471.衝突の後には
クシャ・コウカの勝利を信じるアキラ。ネオ・テンペストの勝利を信じるロコル。己がドミネユニットの勝利を信じるドミネイターが二人。そこにもはや理屈など入り込む余地などなく。
「どうなるかはわからない……! ネオ・テンペストの『絶対勝利』かクシャ・コウカの戦闘面での強さか、このバトルでどっちに軍配が上がるかは誰にも、俺にもお前にもわからないこと! ──理屈の上ではそうだとしても! それでも自分のユニットを信じ抜くのがドミネイターってもんだよなぁ!?」
「ははは! そりゃそうっす、自分らのドミネユニットの対決はこれが史上初のことなんすから相反する能力の激突で趨勢がどうなるかなんて! それこそ神様くらいしか──いやいや! たとえドミネファイトの神様がいたってこればっかりはわからないはずっすよ! 答えのない問いに! 今から自分とセンパイが答えを刻むっす! この場所で!!」
ひたすらに思いを込めて、想いを込めて両者は。
「クシャ・コウカ!」
「ネオ・テンペスト!」
ただ叫ぶだけだった。
「そいつもぶち抜け──羅貫撃!」
「勝つのはあんたっす──無間蓬莱砲!」
そしてそこに力が溢れた。
弾けるように地を蹴って彼我の距離を無とした獣人少女が、その踏破と完全に連動した膂力の振り絞りでもって絶倒絶佳の拳を繰り出す。それが標的に着弾する寸前、神造巨塔の翅より留められた多量の熱が空震砲となって発射。結果として獣人の拳は熱波との激突を果たした。
極致的かつ局地的な力と力の正面衝突。互いに理を超えし存在である二体のドミネユニットはどちらも己が勝利に疑問など抱いていなかった。ただ力の限り、ただただ活き活きと「生きる」。それがドミネユニットにとっての戦い。そこにいるだけで道理を引っ込める奇跡の象徴──その有り様はまさしく奇跡の産みの親たるドミネイターと限りなく重なるもので。
信じ抜く在り方はどこまでも一致していて。
「……ッ!!」
「ッ……!!」
だからひょっとすればその結末は、対決と同じく必至のことだったのかもしれない。共に勝利を手放さない者同士、負ける道理を捻じ曲げる者同士。そんな無法と無法がぶつかり合ったのだからそれは必然の終着だったのかもしれない──互いが勝ち、互いが負けない。勝敗が絶対の世界においてその矛盾を罷り通らせるには、曲がりなりにも成立させるためには。それしか描かれるべき決着はなかったのだ。
衝突、後に、力と力は。
「こ、れは──」
「──どっち、も?」
対消滅。いつかこの舞台であった対決のように。完全なる力と完全なる力の衝突がそうなったように、クシャ・コウカとネオ・テンペストは。互いに主人より勝利のみを信じられ、希望のみを託されたドミネユニットたちはしかと本懐を果たして……たとえ自身が消え去ろうとも、しかし託された想いだけはやり遂げてみせた。敵たるドミネユニットだけは何がなんでも葬り去ってみせた。その結末が相殺。クシャ・コウカはネオ・テンペストを殺し、ネオ・テンペストはクシャ・コウカを殺した。互いが互いに勝利し、互いが互いに敗北した。そうとも言い換えられる終わり方であった。
フィールドにはもう誰もいない。
「相打ち……か」
「どっちも退場、っすか。パワーが20000で互角だったから、なんすかね。それとも矛盾する能力の激突でなんらかのバグでも起こったとか……? ドミネユニット同士の処理となればそういうことだって起きて不思議じゃあないっす。現にシン・アルセリアとシン・エターナルの激突だって理解を超えたものだったんすから──……ああ、いや。これは自分の悪い癖っすね」
なんにでも理屈を付けようとしてしまう。道理を求めようとしてしまう。そうして当然だと根底に思い込んでいる、それが悪癖。思考派として、というよりも九蓮華ロコル個人としての常であった。その檻を取っ払うのがデュアルドミネイト召喚だったはずなのに──ネオ・テンペストであったはずなのに、半身が場から消えた途端にまた理屈癖が戻ってきた。これではいけない。
何せフィールドは空っぽになったが、ロコルの戦いはこれからなのだから。
ここからが「真の勝負」なのだから──。
「……?」
不穏な気配を感じ取ったのだろう。ただしそれが何を起因として漂い出したのかがわからず、アキラは戸惑いと警戒を半々にブレンドした表情でロコルを見つめる。その少女のどこがどう怪しいのか? 眺めて判明するものとも思えないがそれでも観察は怠れない。彼の突き刺すような視線に、ロコルは努めて柔らかい口調で言った。
「いやはや、まったくもって脱帽っす。今日だけで何度センパイ相手に帽子を脱がされたか自分でもわからないっすけど、とにかくそう言うしかないっす。そーいえばあの日エミルもセンパイに似たようなことを言ってたっすかね、言ってなかったっすかね……まあそれはどっちでもいいんすけど」
とにかく、と彼女はまるで世間話でもするかのような気軽さで、気怠さすら感じさせる態度で続ける。
「自分としては予想外。いっそ気持ちがいいくらいに想定を覆されたっすよ。ただのドミネユニットにネオ化したテンペストが負けるなんて、『絶対勝利』が負けるなんてないってね。それをものの見事にやられちゃったっすねぇ、これじゃとても相打ちとは思えないっす」
実際そうだろう。二重に行ったドミネイト召喚で呼び出された特別の中の特別であるネオ・テンペストが、ノーマルのドミネユニットを相手に共倒れが精々などと、それは戦績として誇れるものではない。討ち取った点以上に打ち取られた点にこそ注目してしまうのはロコル自身互いのユニットの格が違うと心から信じていたからだし、そしてそれが純粋な事実であったからだ。
褒めるべきなのだろう。討ち取られたのではなく討ち取った側であるクシャ・コウカとアキラを。ただのドミネイト召喚でデュアルドミネイト召喚と互角以上に戦える彼らのコンビを、その不撓不屈の才能を褒め称えるべきなのだろう……間違っても自分やネオ・テンペストを責めてはいけない。失敗を味わったドミネイターにありがちなことではあるが、自罰は次に悪影響を及ぼす良くない思考だとロコルは知っているから。
そして何より、倒され方はともかくとして。ネオ・テンペストが倒されること自体は想定通りであるのだから、暗く俯くような事態ではない。
「だけど明るく前を向くっすよ。それがセンパイから教わったドミネイターの何よりの強さっすから。……そろそろわかっちゃったっすか? 自分が何を言っているのか──そう、幕間っすよ。新たな幕開けに向けたちょっとした休憩っす。さすがにひと息つく間が欲しかったってだけのことっす」
ドミネユニットをやられておきながら、もう打てる手など残されていないはずのロコルが、なのにまるでもう一度攻勢に打って出るような面持ちでそんなことを宣う。ターンエンドの宣言ではなく、息をついたならまた始まる。意気を突いたらまた始める気だと、そう言っている。……普通ではない、尋常ではない。ならば「何かが起きている」。その異変を探して、探ってアキラの目についたのは。
「ロコル、お前……そのコストコアはなんだ? いったい何をしたんだ!?」
「──あは」
合計十個のコストコアの群れ。力を使い切って輝きを失っていたそれらが内部に「光を取り戻している」様に、アキラは戦慄を覚えた。




