469.必至の激突、クシャVSテンペスト!
引き込まれる──引き摺られる。まるで星の発する引力の如くにその獣人少女が放つ存在感は凄まじく、それより重量においても質量においても遥かに勝っているはずの巨塔たるネオ・テンペストが。生ける神話のドミネユニットが、しかし巨体の誇る甲斐もなく引き寄せられていく。主人が命じたはずのダイレクトアタックを遂行できない。それもそうなろう、巨塔にも勝る重力によって敵を。『絶好の獲物』を取り逃がすほどクシャ・コウカは、拳ひとつで何もかもを打ち倒すもう一体のドミネユニットは穏やかな性分をしていないのだから。
秘奥にして肝入りにして最大の切り札、自身の半身にも等しいユニットですら抗えない強烈な誘因力。何がなんでも敵を逃さぬという獣人少女の強すぎる闘争本能、それに絡め取られているネオ・テンペストを見てロコルは、むしろその惨状を喜ぶようにして言った。
「【加護】も【飛翔】もまったく役に立っていないみたいっすね──お見事! 察するにクシャ・コウカのそれは自分の《守衛機兵》をも超える完全ガード能力! 常在型である以上は効果発動の隙もなく、回数制限もなく全アタックを我が身ひとつに集約させる驚異の力! ってわけっすね!」
たとえクシャ・コウカの思惑としてはズレていたとしても。主人の安否よりもあくまで自分が戦いを楽しむための能力であったとしても、結果としてアキラはそれで安全に、強固なまでに守られているのだから発端となる動機の差異など些細なことでしかないだろう。取りも直さず『敵を迎え撃つ』という意思の下にアキラとクシャ・コウカは一体になっているのだから余計にだ。
「そうだ、敵を引き付けるこの効果は【守護】によるガードとは異なるために『ガードすり抜け』能力も『相手効果の対象にならない』能力も意味を為さない! どれだけのキーワード効果を【極限】がコピーしようともネオ・テンペストはクシャ・コウカから逃れることはできない!」
「いいっすよそれで。始めっから逃れられるとも逃れたいとも思っちゃいないっすから。そんな方法で無理矢理にでも対決へ持っていくっていうならこちらこそ上等! 受けて立つっす──どっちのドミネユニットが生き残るか! いざ尋常に勝負っすよ!!」
巨塔が向き直る。どうしても目の前の障害を排除しないことにはその奥にいる本来狙うべき標的への攻撃は行えないと理解したらしいネオ・テンペストは、敵陣にて仁王立つ小さな獣人へと眼なき視線を定める。それを感じ取ったクシャ・コウカは挑発的な笑みを浮かべ、挑発的な仕草でくいくいと指を曲げた。「かかってこい」。彼女が言葉よりもよほど雄弁にそう述べた瞬間、巨塔とその主人の意気は混然一体のままに発火した。
「あはっ、プレイヤーも然ることながらドミネユニットも上等な度胸をしているっす──ネオ・テンペスト! 攻撃指示を変更するっす! センパイの前にまずはあのお邪魔を取り除くっすよ!」
既に攻撃命令は下されており、そしてクシャ・コウカによってその対象は変更済みとなっている。つまり改めて指示などせずともバトルは起こるわけだが、そうとわかっていながらもロコルは再度の命令を下し、ネオ・テンペストもまるでその声があったからこそやるのだと言わんばかりに攻撃態勢へと入った──巨塔たる彼あるいは彼女の肉体を宙に浮かべる無数の翅、究極化したことで黄金色の縁取りと極細の紋様が浮かんだその神秘的な部位が、更に細かく激しく震え出し。秒間に果たしてどれだけ振動しているのかとても観測しきれないほどに、地響きならぬ空響きが起こるほど震えに震え出し。結果、無数の翅は真っ赤に熱を持った。空間を歪曲させる圧倒的な熱量が、そこにはあった。
「っ、これがネオ・テンペストの攻撃方法!」
「滞留させたこの熱は、自分とネオ・テンペストの盛る情熱は! 空気と共に音速以上の速度で放たれ、なおかつその威力を余所に発散させないっす! ネオ・テンペストの定めた標的のみに全火力が一点集中する──そこに生じる破壊力の凄まじさはもはや語るまでもなく想像がつくっすよね!?」
「ああ、それはもうたっぷりとな……!」
攻撃の仕方まで似ている……エターナルの空間そのものを武器とする不可視の砲撃に、ネオ・テンペストの攻撃方法はどこか似通っている。血筋故か、精神性故か、それとももっと別の何かが理由か。そこまでは定かでなくなともやはり兄は兄、妹は妹。彼と彼女の間にある特別な繋がりというものを感じさせてくれるものだ。自身の操るドミネユニットが尽く己が肉体を武器とする戦い方をするだけに、その符合を単なる偶然の一致などとは捨て置かないアキラは、だからこんな時だというのにかつてのファイト、死闘の一幕が一瞬思考をよぎったことでその際に抱いたワクワクが蘇り。それと今彼の感じているワクワクとが合わさって、こちらもまた混然一体となって。もっと胸を高鳴らせた。もっともっと血潮を昂らせた。もっともっともっと血気を募らせた。
「さあ、攻撃を引き付けさせたのはいいっすけどここからはどうするっすかセンパイ! ネオ・テンペストのパワーは元のテンペストと同じく『贄となったユニットたちのパワー』を引き継いでいるっす! つまりテンペストが持っていた10000のパワーと《カラーレス・トークン》のパワー2000×5が合算され、その値は20000! ドミネユニットであってもそうそう叩き出せない大台中の大台にまで至っているっすよ!」
クシャ・コウカにはユニットへのアタック時、相手のパワーの分だけ自身のパワーを永続的に引き上げるという反則的な自己強化能力を有している。それによって彼女は素のパワー5000から一気に15000へと飛躍的なパワーアップを果たしたが、しかしそれはあくまでクシャ・コウカ自身が敵ユニットへ攻め込んでこそ発揮される効果。発動条件の都合上自らのアタックではなく敵からのアタックを受ける状況では働きようがない……そして働かないのであればどれだけ反則的な強化だろうと何も怖くない、恐れる必要などない。15000という数値は偉大であるがネオ・テンペストのパワーがそれを上回っている以上勝敗の結果は見えている。
このままではクシャ・コウカは単に一度きりの壁として、プレイヤーへのアタックの身代わりとして身を挺しただけになってしまうが、果たしてアキラがそれでよしとするのか──いや、するはずがない。というロコルの「信頼」はやはり正しくて。
「相手ユニットからアタックを受ける時、クシャ・コウカ第二の防御能力が発動する!」
「!!」
「自身のパワーを永続的に5000アップさせ! 更にバトルが終わるまで『戦闘でも効果でも破壊されない耐性』を得る!」
《森羅の拳聖クシャ・コウカ》
パワー15000→20000
「なっ、アタック時以外にも発動できる自己強化まであったっすか!?」
しかも当たり前のように永続的に作用するパワーアップであり、その上で『戦闘・効果破壊耐性』というオマケのようにくっ付いているにしては嫌になるほど強力な耐性まで得ている。どこまでも強くあることに貪欲、戦闘を楽しむことにかけて飽くなき探求を行なうドミネユニット──その無邪気な欲張りさに確かに生みの親であるアキラの片鱗を感じさせられたロコルは、心から呆れると同時に心から可笑しく思った。
そう、それでこそ。
自分にも乗り越える楽しみがあるというものだ……!




