444.蘇る森羅
兵装サイの、今度こそ最後となる一撃。それに対しクレイドールも最後の力を使って不可視の防壁を張り、その攻撃を防ぐ。これまで同様に兵装サイの放った生体ミサイルは標的たるクレイドールまで届くことなく爆散。此度の激突もこれまで同様にまた守りの側に軍配が上がった──だが。
《スフォニウスの泥人形》
カウンター3→0
アキラが唱えた緑単色スペル《リ・サイクル》。それによって繰り返された兵装サイの連続砲撃は、クレイドールに宿っていた保護の力。その源を全て奪い去ることに成功していた。最初は六つもあったカウンターが、今やゼロ。ラストカウンターが取り除かれたことでロコルの盤面を守るため矢面に立ち続けたオブジェクトはその身を煙と化して消えていく。動力が尽きたからには場に留まっていられない。役目を果たした人形はただ黙して去るのみ──薄れていく少女型オブジェクトの後ろ姿を最大限の感謝と敬意をもって見送ってのち、ロコルは口を開いた。
「兵装サイはパワーダウンしているとはいえ存命のまま。そしてこちらは除去対策における守りの要を失ってしまった。《リ・サイクル》のせいでサイさんとクレイドールの勝敗はすっかり覆されてしまったっす……けど。だとしてもまだ自分の盤面が崩されたわけじゃない。リソース面での差まで覆ったわけじゃあないっすよ」
並べた【守護】持ちユニットと、それを能力で守るクレイドール。本丸のククルカンとプレイヤー自身たるロコルを囲う鉄壁の布陣、その二枚看板の内の一枚は獲られてしまったが。けれどもう一枚、合計四体もの守護者たちは未だ誰一人欠けることなく、一片の傷すら付くこともなく壮健である。アキラ操る緑陣営の真骨頂たる戦闘──ユニット同士のバトルへの対策。そちらに向けた守りは変わらず堅牢、であるならば。
「クレイドールのカウンターを使い切らされた。ターン中の使用制限なしに発動できる六回の保護能力、それを全部吐き出させるなんてお見事としか言いようがないっす。でもそのためにセンパイが払った代償も決して安くない。使えるコストコアはなし、手札も残り一枚、それでいてフィールドにはヘロヘロのサイさんが一体切り! そこからどうするっていうんすか……? どうしてくれるっていうんすかッ、センパイ!!」
「どうするもこうするも! 既に宣言は終えているはずだぜ──《リ・サイクル》のコピー効果の処理が完了したこのタイミングで! 割り込みによって遅延されていた《森王の導き手》の効果処理が始まる! まずはそこからだッ、ロコル!」
共に召喚された《強襲型重兵装サイ》と発動タイミングとしては同時であった導き手の登場時効果。兵装サイの特殊な除去効果と、それを模倣したこれまた特殊なスペル《リ・サイクル》の処理が長々と続いたことで召喚時から遅れに遅れていたそれが、ようやく適用に至る。
(『まずは』、っすか……!)
この局面で兵装サイに並び呼び出されたユニットが単なるユニットであるはずがない。役立たずに終わるはずがない。ましてや導き手はアキラの現デッキの主軸を担う『森王』カテゴリの一体なのだ。アキラ本人のまるで衰えぬ意気も相まって導き手に秘められた能力がなんなのか、ますます不安の割合を増やしながら身構えるロコルだった……が、彼女自身が言ったようにアキラのリソースはほぼほぼ尽きている。導き手の先、これ以上の動きようもないからには何が起ころうとそう大したことにはならないだろう。と、思う。そう思いたいと言うべきかもしれないが。
(──いや! 何も怖がる必要はないっす、センパイの爆発力が入念な備えありきなのは自分もよく知る絶対の事実。墓地やコアゾーンで効果を発動するカードが仕込まれている気配もないんすから本当にこれで打ち止めのはずっす──)
絶対の事実。だがそれを言うなら、ロコルは『ビースト』の存在もそうであると疑っていなかった。たとえアキラがメタのメタを実践して新しいデッキを持ち出そうとも、その中身がどれだけの変貌を遂げていようとも、しかし『ビースト』のカード群だけは。変わらず残すだろうと、必ず採用するだろうと……それだけは何があっても覆らない真実だと思い込んでいた。信じ込んでいた。
「……ッ、」
なのにアキラは真実を塗り替えた。ロコルの知っている彼ならば絶対にやらないような、やれるわけもないようなことを、やってのけた。それこそが彼の爆発力なのだとすれば。ムラっ気の反動からくる以前の不安定さの裏返しだった爆発力ではなく、相手の予想を超えること。今までの自分を越えていくことが現在のアキラの、見違えるほどに安定した強さを身に着けた若葉アキラというドミネイターの最大の武器なのではないか。そんな風にふと鮮明な思考が脳裏によぎったロコルが思わずそれに深く納得を抱き、故に。
ここから何もかもを。自身の予想なんて、確信なんて足蹴にされて一切合切を。覆され、引っ繰り返され、持っていかれてしまっても不思議はないのだと。そうなる前にそう得心してしまったから、彼女は眉間にしわを作って。
「導き手の効果処理に入る。このユニットの登場時、俺は墓地から一枚『森王』もしくは『森羅』と名の付くカードを回収できる。そして回収したそれがエリアカードであった場合、無コストで場に出すこともできる!」
「……!」
回収効果、からの条件付きの踏み倒し効果。ユニットの召喚ではなくエリアの展開でそれを行なうのは珍しいが、しかし効果の種別としてはよくある類いのものだ。踏み倒しの本家と言えば白陣営が挙げられるだろうが展開力を売りにしているのは緑陣営も同じで、先の《リ・サイクル》のコピー効果のような陣営の特色から著しく外れるような異色さはないと言える。ただし、どれだけ「らしい」効果であろうともロコルが目を見開かない理由にはならない。導き手の能力を耳にしたこの時点で彼女にはもう見えていた。
何故思い至らなかったのか。アキラがこんなにも兵装サイを生かすことに注力していた、その訳。《白夜蝶》を起点にしての一連の動き方はただコストコアを浮かすためだけでなく──兵装サイと《リ・サイクル》のコンボに導き手の呼び出しを合わせて行うため、だけでもなく。その上でフィールドに兵装サイを、6コストユニットたる彼を残すことが目的だったのだ。
(たった一体、なんてとんでもない。センパイにとってはそれが何より重要なリソースだったんすね……! だって今からセンパイが回収するカードは十中八九!)
「俺が墓地から手札へ戻すのは『森王』カード──ではなく! 森王が守る聖なる森『森羅』! エリアカード《森羅の聖域》だ!」
「……!」
思った通りの回収指定、そしてアキラの手札へと舞い戻る一枚のカード。歯噛みするロコルの視線に真っ向から闘志を返しながら彼は手早くそのカードを盤上へと繰り出した。
「回収したのがエリアカードであるために《森王の導き手》の追加効果を適用! コストを支払うことなく俺はこいつをプレイすることができる──再び広がれ、聖なる自然が育むマナのメッカ! 《森羅の聖域》を展開だ!!」
ぶわっと景色が一変していく。世界を食らう大蛇によって一度は無に帰したはずの豊かな緑の大地と色濃い青の空気が、また二人のフィールドを激しく彩った。




