432.炸裂、絶対除去!
どれだけククルカンが強力なユニットであろうと、ロコルのデッキがそれを組み込むこと自体に多大なリスクを伴うからには思い付いたとしても採用を見送るのが普通だが──されどロコルという少女はどこをとっても普通のふの字もない人物。であるとアキラはよく存じているだけに、続く彼女のセリフは彼にとっても非常に納得のいくものであった。
「確かに! ただでさえバランス調整に難儀するようなデッキへ仕込むとなれば輪をかけて難儀さが増しちゃうっす……でもだからって合理的なだけじゃあつまんないっすからね。小さくないリスクもあっさり飲み込んで平気の平左って顔のままファイトする! そういうある種の面の皮の厚さもドミネイターの強さだって、自分はセンパイやエミルから学ばせてもらってもいるっす。そんな戦い方を自分もしたいって、そう思わせたのはセンパイなんすから……責任、取ってもらうっすよ?」
「……!」
かつてはミキシングカードばかりでデッキを組んでいたエミルや、それを十全に操る彼に一種一枚という癖の強すぎる構築で挑み打ち勝ったのがアキラで、今でも語り草である激闘を目の当たりにしていたのがロコルだ。二人のどちらにも色々な意味で近しく、それでいて異なっている彼女があの日に受けた衝撃、その影響は、他の目撃者たちの誰よりも深く重いものだったと言っていい。
そこから始まった九蓮華としての日々。一度は捨て去った家名を再び名乗り、そして次期当主候補としてドミネイションズ・アカデミアでライバルたちと切磋琢磨していかんとしている今──この『今』に結実した全てを、切っ掛けとなった当事者へとロコルはぶつける。
「ミキシング一枚でエミルから受け継いだ、なんて傲慢すぎることは言わないっすけど! 少なくとも兄の背中が見せた軌跡、そこから派生したものを! 今一度センパイにも味わっていただくっす!」
──ククルカンの効果を発動! 主人より高らかに宣言された命令に従い、異形の大蛇はその口を大きく広げて蛇らしからぬ絶叫の鳴き声を響かせた。
「っ、なんだ……?」
耳をつんざく金切りの雄叫び。アキラが思わず顔をしかめたように、ククルカンの声は物理的な破壊力すら伴ってフィールドどころか講堂中に広がっていく。能力発動の一動作をとってもこの規模。そこにエミルとのファイトで散々苦しめられた三色混色ユニットらしさというものを見出したアキラは、故に過度な鼓膜の震えに惑わされることなくじっとフィールドを眺め、そこに起きるはずの多大な変化を見逃すまいと努める。
細心の注意を払って視線をやったのはまず初めに、なんと言っても自身の場である。これよりククルカンが引き起こすであろう災厄が降りかかる対象は他ならぬ彼の敵たる自分であるために、登場時効果と思しきその能力によってどんな被害が戦線に発生するかと目を凝らし……けれどその予想に反してロコルの場でこそアキラが警戒していた「それ」は芽吹いた。
彼女のユニットであるミンメイの唸るような苦悶の悲鳴と、舞い上がる血しぶきによって。
「! どうしてロコルのユニットが!?」
「ククルカンは単に召喚法が重いだけじゃなくその運用にもそれなりのコストを要求するっす──このユニットの登場時! 自軍ユニットを一体生贄に捧げることで、自分はライフコア・コストコア・手札をそれぞれひとつずつ増やせるっす!」
「……!」
またしてもドロー加速とコアブーストの両立。ばかりでなく、今回はなんとライフコアの回復までも一挙に行うという。ロコルのデッキトップから三枚のカードがそれぞれ三箇所の資源へと姿を変えていく様を眺めながらアキラは思う──登場ひとつ取ってもこれか、と。その感想はつまり、これだけのアドバンテージを稼ぐ脅威の能力であっても所詮は氷山の一角。ククルカンの持つ恐ろしさのほんの一端に過ぎないであろうことが説明されるまでもなく理解できているが故のものであった。
「《立身の功・ミンメイ》には相手によって破壊された時に発動する効果もあったんすけど、ククルカンの犠牲となったんじゃそれに意味はないっす。でもこれはもちろん意義ある尊い犠牲っすよ。ミンメイの血潮はこうして自分の力となってくれたんすからね」
「それは、そうだな。ミンメイだって効果発動のために場にあるものを犠牲にしているんだからそこに文句はないんじゃないか」
「ふふ、そういう考え方も悪くないっすね。そんじゃあ場も温まったところでいくっすよ。ククルカン第二の効果! を、手札を二枚捨てて発動するっす!」
「っ、また追加コストを要求する効果だって……!」
「何から何まであまりにも重過ぎるとお思いっすか? いやいやそんなことはないっす、何故ならこれは世の道理。強力な効果にはそれ相応の対価を求められて当然。そしてククルカンの起動型効果は、対価を求めるに相応しいだけの絶対的な能力っす!」
「絶対的な能力……?!」
ロコルがそこまで豪語するとは、いったいどんな力なのか。神経をピンと張り詰めさせて警戒態勢を取るアキラに、五枚に増えた手札の中から二枚を選び墓地へと捨て去った彼女が堂々たる態度で告げた。
「ククルカン第二の効果は、二枚まで手札を捨てて発動し! そして捨てた数だけ相手の場の『カードを墓地へ送る』っす! この墓地送りは対象となったカードの耐性を無視し、それでもって『この効果に対して相手はカード効果を発動できない』っていうオマケ付きっすよ!」
「なにッ……耐性貫通、それに強制効果処理!?」
無茶苦茶なまでの殺意。単なる墓地送りだとしても「破壊を介さない除去」として充分に防ぎにくい効果だというのに、そこにオマケと言うには強力過ぎる上乗せがふたつもある。対象が持つ耐性の類いの能力の無力化に、相手ターンでも発動できる特殊な起動型効果等の使用不可。守らせず、割り込ませない。そこに表れているのは「何がなんでもそいつを滅ぼす」というまさしく絶対的な攻撃性である。ロコルがああも自信をもって『絶対』なるワードを口にした意味がそこにあった。そう知って険相を作るアキラに、無論のことロコルは気遣いなど一切見せず。
「この墓地送りの優れたところは捨てる手札を一枚にするか二枚にするか選択できるところにあるっす。場合によっては一枚だけ捨てて一枚だけ処理する、っていう省エネな使い方も可能……なんすけど、この状況でそんな温いことは当然しないっすよ。さあ、効果処理っす! 自分が墓地へ送る対象として選ぶのは──ユニット《森王の山踏み》と、エリア《森羅の聖域》! 消え去ってくれっす!」
永劫の回帰! ククルカンの技名であろうそれをロコルが叫ぶように唱えれば、直ちに能力が行使された。ククルカンが持つ絶対除去の力。登場時の声量を上回る、その声だけで空間すら裂いてしまいそうな叫喚。広がるけたたましい音波があたかも本当に空震でも引き起こしたかのようにそれを浴びた山踏み、そしてアキラのフィールドを形作る聖域の森が激しく揺らぎ、そして崩れていく。
たとえ山踏みや聖域に「相手からの除去を受け付けない」といった耐性があったとしてもククルカンには通用しない。彼の殺意からは絶対に逃れられない──その正しさを証明するように、ロコルに選ばれた二体は実にあっさりと完全崩壊を喫し、一体のユニットとひとつのエリアはアキラの場から消滅してしまった。




