434.ククルカン第三の効果!
ここまでのククルカンの行動は、あくまで「場を整えた」だけ。登場時効果でロコルのリソースを回復させ、そのリソースを活かして──あるいは自ら『食らって』と言うべきか──起動型効果でアキラのリソースを減らした。ここまででも充分に、十二分に一ユニットとしての仕事は果たしている。むしろたった一体の仕業とするには過剰なほどに状況へ作用している。が、それはあくまで整理だ。
アタックに関与しないユニットが場にいる際に多くのプレイヤーがやる定石的プレイング。アタック前に使えるだけの能力を使っておく。アタック時もしくはその後に何が起こってもいいように使い終えておく、そういう動きに過ぎない……つまるところ「まだ」なのだ。ククルカンはまだ前座を終えただけで本番に入っていない。彼の持つキーワード効果【好戦】が意味を為すのはこれからなのだ。
そうとわかっている。これから更にリソースを減らされると理解しているアキラは、なのに怯えや竦みをまるで見せずに言った。
「これだけやってまだアタック権を使っていないっていうのは悪夢みたいなものだけどな。でもそんなことでいちいちしょげてもいられない」
「へえ、ちっとも平気ってわけっすか。センパイともなればライフ数で追いつかれてコスト数で追い抜かれて、その上で切り札のユニットやエリアを失っても。まったく痛痒にならないって?」
「まさか、まるで平気なわけがない。痛痒にならないどころかめちゃくちゃ痛いさ──だけど泣き言なんて言ってる場合じゃはいだろ? だってお前のククルカンはまだ全部を見せちゃいないんだからな。違うか?」
「…………、」
ロコルは無言で目を細めた。その反応にアキラは自身の推測の正しさを見た。
そうだ、二重の意味で『まだ』なのだ。ククルカンは単にアタック権を残しているだけでなく、おそらくまだ他にも能力を持っている。それを先に発動させずにロコルが攻撃命令に入ろうとしているからにはタイプとしては「アタック時に発動する」か「バトルを介して発動する」類いの条件適用型の効果だろうと、そこまでアキラには予測がついている。そんな彼の確信を、交わす視線からロコルの側も悟って。はあ、と彼女は息を吐きながらひょいと肩を上げてみせた。
「どうもセンパイの目は誤魔化しにくくてしょうがないっすね……演技者の名が泣くっすよ。発動の瞬間まで匂わせずにもう一度ビックリさせようと思ってたんすけど、どこでバレちゃったっすか? 今度ばかりは態度に滲ませたつもりもないんすけどね」
「ああ、態度から嗅ぎ取ったわけじゃないよ。これはドミネイターの勘っていうよりも経験則だ。お前も言ったようにエミルとのファイトじゃさんざっぱらミキシングユニットの──とりわけトリプルミキシングの脅威はイヤってほどに体験させられたからな。その経験値から言って『こんなものじゃない』。ククルカンの能力がふたつだけってことはないだろうと感じたんだ。キーワード効果を別として、他に最低でもあとひとつは能力があるだろうってな」
この推論は単純に、アキラの知る三色混色ユニットたちがいずれも多彩に過ぎる能力を持っていたこと。つまりは三つの陣営に所属が跨るだけあって最低でも三つは効果を有していたが故に成り立ったものである。最低でもあとひとつ、というのはその経験則からの仮定であった。そして彼の推論に含まれるのはそれだけでなく。
「どうせめちゃくちゃ厄介なんだろう? 残りの能力も、登場時と起動型のそれに負けず劣らずにな」
「ふふ──だったとして、どうするっすか? 防ぎようがないことだってセンパイにはわかっているはずっすよね?」
「まあな。さっきお前が影縫いのダイレクトアタックに対してそうしたように、今度は俺がククルカンの攻撃を大人しく受け入れるしかないわけだ。抵抗のしようもない、だったら精々堪能させてもらうさ。エースのブレイザーズすら超えるロコルの奥の手の全貌を、じっくりと味わうことにする」
「あは……!」
じたばたしてもしょうがないのなら堂々と構える。ククルカンの恐ろしさの一から十までをむしろ楽しむ気持ちでアキラはいる。ハッタリではない、自分のような演技でそう見せかけているのではない。彼は本当にそのつもりで落ち着き払っている、そう知れてロコルの勝ち気な笑みはますます深くなり、攻めの姿勢はより前のめりなものとなる。
オーラ同士の衝突が巻き起こす突風が、一段と勢いを増してフィールドを総浚う。
「そこまで言うなら、言ってくれるのなら! 御所望通りにしてあげるっすよ──ククルカン! アタックするっす!!」
ついに主人より発せられた攻撃命令のワードに大蛇は敏感に反応を示し、合計八つの腕と脚でしっかりとフィールドの床を踏みしめて固定。そして態勢をぐぐっと低くして──頭部を射出。長い首を更に長く伸ばして、あたかも砲弾の如くに途方もない速度で押し出された彼の口は、牙は、見事にロコルが指差した標的を捉えていた。
「【好戦】によりククルカンは召喚されたターンに即ユニットへバトルを仕掛けられるっす! 攻撃対象はもちろん、センパイの場の唯一のユニット《森王の影縫い》っす!」
「……ッ、」
《世食みの大蛇ククルカン》
パワー10000
《森王の影縫い》
パワー3000
自らに食らい付かんとする大顎へ二振りの黒い刃で対抗せんと身構えた影縫いだったが、しかしパワー差は歴然で覆しようもない。ククルカンの咬合力は影縫いの抵抗共々に彼の全身を噛み砕き、一撃のもとにその命を無に帰した。文字通りの瞬殺である。
「噛殺撃破! よーしよし、よくやってくれたっすククルカン! どうっすかセンパイ、見た目に反して主人想いの可愛いユニットだと思わないっすか?」
「そうだな。ついさっきふたつもお前のライフコアを奪った憎いユニットを倒してくれたんだもんな。確かにプレイヤーへの忠義に厚い良いユニットだ……と、あからさまに趣味で殺しを楽しんでる様子がなければそう思えたんだけどな」
影縫いが散った後も何度も牙を──通常の蛇と違ってククルカンの口内には乱杭で不揃いの牙が無数に並んでいる──ガチガチと打ち鳴らし、獲物をかみ殺した感触を反芻しているその様から窺えるのは彼の持つ殺戮本能の高さのみ。プレイヤーのために忠実に任務をこなした、という雰囲気ではない。
ククルカンがああも手早く影縫いを屠ったのは、間違ってもロコルの仇敵を誅殺するためではなく自身の欲を満たすため。ただ単に殺したいから殺したのだということは明らかだった。
「まーいいじゃないっすか、そのくらいの趣味は。結果的にその衝動が役立ってくれるんなら自分もククルカンもウィンウィンっす。──そんでもって、ユニットを倒したこの子は最後の効果で自分に更なる恩恵も授けてくれるっすよ」
「! あとひとつはユニットの戦闘破壊が条件の効果だったか」
「その通りっす! 《世食みの大蛇ククルカン》の条件適用効果を発動! ククルカンがバトルで相手ユニットを倒した時、2コストを支払うことで一体! 自分の場に《コトルトークン》を召喚することができるっす!」
「!!」
トークンを場に呼び出す効果。予想の斜め上のククルカンの最終能力に瞠目するアキラへ、ロコルは言葉を続けた。
「自分はこの発動に対して! 今ある『6コスト』を全て捧げるっす!!」




