466.希望
言ったようにロコルのテンペストの良さはその召喚条件の緩さにある。合算値や陣営の数が一定以上に達していなければ真価を発揮できない──それでもドミネユニットであるからにはまるで義務のように通常ユニットを凌駕する能力を持ちはするが──という一応の弱点のとも呼べる部分が存在し、その点ロコルのテンペストはそこの調整が利きやすい。『ビースト』指定や混色指定はなく、単に無陣営のユニットが二体いればいいだけ。無陣営は差し色専門と認識されているだけに「二体並べる」だけでもそれなりの課題だと言えるかもしれないが、それを踏まえてもやはり緩い。捧げたユニットのパワーを引き継いでステータスが決まる点も相まって、少なくともいつどの場面で呼んだとしても盤上のパワーダウンが起きない仕様になっている。
その間違いのなさこそが。ドミネイターの裡にあるものを顕在化させたドミネユニットらしくもない、先鋭とは正反対の丸さこそがテンペストの最もの特徴だ──そこまで理解したアキラは、理解したが故に首を傾げざるを得なかった。
そんな彼の訝しむ表情に気付いているのかいないのか、ロコルは言葉を続ける。
「ああっと、もちろん『それだけ』じゃあないっすよ。センパイもお気付きだろうっすけどテンペストにもあるんすよ。アルセリアやエターナルみたいに『一定以上』をクリアすることで発揮される真価ってやつが」
「……ああ、だろうな。だからこそわからないんだ。不可解なんだよ」
「んふふ。何がっすか?」
試すような、確かめるようなロコルの問い。それにアキラはしかつめらしい雰囲気を崩さずに答えた。
「見た限りテンペストはその真価ってのを発揮していない。そこが俺にとって問題なんだ。いや、本当なら俺の方じゃなくてそっちにとっての問題のはずなんだけどな……なのにお前こそ随分と余裕だ」
察するに六体か、あるいはもっと上なのか。ともかく捧げる無陣営ユニットの数が五体より多い必要があったのだ。《無窮の真相テンペスト》が完全体エターナルの如くに『完成』されるにはもっと贄が多くなければならなかった──そして《無言葬列》はそれをクリアするのにピッタリなスペルだった。単に呼び出すだけでなくより完成されたテンペストを誕生させることがロコルにはできたはずなのだ。なのに何故だかそれをしなかった。不完全なテンペストを呼ぶに留まっておきながら、けれど彼女は泰然自若の笑みを口元から消さない。滾る眼差しを曇らせない……それこそがアキラの抱いた疑問の正体であった。
「どういうことだ? お前のやることなんだからまさかこれをミスだとは思わない。《無言葬列》で並べるトークンをあえて抑えた様子だったからには必ず意味があるんだろう。せっかく呼んだテンペストの能力を完全開放に至らせなかった明確な理由ってやつがな」
しかしそこまでわかっても、その先はアキラの視点からではどうしたって解きようがない。意図はともかく具体的にロコルが何を見据えているのか。それに関しては彼女の口で、あるいは行動で明かされるのを待つばかりだ。「聞かせてくれ」と静かに、厳粛なまでに種明かしを求めた彼へ、ロコルはその逆にごく軽い調子で首を縦に動かして。
「いいっすよ、お聞かせするっす。と言っても勿体ぶって打ち明けるような内容でもないんすけどね。とても単純なことっすよ」
「単純?」
「っす。センパイのご想像通り、テンペストには『七体以上』を捧げられて降臨した場合に適用される効果があるっす。その状態こそが言うなればシン・テンペスト。五色揃えた完全体エターナルみたいなものっす──まあ、同じドミネユニットにしたってあそこまで盛り盛りだとは言わないっすけど。とにかくテンペストの全力を引き出したいなら無陣営ユニットを七体用意すること。これは絶対条件っす」
「それならますます意味がわからないな。《無言葬列》で楽にその条件を満たせたお前がそうしなかった理由が余計に見えてこないぞ」
「だから、単純っすよ。ただ全力を出す以上に『強い姿』がテンペストにはある。そこへ持っていくための最高率が五体生贄のこのテンペストだってことっす」
「なんだって──シンを超える姿……!?」
そんなものが本当にあるのか、と。ロコルのプレイングの内訳を知って最初に抱いたその感想は、何もここにきて彼女お得意のブラフめいた戦術を再度仕掛けられているのではないか、などと疑ったわけではなくて。真偽自体に疑問は持たずともされど信じ難い──という奇しくも先の「第三のドミネユニット」を示唆された際のロコルと同じ心理状態に陥ったが故のものであった。
なんと言ってもあのシンだ。シン・エターナルという強大に過ぎる敵と真っ向から対決したアキラだから、そのためにルナマリアの力を受け継がせてアルセリアをシン化させたアキラなのだから。その強さは彼の骨身に、その真髄にまで染み込んでいると言ってもいい。だからこそ容易には信じられない。シン化以上に、それすら上回るくらいに『強い姿』があるなどと聞かされてもうまく想像ができずにいる……これをアキラの想像力不足と切って捨てるのは少々酷だろうが、けれど現実が彼の想像の範疇を超えんとしているのは事実であり、なればそれを認める以外にできることはなく。
ロコルの、テンペストの、更なる超越を見届ける以外に選択肢はなく。
「いくっすよ──ここからが自分の真骨頂! 包み隠さず曝け出すそれを! どうぞつぶさに御覧じてくださいっす!」
「ッ……!!」
オーラのうねりを激しくさせながら、渦のように引き込み、その中心から跳ね上げながら。一段と高まらせながら──昂らせながらロコルは手札から一枚のカードを抜き出し、そして掲げた。
「まずはもういっちょ無陣営スペル! 《輪廻独居》を詠唱するっす──これは『このターン中に自分のフィールドから消えたひとつの陣営のユニットを全て呼び戻す』スペル! クイックでも唱えられることもあって本来のコストは7と重いっすけど、手打ちの場合だと『無陣営コストコアのみでプレイすれば5コストに軽減される』っていうおまけのような軽減効果も付いてるっす」
ロコルに残されている未使用コストコアは残り五つ。7コストのままでは唱えられなかったそれが、しかしコアゾーンが無陣営カードのみで構成されているロコルにはなんの障害もなく唱えられる。この手の自己コスト軽減効果にしては軽くなるコストは2止まりと決して多くはないが、だとしても充分である。このターンにおける《無言葬列》との併用が叶ったというだけでもロコルにとって《輪廻独居》の小さな軽減効果には大いなる意味があった。
「消えたユニットを全て呼び戻す、ってことは──!」
「《無言葬列》は同名カードを同ターン中に使用できないっていう制約があるっすからね。仮に二枚目が手札にあったとしてもこういう状況を作ることはできなかった……さっきのターン! ダブルクイックチェックで《無言葬列》と《輪廻独居》を共に引けたのは自分にとっての最大の僥倖っす!」
「あそこでドローしたカードはこの二枚のスペルだったのか!」
もしもあそこでクイックスペルである《輪廻独居》を唱えていたならば、ロコルはククルカンを蘇らせることができていた。同陣営しか戻せない制約の都合上陣営丸ごととはいかないが、少なくともその要となる切り札を取り戻して盤面を再構築させられただろう──それを堪えてまで「次のターン」に賭けたのはつまり、瞬時の再構築よりも大きなリターンを得られるという希望があったから。
その希望とは。
「さあ、もう一度。見ていてくださいっす、自分のドミネイト召喚を!!」




