473.最後の問いかけ
少々迂闊だったか、と思わなくもない。アキラは先の激突を振り返ってそう自省する。
自分がクシャ・コウカに託したようにロコルもネオ・テンペストに託したと。己が半身に、己が闘志の化身に何もかもを託し、後顧の憂いを断った上での激突を演じるのだと──演じるに違いないと、そう信じた不明を反省し、恥じ入る。
いや、ロコルとて全てを託していた。本人の言の通りに全てを出し切って、出し尽くしてドミネユニット同士の戦いに臨んだのは間違いない。それは嘘ではないのだ。ただしそんな状況下においても、そんな心理状態においてもなお「次」を見据える冷静さが、計算高さが彼女にはあった。要はそういうことであり、何もロコルはアキラを騙そうとしたのではなく、そしてアキラ自身も騙されたなどとは思っていない。
一切合切を絞り尽くしながらも次の一手へ繋げること。それがロコルというドミネイターの、彼女を象徴するネオ・テンペストの根幹にある強味。単純な強さとはまた違う強かな一面がよく表れた特徴なのだと納得すらできるくらいなのだから、してやられた悔しさこそあれど苛立ちもなければ後悔もない。こうなったこと自体には一切悔やむ余地などないと、アキラは本心からそう考えている。現状を受け入れ、そして。
勝つつもりでいる。
──彼のその意気を、心意気を読み取ってロコルは。
「どこまでも天晴れなお人っすね。これでもまだ強がれるなんて……強気を崩さないでいられるなんて、いったいどういう精神力をしているんすか。それともまさか状況がわかっていないだけなんて言わないっすよね?」
「そいつは本当にまさかだな。ちゃんと理解できているよ、俺とお前との差。ただ互いにドミネユニットを失くしただけには留まらない不利ってやつが」
アキラのフィールドは空っぽだ。エリアカード《森羅の聖域》こそ変わらず残っているものの、聖域はそれ一枚で何かができるような代物ではない。第一の効果も第二の効果も場に種族『アニマルズ』ユニットがいてこそ意味と旨味のあるもので、故に現在のアキラの場には実質何ひとつカードがない。リソースがないのと同然であった。
それに対しロコルのフィールド、こちらはエリアカードの一枚すらない正真正銘の空っぽ。盤上だけで比べるならアキラ以上にリソースを欠いた状態となっており、そういう意味では双方の戦力は互角であると言えもするが。しかし言ったようにロコルはこうなることを見越した上でドミネユニット対ドミネユニットの激突へと持ち込み、単にネオ・テンペストを失っただけではなくきっちりとその遺産を回収した──コストコアの復活という実りを得たのだから単純に盤面だけを比べることに如何ほどの意義があるというのか。
ターン開始時と同じく未使用のコストコアが十個もある。それでいてアキラの場に彼女を邪魔するものなんてもう何もないのだから単に時が戻っただけではない。圧倒的にロコル有利。やりたい放題ができる状況で、そうとわかっていながら。その現状をしかと認識していながら、それでもアキラは。
(……ま、それだってわかっていたことっす。センパイならネオ・テンペストだって倒してしまうだろうと予想していたように。自分がここからもう一度攻勢に打って出たとしてもそれでもあなたは『笑う』のだろうと。戦意もオーラもまるで落とさずに『かかってこい』と言うのだろうと、予想していたっすよ──そして実際まだだ。まだ自分の勝利は近いようで遠く、掴めているようで掴みかけてもいない。それも勿論のこと承知しているっす)
アキラの強気は何も不思議ばかりではない。精神の強さだけに寄った無根拠な居直りなどではないのだ。クシャ・コウカを失い身の守りを一切なくした彼に残された、唯一にして無二の手段。この劣勢からの逆転すら見据えられるドミネファイトの基本にして根幹のルール。ライフコアがプレイヤーに授ける『クイックチェック』という最高にして最良の防御の一手が、反撃の一手が。これよりライフアウトまでの計三回のブレイクにおいて彼には巡ってくるのだから根拠としては充分だろう。その三回目までにライフコアを守り抜く手立てを『引いてみせる』と。アキラが弱気の欠片も見せずに意気込むには充分過ぎる希望足り得るだろう。
そして彼は引く。予想ではなく予感としてロコルもそれを確信する程度には、漲っている。ブレイクの時をされる側でありながら爛々とアキラこそが待ち構えている。そんな様を見せられて、引っ繰り返される光景をまざまざと幻視させられてまさか勝ち誇れるわけもない。
「──だけどそいつは自分の妨害を掻い潜れたら。凌ぐことができたら、の話っすよね」
「!」
「いくらなんでもっす。ちょーっとばかし都合が良すぎるんじゃあないっすか? ここから大逆転を果たすなんて、物語めいた展開を当然に引き寄せられるとそんなにも信じ込むなんて。自分の運命に自信を持てるなんて、それはやり過ぎってもんじゃあないっすか。ファイトへの清廉さというより傲慢さに片足を突っ込んでるように思えるっす」
己が勝利を信じることは即ち敵の敗北を疑わないこと。
自身が相手より上を行けると、上に行けて当然だと順位付けをすることと同義だ。
これは勝ちを欲するドミネイターの本能とそれを支える克己の源を、本来は称えられて然るべきものをひどく悪し様に言い表しただけの──言うなればそう、ロコルが先ほど軽口として例に出した通りの「言葉遊び」に過ぎないが。けれどただの冗句と捨て置くには深刻な重みがそこにはあった。軽く放り投げられないだけの切実さが、彼女の言葉には含まれていた。
勝ちたいと。そう願う行為の美しさだけでは済まされない表裏一体の醜さ。ドミネファイトの本質にある彼我の優劣を決定するための儀式、その側面から目を背けずに直視したが故の着飾らない残酷さが浮き彫りになっていた……だからアキラも、決してこちらを見つめるロコルの瞳から視線を逸らさずに。
「否定はできない。俺もこれまでに何度かそれに悩んだ。今も悩んでいる。ドミネファイトの可能性を信じ抜くと決めた今でも、とても受け入れにくい事実。どうしたって格付けがされてしまう。一方が一方に膝を付かせる、その意味を。エミルが言った『勝負の意義』ってやつを考えない日はない……そしてそれはきっと、俺が戦い続ける限り。ドミネファイトを続ける限りずっと考えていかなきゃいけないことなんだ。切り捨てちゃいけない、受け入れちゃいけない残酷さなんだ」
「切り捨てず、さりとて受け入れず。なのにドミネファイトを続けていくなんて、それこそ矛盾だらけっすよ。どうやって折り合いをつけていくっていうんすか? あるいはどうやって『折り合いをつけず』にやっていくっていうんすか……?」
「切り捨てないっていうのは抱えるってことだ。受け入れないっていうのは抱えたままにしないってことだ」
「……?」
意味がわからない。若葉アキラが何を言っているのかわからない。それを目でも表情でも雰囲気でも、とにかく己が全てでもって九蓮華ロコルは表現した。訝しむ思いそのままにアキラへ無言で重ねて問うた──あなたの目指す場所はどこか。あなたにはいったい何が見えているのか。……自分にはいったい、何が見えていないのか。
かつて兄がそうしたように、彼女もまた彼に問いかける。
ドミネイターには、ドミネファイトには、どれほどの可能性があるのか。
どれほどの価値があるのか、と。




