429.封印解除、太極清廉図!
「自分のターン、スタンド&チャージ! ドローっす!!」
──このスタートフェイズのチャージとドローによって、ロコルが使えるコストコアの総数は八つ。手札は四枚となった。これは奇しくもアキラのコア&手札とどちらも一致する数字であり、ロコルが追いついたことで両者はリソースの面で完全に並んだ。まさしく「互角」であると言える。正確には先のターンで唱えられた《山間宿》のお手軽に過ぎるアド稼ぎによってアキラこそがロコルのリソースに並んだと評するべきなのだろうが、それはともかく。盤上に出ているカードも種類こそ違えど互いに三枚ずつ。ライフコアの「1」の差以外は概ね拮抗していると称して間違いはない……されど、横並びの状態でいつつもしかし自ターンということで僅かながらに先行者の有利を得ているロコルは。
(やっぱりデッキに戻ったブレイザーズは引けそうにないっすね。現状どうしても欲しい札ってわけじゃあなくとも、引けたら引けたで攻めの層を厚くできるんでありがたいんすけど……そう思いながらこんなにドローしても引き込めないってことはつまり、それだけセンパイが警戒しているってこと。センパイが最も引かれたくないカードが《無銘剣ブレイザーズ・ナイト》だから、オーラが掴ませまいと妨害をしている。そういうことっすよね)
これまでの試合で見せたブレイザーズと《月光剣ムーンライト》の瞬殺コンボがよっぽど印象に残っているらしい。それを必殺のプランとして用意しつつも決してそれだけに拘っていないロコルとしては、ブレイザーズばかりに注意が向けられる現状は本来願ったり叶ったりなのだが。けれどアキラの場合キャパシティの問題でブレイザーズにしか警戒できないのではなく、ブレイザーズさえ自由にさせなければ他の手はどうとでもなる、という自信の表れからくる取捨選択であろうことがロコルにも伝わってくる。なので純粋に「最強の武器」としてのエースユニットが駆けつけてくれない状況は彼女からすると苦いものだった──が。
彼女自身がそう発言したように、最善が引けずともその分「別の最善」が手に入るのはロコルのデッキビルド能力と引き運からすれば確実なことであって。
(そう、最善とそれ以外じゃないんすよ。ファイトは水物、揺蕩うもの……常に最善も最高も移ろっていく。最善と、それ以外の最善! 掴んだ一手をそこへ導くのが優れたドミネイターの本領ってもんっす……!)
最高を目指しつつ最悪の事態にも備える。それをファイトの信条としていた観世マコトと似通った、だが根本の部分で決定的な違いのある考え方をロコルはしている。マコト流の言い方に則って喩えるならば彼女は、最高だろうと最悪だろうとそれを最善にする。そういう想いを念頭にファイトに挑んでいる──常日頃はむしろ最高でもなければ最悪でもない、その中間の中庸こそを好み周囲の目から実力を、剥き出しの己を隠しているロコルだが。
今ばかりは、このファイトばかりは。敵が若葉アキラたる合同トーナメントの決勝戦においては全力全開。ミライとの約束通り、高家に連なる一人の先輩を破った身として、ここに立っている責任ある身として。何も隠さない。自身の持つ一切合切の全てを──いや、本来なら持ち得ないものまで出し切って、投げ打って、とにかく思い切りに戦う。そうでなければここにいる意味がない……彼と戦うのは許されない。
自分がすべきこと、ではなく。
自分がしたいこと、を強く意識する。
「勝つっすよ、センパイ」
「……!」
「4コスト使って! 自分はこのユニットを召喚するっす!」
たった今し方のドローによってブレイザーズの代わりに掴んだ次善ならぬ別善の新たな可能性。それをロコルは自身のファイト盤へと勇ましくプレイする。呼び出されたユニットの名は。
「来るっす、《立身の功・ミンメイ》!」
《立身の功・ミンメイ》
コスト4 パワー4000
「ミンメイ……?」
見覚えもなければ聞き覚えもない無陣営単色ユニット。裾の広い上着を羽織った古き中華然とした見た目の彼の登場に、アキラはその能力を知る前から咄嗟に「マズい」と悟った。それは紛れもなく彼の本能が訴える、これより行われる敵の猛攻の始まりを知らせる警句に他ならなかった。
「ミンメイの起動型効果を発動するっす! 一ターンに一度、自軍オブジェクトカード一枚を墓地へ送ることでデッキから一枚ドローできる! 更に! 墓地へ送ったオブジェクトが無陣営カードであった場合、そのターンのみ使える無色のコストコアをひとつ追加できるっす!」
「ッ、俺の《緑化》みたいにそっちもドロー加速とコアブーストを一遍に賄ってきたか!」
ここに来ての更なるリソース獲得の動きにアキラは苦虫を噛み潰したような顔を見せる。せっかく《山間宿》で追いついたと思った途端に突き放されてしまったのだからこの反応はさもありなんと言ったところだが、しかし大したリスクもなしに多量のアドバンテージを生み出す《山間宿》とは違いロコルの呼んだ《立身の功・ミンメイ》の効果には相応の代償が設定されているのだからそこで過度に悔しがるのもおかしな話である──とはいえ。この場合に限っては代償であるはずのコストこそがロコルの更なる後押しとなるからには、それが事前にわかっているからにはアキラのリアクションも決して大袈裟なものとは言えないだろう。
「ふふん。アド稼ぎは緑の代名詞っすけど、だからって他陣営がまったく緑に及ばないなんてことはないっすよ! ミンメイの効果処理! 自分がコストとして墓地へ送るのは《万端の鬼酒》! 充分にカードを引かせてくれたんで、この子はこれにてお役ご免とするっす!」
どーもありがとっすー、と軽い口調ながらに心からの謝意を感じさせるロコルの言葉に見送られ、無限に美酒を湧かせる瓢箪はミンメイの術によって墓地へと消えていく。それで満たされたのはミンメイが生み出すリターンの条件と、そしてもうひとつ。
「まずはミンメイの効果で一枚ドロー、それから条件適用で無色の臨時コストコアをコアゾーンに出現させるっす。これで自分が使えるコストは五つ、手札枚数は変化なしの四枚……更に! 自分の墓地へ新たにカードが増えたからにはどうなるか、もうセンパイにはおわかりのはずっすよね!」
「そりゃあ嫌でもな──俺はそれを阻止するために奮闘してたんだから、否が応でもわからざるを得ないさ。鬼酒が墓地へ行ったことでお前はドローとチャージの機会を得ただけでなく。その謎のオブジェクト《太極清廉図》のカウントをいよいよゼロへと持って行った!」
「さっすが、大正解っすセンパイ! ついにお互いお待ちかねの! 清廉図の封印が解かれちゃうっすよ!」
封印。そのワードにまたぞろ嫌な予感を激しく募らせたアキラが見つめる先で、清廉図の中央部に浮かぶ数字がとうとう『0』になった。カウントダウン完了。見事に除去から《太極清廉図》を守り抜きながら効果の発動にまで漕ぎつけたロコルは、その苦労に見合うだけの。いや、苦労以上の報酬を甘受することが許される。
施された封印が解除された未知なるオブジェクトの恐るべき効果。それは。
「──デッキ・手札からとあるユニットを呼び出す! つまりはセンパイのエリアカード《森羅の聖域》がやるような、特定ユニットの『直接召喚』効果ってことっす!」
「な……っ、」
ロコルの説明を耳にしてアキラは、大きくその双眸を見開かせた。




