身体をした騎士は、パワー5000。かつキーワード効果もなしと、7コスト帯のユニットとしては相当に貧弱なステータスとなっている。一見すればなんの脅威もない、警戒する必要のない所謂雑魚ユニットのようにしか思えないが、けれどアキラは知っている。なんの変哲もないとするにはブレイザーズが有する『キル力』。単体ではなく他のカードと、オブジェクトと組み合わさって形成される勝負を『終わらせる力』があまりにも飛び抜けていることを、頭にも心にも叩き込んでいるのだから彼には油断のゆの字もない。たとえロコルの気配からして例の必殺コンボが繰り出されることはないと察していたとしても、しかしこの局面で呼び出されたブレイザーズに意味がないわけもないと、そちらも察している──。
(7コストを無為に費やすはずもない、っていうファイトの定石としての読みもあるけどそれだけじゃない。なんてったってブレイザーズはロコルが『エース』と定めたユニット! 一心同体の存在であるドミネユニットとはまた異なる立ち位置の相棒なんだから、それをここで召喚するからにはそうと見て間違いない。ロコルが最後に選んだのは、頼ったのは奇跡の産物であるテンペストではなく! デッキの要である一枚のカードだってことだ……!)
自分自身とも呼べるドミネユニット。デッキ内にはいない、異次元の彼方より呼び起こされる未だ未知だらけの奇跡的存在であるそれは、確かに巨大で強大で、ファイトの最後を飾るに、己が勝敗を託すにこれ以上ないような切り札だが。しかしロコルはそれを活用しつつも「倒される前提」で事を運んでいた。その先までもプランの内に組み込んでいた──半身が伏してのち、改めて決着をつけるのは。真に最後を託すのは。その重荷を背負わせるべくロコルが選んだのは奇跡ではなくどこにでもあるカードの一枚。《無銘剣ブレイザーズ・ナイト》というユニットであった。
(そうっすセンパイ、ブレイザーズがいたから自分はこういうデッキを作ろうって発想に至った。この子がいてこそ自分たちはこの決勝の舞台で戦えているんすよ。だったらそう、あらゆる意味で相応しいっす! ブレイザーズが最後の攻防を担うことは、このファイトの行く末を決定付けるには、これが一番らしいと!)
彼女はそう信じて、後は信じ抜くだけだった。




