472.テンペストの遺産!
「あは、気付いちゃったっすねセンパイ」
「……それだけの変化はどうしたって見逃さない。見逃せないだろうさ、誰だって。なんてったって使い切ったはずのコストコアがまとめて復活しているなんていうド級の異常事態だ! そんなものに気付かないドミネイターなんかこの世に一人だっていやしないぜ」
ロコルは確かに使用可能なコストコアを全て使用して、今はその後だ。まずドミネイト召喚の贄とするための《カラーレス・トークン》を呼び出すスペル《無言葬列》に5コスト。その次に贄として消えたトークンを再びデュアルドミネイト召喚の贄とするために呼び戻すスペル《輪廻独居》にまた5コスト。これら一連のプレイングのために合計10のコストを使い切り、きっちりと未使用コアを残さずにやれるだけのことをやった──彼女最大の切り札である《悠久の真祖ネオ・テンペスト》を召喚してみせた。
たった一体。最終盤面に残る一体だけのために全コストを振り切って、そこまでやって『一手分』しか攻め込めなかったのは、結果だけを見るなら費やしたコストに得られたものが釣り合っていない。そう見做せるものでもあるが……しかしこのターンの攻防を見て、ロコルとネオ・テンペストによる一手で突破した壁が高き厚き一枚であるもう一方のドミネユニット。《森羅の拳聖クシャ・コウカ》であることを承知している者であれば誰しもがそんな間の抜けた評価は下さないだろう。
必要最低限だ。あるいは最高率と言ってもいい。ロコル自身が召喚前にそう口にした通り、彼女はネオ・テンペストを呼ぶために──そしてアキラが新たに手にした『力』を破るために最も効率よく、最低限の消費だけで事を為した。成し遂げたのである。なので使用された十個のコアは上手に「使い切られた」というよりも上手に「それだけに収められた」のだと言うべきで、それが叶ったのはもちろん前ターンにおけるライフコアのダブルブレイクからのダブルクイックチェックにより布石として引かれていた二枚。《無言葬列》と《輪廻独居》という最高率を求められるタッグがあったからこそであり、畢竟、それらを引いてくることのできたロコルの計算高さと運命力あっての、奇跡のようなプレイングこそが最大の理由。
奇跡の産物であるドミネイト召喚以前に彼女は既にその手で奇跡を起こしていた──奇跡を起こせるだけの準備を充分に終えていた。そうしてこそたった10コストでネオ・テンペストを呼べたのだからそれに対してコストパフォーマンス云々でケチをつけるのは実情と合っていない、見合っていない評価だと言わざるを得ない。何せネオ・テンペスト君臨のために行わなければならないデュアルドミネイト召喚……ドミネユニットを贄として上位体へと昇華させる奇跡に奇跡を重ね掛けたような召喚法は、その召喚の仕方故に多量のコストを必須とするだけに。通常のドミネイト召喚に輪をかけて「呼び出す行為にこそ途轍もないリスクが生じる」だけに、それを二枚の手札と十個のコストコア、たったそれだけの消費で実行させたロコルの手腕は掛け値なしに素晴らしいと、そう評されて然るべきもの。
で、あるからして。
なおのことに凄まじいのだ──アキラには苦々しいことなのだ。
不可欠の消費。その支払いすらなかったことになった。ネオ・テンペスト召喚のためにそれ以外の全てを諦めたのがロコルのこのターン、であったはずが、彼女にそんな事実は存在しないことになった。使い切ったコストコアが全て復活している現状はつまり、手札二枚の有無という差こそあれど『ターン開始時』に時が戻ったのだと。そう表現すべき状況なのだから。
スペルを二連続で唱えたとはいえロコルの手札はまだ四枚ある。それを活用するためのコストも得られたからには充分に動ける。十二分に動き続けられる。これはドミネユニットに「託した後」としてはあり得べからざるほどのリソースであり、あり得ていいわけのない展開であった。
「つまりここまで見越していたってことだな……倒されることまで織り込み済みでお前はネオ・テンペストを呼び出した! あたかも最後の手段のような振る舞いで、最後の攻勢のようなオーラで仕掛けておきながら、更なる次へ繋げることをお前は考えていた──」
「そうっす、何せそれがネオ・テンペストの一方の強味でもあるんすから、自分も当然フルにドミネユニットの力を活用するっすよ」
「……、」
やはりこの異常事態の源は、原因はネオ・テンペストにあるのかと。他に思い当たる節がない以上は当然の推理でしかないものの、だからと言ってそれを的中させたアキラが思い切り顔をしかめたのには思わずロコルも笑ってしまった。
「そんな顔しないでほしいっす。リカバリーがないよりもあるに越したことはない。全部を出し尽くして散ったのに変わりはないっす──ただ、出し尽くすその瞬間にすら次手を講じてしまうのが自分なんすよ。そういう性根をネオ・テンペストはよく表している。四ターンという時間制限を待たずしてフィールドから退去したネオ・テンペストは! その散り際に発動する能力によってプレイヤーへ『託し返してくれる』っす! その効果は『そのターン中にレストさせたコストコアを全てスタンドさせる』というもの! おかげで自分のコアは総復活を遂げたっす」
「……除去され際に遺すにしてはとんでもなく大きな遺産だな、それは」
デュアルドミネイト召喚によって呼び出されたが故か、それともネオ・テンペストだけの特徴かは知らないが、通常のドミネユニットよりも長い「四ターン」という滞在時間もひどく興味深くはあるが。今はやはりそちらよりも遺産の方にこそ驚かされる。苦虫を噛み潰したような口調でアキラが言ったように、ついでや保険と見做すにはあまりにも巨大なそれは、上手くやればドミネユニットを呼び出すために費やしたリソースの大半を取り戻すことのできる、リスクとリターンの生じる行為からリスクのみを消し去れる法外の手段となる。今のロコルがまさにそうなっている。要するに彼女はアキラの想定以上に巧みに事を運んでいたということだ。
結果としてロコルはこのターン20コスト分のプレイが可能となり、まだ中途。折り返し地点である現在に至るまでの間に難敵たるクシャ・コウカを排したのだからプレイングとしては上々以上。恐ろしいまでに思い通りの展開へと持ち込んでいるのだから、それに気付いたアキラの頬に冷や汗が伝うのも致し方のないことであった。
「歴然、っすよね。どちらに天秤が傾いているのか」
「そう思うかよ、ロコルは」
「そう思わないんすか? センパイは」
妖しさすら感じさせる余裕を持った態度でロコルは唇に指を当て、小首をかしげてそう訊ねた。それは再び優勢を作れたという彼女の本心であり、そしてそれを維持せんとする覚悟の振る舞いでもあった。
「悪いっすけどセンパイ。いや、本当はちっとも悪いなんて思ってやしないっすけど──さっきのセンパイみたいに内心ではしてやったりとガッツポーズを決め込んでいるっすけど、まあそこはともかくっす。予定通りにここまでこられたからにはここから先も予定通りに行かせてもらうっすよ。『自分が勝つ』っす。このターンをラストターンにするという宣言は、まだ生きていると思っていてくださいっす」
そして敗北の覚悟もしておくことだ、と。ロコルの瞳がそう言っている。それを、その殺気を正しく受け取ってアキラは。
「やれるものなら、やってみろ」
それでも折れず曲がらず不屈のままにそう返事をした。
オーラのうねり、ふたつ。




