449.正誤と是非と勝敗の境
「パワー差。センパイの二体の『森王』と自分のククルカンの間にはそれがあるっす──隔絶した力の差、ユニットとしての力量差が! そしてそればかりはさしものセンパイにだって覆しようがないっす!」
カードに記載された数値の大小。たかがそれだけの、しかしてユニットにとっては絶対の指標。何をしようとも引っ繰り返らない、命運的に決められた格付けというものが『パワー』。単純にして明快、そしてドミネイションズにおける最も理解に易い要素のひとつである。
共に大型のユニットであるとは言っても。分類上は確かに同じ枠組みにあると言っても、しかしククルカンは通常のユニットとは──通常の召喚法で呼び出せるユニットと同列に語れる存在ではない。大型相当には違いなくとも専用のオブジェクトが手順を踏んで後にようやく、その方法のみで呼び出せる「0コストユニット」。そんな特殊な、それも三色に陣営を跨るカードなのだから如何に『森王』の切り札級だとしてもただの単色カードである山踏みも空鳴きもククルカンとは並び立てない。並べて評価してはいけないのだ。
山踏みは5000。戦闘相手を選ばず、ユニット以外を標的とすれば一方的に屠ってしまえる暴れん坊も。
空鳴きは6000。守護者と見れば敵も味方も区別なしに天よりの飽和射撃によって全てを滅ぼし去る災厄の鳥も。
けれどもククルカンの10000。『世界を食らう蛇』という大仰な肩書きも決して大仰にしないだけの圧巻にして圧倒の超パワーを前には、何もできない。あってないようなものだ……とまで言い切ってしまうのはさすがに過言であろうが、しかし一般的にユニットパワーの大台と称される10000の数値を前には5000も6000も、極端に言えば500という最低値と何も変わらない。1コストの最弱ユニットと同じくただやられるだけの雑魚に成り下がってしまうのだから比較としては間違いではない。
その論は、ロコルの指摘はすこぶる正しい。と、指摘された側であるアキラも素直に認めて。
「返す言葉もないな。言ってしまうとそもそも山踏みも空鳴きも、確かに能力は『森王』カテゴリで番を張るのになんら不足のないような強力なものではあるけど……いや、だからこそ素のパワーはそう高くないものな」
8コストでいながら5000、7コストでいながら6000。今更論議を交えるまでもなくこの数値がユニットのコスト帯の平均よりも低い、つまりはコスト論的に低いパワーであることはアキラとロコルの共通認識。この二人に限らず少しでもドミネイションズの知識がある者ならば誰もがそう思うだろう。高コストの割にパワーは低めだな、と。そういう感想を持つだろう。
それもまた、正しい。アキラも肯定した通り山踏みと空鳴きはその風貌や体躯の巨大さに反して……つまりは見かけの『印象からくる強さ』に反して、『実際の強さ』はそこまでのものではない。あくまで数値だけで見れば拍子抜けと言ってしまっていいくらいにそこの間には大きな隔たりがある。無論、パワーこそが最もわかりやすい基準であるとはいえ、所詮はユニットの性能における一要素でしかなく。それがコストや風体の割に低いからといって山踏みや空鳴きが『弱いユニットである』と結論付けられるわけではないが──むしろこの二体に手酷くフィールドを蹂躙されたロコルからすればパワーを低く設定されていることを差し引いてもなお充分過ぎるくらいに、十二分が過ぎるくらいに強力なユニットだと嫌味のこもった称賛を贈りたいほどであるが。
しかしだとしても現時点での指標はパワー、それこそが全て。山踏みも空鳴きも優れた能力を持ってはいてもそれらはククルカンを相手にはなんの役にも立たない。彼らを助けてはくれないのだから、頼みの綱となるのは素のパワーだけ。で、あるのなら。ここにきて能力の高さに自重したパワーの低さが響いている。アキラの劣勢を覆し切れない枷となっていると、彼女がしたのはそういう指摘であった。
「失敗だったんじゃないっすか? 『ビースト』が持つ度を超えたパワフルさ。それと同じだけのパワーを他カテゴリに期待することこそ酷な話っす、けれど! 『森王』だって緑陣営の代表格と言っていい種族『アニマルズ』の一員なんすから、7や8コストもあれば。それこそ自己強化の効果と合わせてでも10000の大台くらい突破できてもいいものなのに──ところがどっこい、センパイの頼る切り札たちはどちらも共に大きく力不足っす」
もちろん、他にもデッキ内に眠っているであろうまだ見ぬ『森王』ユニットの中にはそういったユニットもいるかもしれない。除去面での優秀さよりもバトル一本。戦闘面のみに力の集約した、『ビースト』の大型ユニットも負けないだけの立役者がいるかもしれない……だがアキラが呼んだのは、窮地において頼ったのは山踏みであり空鳴き。戦闘特化の力よりも優秀な除去こそを返しの一手のために選んだ。当然だ、そうでなければ彼は窮地を脱せなかった。もしそんな「強いユニット」がいたのだとしてもこのファイトにおいて彼がそれを呼べるタイミングはなかった。現状も含めてそのような暇は一切なかったのだから、たらればに意味はまるでない。
だからロコルは失敗と口にしたのだ。『ビースト』をデッキから省くという判断。様々な思惑あってのその判断が、果たして本当に正しかったのかと是非を問うている。問い質している。
勝負が終わるまでは正誤の区別の付かない問い。それの答えが今こそ明らかになろうとしているのではないかと。
「『ビースト』を使っていればこういう状況にはならなかったって。そう言いたいのか?」
「…………」
「たとえお前にそれを読まれていて、どれだけの対策を仕込まれていても。《禁言状》だとか《収斂門》の多重ロックを仕掛けられても、その全部を越えて、現状よりもより良い結果になっていたって?」
「そうだったんじゃないか、っていうこれも意味のないたらればの質問っすよ。意見をぶつけているわけじゃあないっすから無駄口の雑談だと思ってほしいっす……ただし」
この問答自体には意味がなかろうと、無駄であろうとも。ファイトの結末を左右しないものであろうと、しかしここで問いかける行為には意味があるし、無駄ではない。構築段階から読み合いを重ねた末の大一番、その決着が迫る今。終わってしまう一歩手前のここで改めて知っておくことは重要だろう……ロコルはただ知りたいだけなのだ。確かめたいだけなのだ。
自分がそうであるように、アキラにもまた一抹の後悔だってないと──一切の悔やむ思いのない清々しい結末を迎えられると、そう信じたいから。
「そっか、ただの質問か……だったら俺も反論じゃなくて単に思ったままのことを言わせてもらうぜ。『ビースト』をデッキに入れなかったことへの後悔は、微塵もないってな」
「……!」
「ついでにこれも言わせてもらうとだ、ロコル。俺が認めたのはあくまで山踏みと空鳴きじゃ正面切ってククルカンを倒すだけのパワーはないっていう、それだけの事実だ。そしてそれでいい、この二体は既に充分俺の力になってくれた後なんだからそれ以上のことなんて求めない──つまり! 俺が打倒ククルカンを求めるユニットは他にいるってことだ!」
「他にいる……!? っ、それって──」
ここにきて「まさか」と。ここに至るまで何度も口にしたそのワードを再び口にしたロコルは。けれど今この瞬間こそが自身最大の動揺を引き出されていると、その自覚を抱きながら呻いた。




