454.若葉アキラの独白③
「特別じゃないものなんてない。それがアカデミアに入学してからの一年で俺が得た『答え』だ」
「特別じゃないものなんてない……それじゃあ、何もかもが特別ってことになって、結果として特別なものなんてないってことにならないっすか」
「それも間違ってない。むしろそっちの方が正確かもしれないな。俺の感覚に合った表現だ──何もかもが特別だから特別なんてない。でも、確かにそれらは特別なんだ」
「禅問答でももう少しわかりやすいっすよ、センパイ。いったいあながた何を経て何を得たのか……何を感じて何を悟ったのか。もっと自分にもわかるように言ってほしいっす」
「ああ、俺も伝えたい。伝えなきゃいけないって思うけれど、何分感覚のことだからな。思考派だの感覚派だの派閥関係なく、とても言語化が難しいんだよ。だからとりあえず俺の経験談で語らせてもらうとだ。この通り調子の波がなくなったこと。以前ほど凝り固まった意識に縛られていないってことが、ひとまず見せられる気付きの成果だな」
「センパイの言うところの、『人にとって何かが特別である』という勘違い。それに気付けたから、無意識の力加減からくる例のムラっ気もなくなったってことっすか」
「正しく言うなら『何かが特別でなければならない』っていう勘違い、だな。それがあるから力を出せる、それがなければ力を出せない。そういう思い込みを多かれ少なかれ人はしている。前の俺もそうだった、って話だ。だからここぞって時にしか最高の力を出せなかった」
「でも今はそうじゃない」
「ああ、そうじゃなくなった。何かひとつを大切にすることはそれ以外の全ても大切にすることなんだ。他を蔑ろにするのは巡り巡って、回り回って大切なものを傷付けかねない行為。だから『特別』を知るには『特別』だけに拘っちゃいけない。今自分にあるもの全てを大切にするんだよ。カードも、人も、それ以外も。何もかもが特別なら特別なんて枠組みは、線引きは必要ない。その状態が一番自然体で理想的だと俺は思う」
「……なるほど、そういう意味っすか。センパイはその境地に至ったことでカード一枚一枚との絆が深まったと。それが転じて好調・不調の波を取り払うことに通じた……『たまたま』っていうのはこれのことなんすね? つまりセンパイは皆からの忠告に必死になって応えようとしたわけじゃなくて、改めてカードとの向き合い方を学んだことで、結果として弱点の克服になった。タイミングが重なっただけのことだと。そう言いたいんすね」
「まさしく、だな。ロコルたちからのアドバイスがあったからこその気付きだったとも言えるだろうから、そこになんの関係もないとか、俺の心境への影響がなかったとは断言できないけどさ。でもせっつかれて成長したわけじゃないってのは確かだ。元からそんな急ごしらえを急ぐようなやり方じゃムラっ気をなくすなんてことはきっとできなかったとも思うしな」
「まあ、それはそうかもっすね。何かしらの転換がないと叶わないことなのは間違いないっすから。でもそれにしたってその切っ掛けがたったひとつの発想。たったひとつの気付きだなんて、それはそれで無茶苦茶っすよ」
「そうでもないぜ? たったひとつ、とは言っても。それは俺がドミネイターになってからの全て。積み重ねてきた全部が凝縮されたひとつだ。一点に向かってあるもの全てが結実したものだから、それら全てが特別であって特別でないと思い至れた」
「センパイを構成する要素に──いえ、ドミネイターってものを形作る要素に、大切じゃないものなんてない。それを自覚することで人は新たなステージに辿り着ける。ってことっすか?」
「はは……俺でも言葉にできないことを表現するのがうまいな、ロコルは。しっくりときたよ。そうだな、それが俺の知ったこと。それを知れたおかげで安定感のなさっていうどうしようもなかったはずの欠点をなくせた──と言ってもまだまだ完璧じゃあないんだが、そこは追々だな。今はこれが精一杯。それでいい。それがいい。今ある力を出し尽くす、絞り尽くす。前よりも意識的にそういうことができるようになったなら充分だ。そして! この気付きを以って俺は新たな力を得る!」
「……! 新ドミネユニットっすか……!」
もう呼べないとも、呼べたとしても『ビースト』には到底及ばぬ取るに足らないドミネユニットであるとも、ちっとも思えなかった。アキラの長い語りを聞き終えたロコルには、それが彼の中に確固たる正しさとして確立されていることを思い知った彼女には、納得があった。彼と同じくらいの確信があった。呼べないはずがない、そしてそれは必ずや《エデンビースト・アルセリア》や《エデンビースト・ルナマリア》という二大巨頭にも劣らない強靭無敵のユニットなのだろうと、そう信じさせられてしまったからには。
彼女の切り札であり現在の拠り所でもある《世食みの大蛇ククルカン》の「死」をまざまざと脳裏に浮かべてしまったからには──もはやロコルは。
「いいっすよ。何もかもを魅せてくれとお願いしたのは自分の方っすから。どんなに無茶苦茶なことをされたって受け入れるっす。それが若葉アキラと戦うってことだって、最初からわかってたんすから──覚悟をしていたはずっすから」
一時はあまりの信じ難さから取り乱してしまった己の不甲斐なさを恥じつつ、幾ばくかの挑発も込めてロコルは笑ってそう言った。そこで僅かとはいえ挑発の意をぶつけられる彼女もまた常人の感性を飛び越えているが、同じくファイト中に限っては常人の域にいないアキラという少年はその言葉に対してにっこりと。今日一番の嬉しそうな、それでいて戦意に塗れたそれではないとても穏やかな笑みを返した。
「ありがとう、ロコル。お前だから……誰よりも俺がドミネイターになるために力になってくれたお前が相手だから、俺もここまでできる。ここまで行ける。だからこれは俺だけの力じゃなくて、ロコルに助けられてのものだってことも言っておくよ」
「あは──『人は一人じゃない』、っすか」
対戦相手がいる。その時点で孤独ではないと、孤独に喘ぐエミルにアキラは「俺がいるじゃないか」と説いて、衝突して、打ち勝った。その光景を目に焼き付けていたロコルは。彼の言葉を胸に刻んでいたロコルは、それと地続きの今を迎えていることを改めて強く実感し、アキラの笑みに習うようなひどく穏やかな気持ちに胸を満たされる。さりとて戦意は衰えず、アキラもロコルも共にオーラは張り詰めている、登り詰めている。限界をその時その度に更新するような勢いで、互いを足場にするような勢いで、際限なく高みへと。二人だからこそ至れる境地へと駆け上がっていく。
最高潮に荒れ狂うオーラでアキラは。
「8コストの《森王の山踏み》と7コストの《森王の空鳴き》! 俺のフィールドにいる7コスト以上の『森王』と名の付くユニットを二体、生贄に捧げ!」
「……!!」
「その犠牲によって高次元に住まうとあるユニットを呼び出す──ドミネイト召喚! 出でよ、俺の第三にして新生のドミネユニット! 《森羅の拳聖クシャ・コウカ》!!」
厳粛な出で立ちで、あたかも己が役目と行く末を把握しているかのように静かにその身を消していく二体の巨大な獣。同時にアキラの頭上の空間に走る亀裂。それを激しく、荒々しく自らの拳で叩き割ってこちらの世界へ降りてきたのは。フィールドに堂々と降り立ったそのユニットは──。




