458.光を斬る光
(何が全部を全部奪うわけじゃない、なんすか。限りなくそれに近いことをやっているじゃあないっすか……そうやって勝つつもりじゃないっすか! センパイとクシャ・コウカは!)
たった一撃で。ある意味では本来のエースユニットである《無銘剣ブレイザーズ・ナイト》よりもエースらしい、強大な力を持つ三色混色ユニットが──彼女のデッキにおいては間違いなく最強の単体性能を誇るユニットである《世食みの大蛇ククルカン》が屠られた、だけでなく。直接は被害を受けていないはずのライフコアまでもがふたつも奪われた。となればロコルの感想は何も大袈裟ではなく、根こそぎの強奪に感じられるのは当然のことだろう。が、しかし。
何もかもを奪いはしない。そう主張したアキラの言葉もまた正しくて。
「さあ、引けよ。ダブルブレイクの成立はイコール、ダブルクイックチェックの成立でもある。お前には二回カードを引く権利が与えられたんだ」
「……!」
クイックチェック封じ。ロコルも必殺のコンボに組み込んでいる力を、ドミネファイトの根本を揺るがす最もの反則めいた能力を。それを有しているクシャ・コウカにその発揮を許さなかったのは、ひとえにククルカンがいたから。生かしておいてはマズいユニットがフィールドにいてくれたから、アキラはロコル本人ではなくそちらを優先してクシャ・コウカに狙わせた。その結果としてロコルは二度のクイックチェックという最良の逆転の機会を手にすることができた……のならばそれは、ククルカンが与えてくれたチャンスだと称すべきかもしれない。
彼が、世界を憎む非業の蛇たる悲しきユニットが、ただひとつ残してくれたもの。ただ一人のために遺してくれたそれを無為にしてはいけない。無に帰させてはいけない。なんと言っても得られたのは単にドローだけではないのだから、なおのことにだ。
引けと言われるまでもなく。宙を舞うライフコアの残滓、その光を一身に浴びて、そこに確かに存在している最後の力を受けてロコルはデッキへと手を伸ばす。そして──。
閃光。
飛び込んでくる一条に、一閃。
ロコルの眼前に二筋のオーラの軌跡が衝突し、激しく飛び散る。
あたかも火花の如くに視界を焼くそれを目の前に、しかしてロコルは顔色ひとつ変えず。反対に距離を置いてその光景を見たアキラは大きく目を見開いた。
それもそうなろう、本人としては完璧。威力もタイミングもこれ以上なしと思えるだけのオーラの『射撃』を行ない、それが到達する一瞬の間。光にも等しい速度でフィールドを縦断したレーザーが、まさに命中するという時。その直前までなんの反応もできていなかったように思えた少女が、予兆もなしに迫る光線を叩き切ってみせたこと。一挙も一動もなく、オーラの揺らぎすらもなく。斬り終えた今もただデッキへ手を伸ばしているだけにしか見えない不動の、堂に入った姿勢のままで。文字通りにオーラによる運命力の妨害を「切り抜けて」みせたのだからアキラとしては驚くしかない。
感嘆するしかないのだ。
「ロコル……!」
「なんすか、センパイ? 何かとんでもないものでも見たような顔をして……今のが『そう驚くようなこと』っすか?」
「……!」
「ファイト中にもどんどんと、一足飛びに強くなっていく。それは何もセンパイだけの専売特許じゃあないっすよ。こんなにも人を引き上げるファイトをするんすから……そしてセンパイと今向かい合っているのはこの九蓮華ロコルなんすから。そりゃあ成長のひとつやふたつするってもんす。さっきは剣先すら掠らなかったセンパイのレーザーのような『射撃』にも! 『剣閃』で対応できるようになるのは当然のことでしかないっすよ!」
これでアキラの妨害は実質なかったことになった。いくら光線を浴びることなく斬り伏せたと言っても、斬るために消費されたオーラとそこに割かれた集中力を思えばまったくの無影響でこそないが。しかし何もせず身に受けていれば通常のオーラ防御だけでは容易く貫通されていたであろうそれを、引き運こそを「ないもの」として扱いかねないそれを防いだのだから無影響でこそなくとも無意味でもない。ロコルの運命力は確かに発揮された。必要最小限度の犠牲だけで行われたそのドローにはそう言い切ってもいいだけの機運と気運が満たされていて。
「クイックチェック──ドローっす!!」
「ッ、」
何が来る? 何が来たっておかしくない。今のロコルが、この状況で彼女が限りなく自由にカードを引いたからには何が起こっても不思議ではないのだ。
中でも最も確率として高いのはロコルのデッキの構成上《守衛機兵》や《スフォニウスの泥人形》のような厄介なクイックオブジェクトの類いが飛び出してくることだろう。そのふたつであれば《森羅の拳聖クシャ・コウカ》は対応できる。アキラを苦しめた機兵もクレイドールも敵と見做さないだけの能力がこのドミネユニットにはある……けれど、アキラは次に出てくるものがこの二種類のオブジェクトやそれに類するものだとは考えていない。まったく別の何か。まるで未知のまだ披露されていない「力」が、ロコルのデッキに未だ眠っているであろうそれが呼び起こされるにちがいない。
そう予測して身構える彼に対し、ロコルが取った行動は。
「……発動は、なし。引いたカードを手札に加えるっす」
「!」
「そして二度目のクイックチェック、ドロー! ──こちらも発動はなし、手札に加えるっす! これで自分の処理は終わりっすよ」
「…………、」
クイックカードを、引かなかった? もしくは引いたが温存を図ったか……いや、この場面で欲しいクイックカードを掴んでおきながらわざわざ正規使用のために抱えておくなどという行為はしまい。無コストでの即時使用より、コストをかけてでも発動タイミングを自らで選ぶ。時と場合によってそういうプレイングもありだとはアキラも思うが、二連続のクイックチェックにおいて迷う素振りもなくどちらも発動させなかったからにはおそらくそうなのだろう。
相当に特殊なクイックカードで自ターンにプレイした方がいいと判断した、のではなく。ロコルは初めからクイックではプレイできない種類のカードを欲し、それを見事に引き当てたのだと。そう考える方が幾分以上に自然である。アキラはそう結論した。
ということはつまり──。
「防御は考慮しなかったってことだな。残りのライフコアはたった一個。万が一にもクシャ・コウカにここからの追撃が──ダイレクトアタックが叶うような能力があればほぼ敗北が確定するっていうのに、だ」
あるいはククルカンがそうしたように、彼女のデッキに他にもライフ回復系のカードがあって、しかもそれがクイックカードで、その上でラストブレイクによるクイックチェックでドローすることができたなら、まだ戦えるだろうが。けれど無陣営デッキにおける例外的存在である三色混色ユニットと同じ力を無色のカードが有しているかという点がまず怪しいところで。そしてもしもそんなものが本当にあったとしても、むざむざと引かせるつもりなどアキラにはなかった。
今し方の失敗も踏まえて次にはもっと苛烈な攻め方を彼が行うことはロコルにも想像が容易く、彼女とて必ず引けるなどと豪語できたものではないだろう。
故に、ライフ回復のクイックカードというライフコアをゼロにされたところからでもファイトを続行できる最後にして最強の足掻き。それだけを頼りに防御を捨てたのではない……ロコルには何か別の考えがあって、先のようにクイックオブジェクトで守りを固めることをしなかったのだと、そう思考も感覚も訴えてくるからこそアキラは言葉を続けた──。




