461.九蓮華ロコルの新境地
そうだ、そうだったのだとアキラは納得する。
ロコルは《森羅の拳聖クシャ・コウカ》に追撃能力まではないと判じ、クイックチェックによって防御用のカードを引き当てることを望まなかった。クレバーな思考回路が導いたクールな決断、そう見做せる実にロコルらしい、一家揃って思考派に属する九蓮華家の一員らしいプレイング。一見するとそう思えるが、けれどよくよく考えてみればこれはとてもではないが冷静などと称せるものでないと気付く。
何せクシャ・コウカはドミネユニットである。ロコル自身がそう口にしていたようにどんな力がどんなタイミングで飛び出してくるか初見では判断のしようのないビックリ箱めいた存在なのだから、いくらクシャ・コウカの自己強化効果からの類推や、それを操るアキラの言動からの推測。そういった諸々のヒントがあってそこから「このターンにライフコアを全滅させられることはない」と結論が出せたとして、けれどそんなのはどこまでいっても所詮ただの予測に過ぎない。本当にクシャ・コウカにライフを削り切れる能力がないかはアキラがエンド宣言をしない限りは証明されないのだから、その予測に全面的に従うことは少々どころかかなりのリスクを伴う行為である。
何も抗う術がないのであれば、頼むから追撃能力までは搭載されていないでくれと願望込みで己が独自の考えに従う……のならわかる。というよりそうする他にやれることがないのだから誰だってそうするしかない。だが、さっきのロコルは違った。彼女にはクイックチェックという絶好の機会が巡ってきていた。仮に自身の予測にどれだけ自信があったとしても、けれど読み切れなさこそが最大の特徴と言ってもいいドミネユニットを前にしているからには、もしものことを考えて。万が一の事態に備えて防御札を引いておこうとするのが人というものだろう──それは敗北を遠ざけるための正常な判断である。
少なくとも《守衛機兵》のような『相手ユニットの攻撃そのものをなかったことにする』類いの防御効果を前にはクシャ・コウカは何もできない。『アタックを介して能力を発動させる』と明言されているからには追撃が可能だったとしても何も為せずに沈黙するしかない、それだけは予測するまでもなく確実だというのに、そしてそういった守り方をロコルほどのドミネイターがまさか思い付いていなかったわけでもあるまいに、なのに彼女はそうしなかった。
敗北を遠ざける保険に頼らず、一から十まで己が予測を信じ切り、リスクを承知の上でクイックチェックで防御札を引きに行かなかった──その分を攻め込むためのドローに費やした。ライフ残り一の崖際へと追い込まれながらも自身の死にまったく怯え竦まない強気の姿勢。……ああ、とてもではないがクレバーでもなければクールでもない。そうアキラは思う。
これはむしろ熱に浮かされた判断でありプレイングであると、そう理解したのだ。
防御札を求める正常な判断は、手堅く丸い、常人からすれば選ばない理由のない行動。だが手堅いだとか丸いだとか、一見して最善に思えるそういったプレイングには落とし穴がある。それが「ジリ貧に陥りやすい」という点。無難と言い換えてもいいような行動ばかりを取っていると、無難なことをしているのならそうはならないはずなのに、しかし不思議と追い詰められていく。段々と不利が大きくなっていくのがドミネファイトの妙である。
無論、手堅さこそをコンセプトにデッキを組んでいるドミネイターもいるし、そういった「一本の芯」さえあれば都度に丸い選択ばかりをしていても逆に相手へ不利を押し付ける戦局へと持って行けもするが、けれどそうでもない限りは。大した信念も思惑もなくただ敗北の可能性から逃げよう逃げようとするだけではいずれ捕まってしまうものだ。
敗北から遠ざかるのと勝利に近づくのは微妙に意味合いが異なる。おそらくはそういうことなのだろうと、歴戦のドミネイターたちは皆がそれを知っている。どこかでリスクを冒さない限りは、敗北の可能性に怯えない強気なプレイングができなければ、勝てない。強敵と言っていいような相手を前に手堅い選択ばかりしていては最終的に負けるのは確実に自分になると──。
ロコルがだからこそ先のダブルクイックチェックで一枚たりとも防御札を望まないドローを行なったのかは、アキラにもわからない。リスクを冒すべき時機を見計らったが故なのか、それとも一瞬の熱だけに身を委ねた本能的なものなのか……いずれしにろ同じことである。彼女の思惑がどこにあるしたって、全ては現状が示している。ロコルは敗北に怯えたりせず、手堅いプレイを選ばなかった。クシャ・コウカを無視する選択も視野にこそ入ってはいても初めからまったく注視していなかった。そして「このターン中に勝利する」というラストターン宣言。例えるならサヨナラホームランを予告するような熱さしかない行動に出ている。それに伴ってオーラも絶好の滾りを、これまでにないほどの隆盛を見せている、からには。
それだけの熱量にはこちらも膨大な熱量で応える他ない。
滾っているのは、アキラも同じ。
「いいぜロコル、やってみせてくれ。俺の新ドミネユニットを破って、この命にまで牙を届かせて! コアを三つとも削り切ってみせろ!」
「頼まれなくったってそうするつもりっすよ──そしてひとつ訂正させてもらうなら! 届かせるのは獣の牙じゃなく、人が紡ぎ編み出した英知っす!!」
若葉アキラのように勝つ、とは言っても。勝利を目指さんとするのはあくまで九蓮華ロコルであり、彼女は彼女らしさまで捨て去るつもりなど毛頭なかった。アキラが剥く牙ではなく、ロコルが翳す知恵。それこそをこのファイトに決着をつけるものとしたい。そう猛るように、祈るようにして少女は手札から一枚のカードを抜き取って。
「自分はまず! この無陣営スペルを詠唱するっす──《無言葬列》!」
「《無言葬列》……!?」
初めて目にする無陣営カード。ロコルとのファイトではもはや初見を見慣れてしまっている感もあったが、それでもこの場面で唱えられる未知のスペルにはアキラも警戒を示さずにはいられない。きっと途轍もないことをロコルは仕出かそうとしている。いや、仕出かすのだと。それが信じられるからこその強張りを見せる彼の想い、彼から向けられる絶大の信頼を翼としてロコルは飛ぶ。
「このカードはコストの支払い方が特殊っす。最低で1コスト、最高は上限なし。支払った分だけ能力が増していくスペル……それが《無言葬列》っす」
「プレイヤーの任意でコストを決められるスペルなのか!」
だとすれば、現在のドミネイションズにおける最高コストのスペル。赤の《アポカリプス》を始めとした各陣営に存在する、俗に『最大呪文』と呼ばれる五つの10コストスペルをも超えた重さでの詠唱も可能だということ──最大呪文より高コストで発動されたからと言って効力までそれを超えられるとは限らないが、しかし重さに見合っただけの何かが起こることは保証されている。そうでなければラストターンを宣言したロコルが手始めにこのスペルの使用を選ぶわけもないのだからそこは確実だ。
息を呑むアキラに対して、ロコルはスペルを発動させた勢いのままにそのコストを宣言した。
「自分がレストさせるコストコアの数は──!」




