464.無窮の真相テンペスト
アキラには先んじて『鼓動』が聞こえていた。世界そのものが揺れているような、あまりにも力のある何かの鼓動。それは紛れもなくドミネイト召喚の予兆であり、それが聞こえたからにはそうなのだろうとわかっていた──知っていた。聞こえるその音がドミネイターの心臓の高鳴りなのか、それとも呼び出されんとするドミネユニットから発せられるプレッシャーの類いなのかは、ドミネイト召喚を身に着けている彼であっても洋として知れていないことだが。しかしなんにせよ、正体がなんであろうともそれは予兆であり予告である。今よりドミネユニットが召喚されるという宣告に他ならない。
玄野センイチに引き続き九蓮華ロコルまでも? という感想は講堂中の人間に共通するものだった。将来有望な強豪ばかりが犇めくドミネイションズ・アカデミアにおいてもエミルとアキラくらいしか習得できていない奇跡。それを可能とする者が二人同時に在籍しているだけでも「多すぎる」くらいだと称されるほどの奇跡の中の奇跡を、更にもう二人立て続けに。しかも二年生と一年生が新たに身に着けた……これはまったくもって驚くべきことであり、合同トーナメントを進行させている教師陣の驚愕は筆舌に尽くし難い。アキラの扱いだけでも慎重を期さねばならないところに追加で爆弾がふたつ──それもひょっとすればこの先も頻発的に増えていくかもしれない。そうならない保証がどこにもないことを思えば彼らは頭を抱えるしかなかった。
アキラが有する特段に人を引き上げる性質。と、彼のライバルが数多い事実とが相まって恐るべきシンクロニシティが始まっている。クロノとロコルまで『覚醒』の力に目覚め始めている事実を大人たちはそう受け取ったし、それが正しいのならまだ他にも目覚めを控えさせていると思われる生徒はいる。何人もだ。一挙に『準覚醒者』が誕生するという奇跡を超えた奇跡。それによってアカデミアの名声や価値は一段と向上するだろうが、そのこともまた悩ましい。偶然の産物でしかない、アキラを中心とした世代の妙でしかないそれが恒常的なものだと期待されても学校側としてはお手上げだ。それでいてまだ五年近くアキラ世代は続いていき、その間にも更なる奇跡が連続していくであろう点を踏まえれば対処に追われてもはやそちらだけで手一杯になってしまいかねない可能性も大いにあった。
結局のところ。ドミネイト召喚の解禁に踏み切ったロコルの姿を、そしてそんな彼女に全身全霊の喜びと闘志をむき出しにしながら相対するアキラの姿を見て、リベンジに燃える幾人ものライバルたち。そんな彼ら彼女らの、今日という敗北の日を経ての更なる成長を思えば教師陣の危惧は現実のものとなる可能性もまた極めて高いだろう──が、そういった外部事情など決勝の舞台で戦っている両者には、今だけは互いしか目に入っていない二人には一切合切関係のないことであり。
聞こえた、予感した、そしてそれが予感通りに実現しようとしている。からには受け入れるだけだし、そして乗り越えていくだけだ。ロコルならば呼べたって不思議ではない。ロコルならばそれを隠し通したまま勝とうとしたっておかしくないし、その予定を帳消しにして全力で勝利を奪りに来たっておかしくない。様々な疑問も驚きもその程度のごくさっぱりとした理解だけで納得し、待ち構える。これより彼女が顕現させる存在の全てを目の当たりとできる、その瞬間を今か今かと──そしてついに。
「自軍の無陣営ユニットを『可能な限り』生贄に捧げて! 来たれ、私の切り札!! 《無窮の真相テンペスト》!!!」
空間に走った亀裂が一気に広がり、割れ散った。位相の異なる奥地より世界の壁を跨いで「それ」はゆっくりと姿を見せた──塔である。どこまでも高く伸びて天界を汚さんとしたために神の怒りによって折られた、人類の英知と欲望の結晶。そんな神話の塔を思い起こさせる背の高い無機質なユニットが……否、ドミネユニットこそが九蓮華ロコルという少女を象徴するもの。
ブゥン、と独特な起動音で塔の背にある無色透明ないくつもの翅が小刻みに振動し始めたのを受けて、アキラはその巨大さと威圧感を前に笑みを浮かべた。
「やっぱり兄妹だな、ロコル」
「どういう意味っすか?」
「ドミネユニットはドミネイターの内にあるものが結実した結果みたいだからな。そんなお前のテンペストは、どことなく雰囲気がエミルのエターナルに似通っている。少なくとも俺はそう感じたってことだ」
「……あは。それはまた、気恥ずかしいやら嬉しいやらっすね。センパイがそう感じるってことは『あった』ってことっすから。あれだけ孤独だったエミルにも他者との繋がりが。自分との間に、血縁以外にも結び付くものが確かにあった──その証明」
無論それはアキラがいなければ為されなかった。彼がエミルを倒し、ドミネファイトが持つ本当の力を。それによって切り開いた未来を見せてくれたからこそそう証明されたわけだが……しかしもうロコルはそれを不甲斐ないなどとは思わない。自分一人では絶対に辿り着けなかったはずの未来に、辿り着いている。それはきっとこの先もそうだと思うから、そう信じたいから。下を向くのは馬鹿らしい。そして何より情けない。そんな暇があるなら前を向け、未来を夢見ろ。若葉アキラがそうしているように自分もそうやって生きるのだと、決意を胸に秘めたのなら。
《無窮の真相テンペスト》
Dコスト パワー10000 【守護】 【好戦】 【加護】 【呪殺】 【疾駆】
「ドミネユニットはドミネイターの片割れであり化身。エターナルを操るエミルがよくそう口にしていたっすけど、当時の自分にはその意味が……感覚が理解できなかったっす。でも今はよくわかる。確かにそうっす、『これ』は『自分』だ。そうとしか言いようがない。己が内部にあるものが形になった存在、だから自分にとっても未知であるはずなのに正しく力が、テンペストの持つ能力が把握できる。まるで手足のようにその動かし方を既に知っている」
「そう、それがドミネユニット。初めて呼び出すその前から俺たちはそれが持つ力を知らされている。『自分に果たして何ができるのか』。形にならないはずの問いに一個の答えをくれる存在がドミネユニットなんだと俺は思う」
「自分にできることの、一個の答え。なるほど、面白いし頷ける考えっすね。そんじゃあ自分もそいつを打ち明けるとするっす」
己がフィールドをたった一体で埋め尽くす塔の如きユニット。自分自身と称してもいいそれを指してロコルは続ける。
「テンペストは贄とした無陣営ユニットの質と数によってステータスが決定されるっす。パワーは捧げられたユニットのそれを引き継ぎ、効果の方は一体なら【守護】のみ、二体ならそれに加えて【好戦】を、三体なら更に【加護】も……といった具合に数に応じて決まったキーワード効果を得ていくっす。最低でも二体は捧げないと呼び出せないんで実際には【守護】のみを持ったテンペストってのはあり得ないんすけどね」
ふむ、とそれを聞いてアキラは自身のアルセリアとエミルのエターナルを合わせたような召喚条件だと思った。贄となったユニットのパワーの合算値が重要になるアルセリアと、陣営を増やすごとに力を増していくエターナル。贄の質も数も重要という意味でテンペストはより厳しいとも言えるし、しかしそこに具体的な要求がなくなんなら1コストの無陣営ユニット二体からでも呼び出せるという点では緩いとも言える……。
と、そこまで思考が進んでからアキラは不可解な事実に気が付き「はて」と首を捻った。




