453.若葉アキラの独白②
衝撃の度合いで言えば、それが一番だったかもしれない。数々の驚愕をもたらされたこのファイトにおける、最大の衝撃。ロコルは耳を疑う気持ちで彼の言葉を繰り返した。
「誰の期待にも応えてない、なんて。本気で言っているんすか?」
「ああ」
「あは──何を馬鹿な、っす。センパイは応え続けてきたじゃないっすか」
思わず笑ってしまう。それくらいにロコルには彼の言い分がおかしなものに聞こえた。
ドミネイターへの復帰。それに伴っての、アカデミアへの入学を目指したこと。その出発点こそアキラの自発的な衝動が切っ掛けであったが、しかしそこにも。その根底にも「人のため」という思いがアキラにはあった。
カード狩りの死神という悪人を退治するため、戦う手段もろくに持たぬままに街へ繰り出したのが全ての始まり。そこでクロノと出会い、ファイトを通してドミネファイトの楽しさを思い出した彼が次に目標と定めたのは、長らく待たせてしまった幼馴染たるコウヤの志望校。即ち日本最高峰のドミネイター育成機関であるDAだった──つまりはそこにも誰かのためという基本が彼にはあった。常にその調子で、アキラのやることなすことは大体において、自発的に取る行動の概ねにおいて、『人を助けるため』。それこそが根幹にあった。
「知っているっすよ、自分は全部を聞いてきたんすから。入学早々に退学の危機に陥ってトーナメントの優勝が必須になったことも。そこから泉親子の因縁に巻き込まれて教師と本気のファイトに挑んだのも。そのファイトでドミネイト召喚に目覚めたことでエミルに目を付けられて、一度は負けて。でもリベンジのために、やられてしまった紅上センパイたちのために、再び勝負に臨みそして勝った。それからのことも……全部が全部、自分以外の誰かのためじゃないっすか。そのために戦い続けて、勝ち続けてきた。センパイほど利他的なドミネイターを自分は他に知らないっす。そんなセンパイが期待に応えていないなんて、いったい誰に言えるっすか」
「だから、俺自身がそう言っているだろ?」
「それは──」
「いや、お前は俺の謙遜だとか自嘲のし過ぎだって言うかもしれないが。これは本当なんだよ──ただの本音なんだよ。エミルとのファイトに挑む前、よくよく考えたことだ。俺と、暴走していた頃のあいつとでは、きっと何も違わない。『やりたいことをやっている』だけ。ただしそこにほんの少しでも他人を思いやれる気持ちがあるかどうか。カードを手段や道具としてだけじゃなく、仲間として見られるかどうか。たったそれだけの違いとも呼べないような僅かな差はあった……それだけがエミルと俺に付く区別だった」
「やりたいことをやっている、だけ」
「そうだ。チハルのために退学の是非を懸けてトーナメントに出場したのも、ミオのために泉先生の横暴を止めたのも、コウヤたちのために、そして何よりエミル自身のためにあいつを倒したのも。全部が全部、俺のやりたいようにやってきただけだ。それからのこともそう。そのせいで苦労もしたし、余計なトラブルを起こしてしまったこともある。後から振り返って何を我が物顔で首を突っ込んでいるんだって自分で呆れることも少なくない……でも、俺は変わらない。こればっかりは変われない。今も、そしてこれからもきっと同じようにするだろう。自分の信じられることを貫く。ただ真っ直ぐに、どこまでもだ。それが俺の思う、俺のなりたい『理想のドミネイター』だから」
「……本質的には、利己的だと。人を助けてきたのは本心からやりたかったことだから、どこも利他的な要素なんてないって……センパイの認識じゃ、そうなっているんすね」
周囲の期待に応えて戦ってきたのではなく、戦いたいから戦ってきた。理想を目指すために勝たねばならないから勝ってきた。そこに後から周囲の期待が乗っかってきたのだと、それがあたかも利他的な行いにばかり身を染める変わり者の姿に衆目には映ったのだろうと。アキラはそう言っているのだ。と、彼の主張の論旨を理解して。理解してしまったロコルは、まったくもってその通りなのかもしれないと。己が認識の覆る音が聞こえた気がした。
「『学園最強』の看板もそうだ。それを背負わされるからには弱点の克服。ムラっ気を失くすことが急ぎにして究極の課題だって、ムラクモ先生にもコウヤたちにも、お前にも口酸っぱく言われた。そのアドバイスことありがたいとは思ったし、言われた通りに励むつもりでもいたけれど。でも実はそんなに深刻には考えていなかったんだよな。そこまで根を詰めてやる気にはなってなかった」
「え──で、でも。センパイは実際にたった半年で克服してみせたじゃないっすか。あれだけ根強くあった調子の波をある程度コントローラブルにした……年単位の時間をかけたって本来はそう簡単にできることじゃあないっすよ」
ファイトにおけるちょっとした手癖や考え方の傾向とは訳が違う。矯正しやすいそれらとは違ってアキラのムラっ気とは気質。悪癖ではなくアキラが生来持つ性質に等しいのだ──それがドミネファイトに目に見える形となって表れているのだから克服と一口に言っても容易ではない。それを叶えるためには一から己を見つめ直しドミネイションズとの向き合い方すら考え直さねばならないほど、下手をすればドミネイターとしての自身を殺してしまいかねないほどのリスクのある治療である。
焦らずじっくりと、一年だろうが二年だろうが時間をかけて。遅くともDA卒業までには完治できていれば御の字。それに間に合わせるには焦りはせずとも急ぐ必要があると、そのために担任であるムラクモを始めとしてアキラへ発破をかけた者は数多くいたわけだが。そんな周囲の予想を超えて僅か半年で自身の気質の調整に成功してみせたアキラは、向けられた期待に応えることで更なる成長を遂げたのだろうと。それ故にこんな短時間での弱点の克服ができたのだろうと、勝手にそう思い込んで感服していたのがロコルだったのだが。
その想像は本人の口からきっぱりと否を叩きつけられた。
「ムラっ気をなくせたのはたまたまなんだよ」
「た、たまたまっすか?」
「そもそもなんで調子に波があったかって、それは俺の中で勝ち負けの意識が悪い意味で強過ぎたからだ。いや、逆に弱過ぎたって言ってもいいな。事情があってどうしても勝たなきゃならないファイトに対してだけはギラついて、そうでないファイトにはそこまでギラつくことなくのんべんだらりと楽しんで……その落差がいけなかった。大きすぎるそれがドミネファイトへの意気込みだけじゃなく、自分でも気付かない力の制限と解放になってしまっていたんだ。コウヤはいざって時に見られる俺の強さを爆発力と良いように言ってくれたけど、なんてことはない。普段はセーブしているからできたギャップってだけのことで。そりゃあ大事な時にも勝てないよりはいいけれど、本当の理想は常に最高のファイトができることだ。それはまさに理想めいた一生の目標みたいなものだけど──でもドミネイターなら目指して当然の理想だ。そうだろ?」
「そう、かもっすね」
「だから勘違いに気付けた」
そこで話は戻る。アキラの指摘、ロコルのしている勘違いへの言及へと。
「取り払えばいい。どうせやりたいようにやるだけなんだから、それ以外の諸々はファイトの一瞬においてはただ邪魔なだけだ。余計なだけだ。それは周囲からどう思われるかっていうことだけじゃなく、俺が俺をどう思うかっていう部分も合わせて、自分で自分を狭めちゃいけない。このファイトには絶対に勝たなくちゃいけないだとか、このファイトには必死になって勝たなくていいだとか。このカードが一番大切だから、他のカードは一番じゃないから、だとか。そういう雑味をなくしてみれば見えてくるものがあった。感じられるものがあった」
ドミネファイトで大切なこと。本当に特別なものとは。
それは。




