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428.対等の戦局、互角のチャンス

(これは──、)


 クイックチェックによって引いたカードを確かめて、ロコルは一瞬だけ動きを止めて。それからその一枚を静かに手札に加えて言った。


「残念、クイックカードじゃなかったっす。やっぱこれだけの重圧の中ではそうそうクイックプレイはできないっすね」


「……?」


 そんなロコルへ、アキラは訝しむ目を向ける。目敏く見逃さなかったほんの僅かなロコルの表情の変化。それを彼女が隠そうとしていることも合わさって疑惑となるには充分だった──何を引いた? 何を誤魔化している? ほんの小さな手掛かり、だがそれは軽視してはいけないものだ。彼は考える。


(クイックカードを引いたには引いたけど、状況に合わなくて使えなかった……? いや、あの様子はどうもそういう感じじゃないな。むしろその逆。クイックで使えるカードでこそなかったが状況に合うカードを引いた。そう思った方がずっとしっくりくるぞ)


 この予想が的中しているとして、問題となるのはそれがどういったカードであるのか、だ。無コストでの即時プレイは前述の通り動きとして強力なもの。さっきはそれで《スフォニウスの泥人形クレイドール》というまだ効果不明の謎のクイックオブジェクトを場に出したロコルが、しかしそれに負けないくらいの反応を一瞬とはいえ見せた。少なくともアキラの目には僅かなロコルの変化がそれくらい重大なものに映った──からには、何かしらただならぬ一枚を引かれたと見做しておくべきだろう。


(……《山間宿》っていう制限カードのパワーでなんとかリソース勝負には追いついたけれど。それでも形勢を変えられたって程じゃあないんだよな。よく考えてみると──改めて考えてみなくたってあからさまに、ロコルの盤面は少しどころじゃなく不気味・・・過ぎる)


 謎のカウントダウンを淡々と進めている《太極清廉図》をなんとか効果発動前に除去せんと躍起になっていただけに、その「未知なる脅威」にばかり気を取られてしまうが。しかし何が起こるかわからない未知さを秘めているのは《スフォニウスの泥人形クレイドール》だって同様なのだ。一見してユニットにしか見えないその少女型オブジェクトもおそらくは清廉図に並ぶか、少なくとも見劣りしないだけの力があるはず。そうでなくてはクイックオブジェクトというニッチなカード種に属しはしない。つまるところロコルの場には、アキラからすると「わけのわからないオブジェクト」がふたつ並んでいることになる。


 予想が付かない、という厄介さ。何を警戒すればいいのかが見えてこない不透明さに比べれば、まだしも「アドバンテージ確保」と方向性がはっきり定まっている《万端の鬼酒》は清涼剤と言っていい。もちろん鬼酒は鬼酒でロコルの手札を回復させる目の上のたんこぶのような存在なのは前提として、それでも他二種の場にあるだけで放たれるじっとりとした圧力に比べればな嫌さであった。


(結局清廉図のカウントダウンは止められなかったし、クレイドールの方もどうにもできなかった。ロコルが山踏みを選んでくれていたらせめてどっちかは破壊できたんだけどな……ま、俺が望むのがそっちだってことは当然ロコルはその反対を選ぶよな。そこで選択を間違えるようならあいつはここに立っちゃいない)


 どういう思考を経て下した決断にしろ、ロコルはきちんと正解を選び取っていた。ドミネファイトの正解とはその場面では正しく思えても後の展開次第でそれが裏目だったと判明することも多々ある、一概に判断のつくものではないのがまた選択の難しさを底上げするわけだが──けれど先の場面、アキラが選んでほしかったのは間違いなく山踏みの方で、ロコルはそれを回避した。同程度のリスクを抱えていると知りつつも影縫いのアタックを受ける選択をした、それこそが今言える全て。少女の持つファイトの正解を掴み取る能力の証左であった。


 おかげでアキラは、清廉図は元より新たに設置を許してしまったクレイドールにも手が届かなかった……指先すらかからなかった。それが現在の状況を、アドバンテージこそ稼げても盤面上の影響としては皆無だったこのターンのあまり褒められたものではない戦況を形作っている要因。そのことが明らかなだけに彼としては「上手く事を運べた」などとは間違っても思えない。そこに加えての、またひとつ生じた不安の種。


(盤上のふたつだけでも充分に面倒だっていうのに手札にまで未知の脅威を抱えられてしまった。こうなると面倒どころじゃないぜ)


 引かれたのが万が一にも《太極清廉図》や《スフォニウスの泥人形クレイドール》を超えるような一枚であったならば。その時はもはや諸手を上げて天晴れとロコルの運命力。これだけ押し合いへし合いをしているオーラの激闘の狭間であっても遺憾なく発揮される卓越の引き運を素直に称えるしかあるまい……などと半ば冗談混じりに内心で息を吐きつつ、しかしてアキラは勝負に対する意気を欠片も落とさない。


(なに、悪いことばかりが起こっているわけじゃないんだ。リソース回復の速度でどうにか追い付けたっていうのは紛れもなく良いニュースで、それからもうひとつ。長らく負けていた『ライフコアの数』でようやく逆転できたことも、間違いなく追い風だ)


 三対四のままにしばらく膠着が続いていたファイトだが、此度のアキラのターンでの《森王の影縫い》の活躍──獅子奮迅の二連続ブレイクにより、三対二へとライフ数の変動が起きた。いよいよ決着も近づいてきたこの終盤戦においてライフのリードを奪えたのは重大な事実だった。数字上で言えばたった「1」の差が、実際の数よりもずっと大きい。そう感じているのは奪ったアキラ以上に奪われたロコルであろう。そう考えると何も苦い思いをしているのは自分だけではない。とアキラは気付かされる。


 ロコルだって限界の瀬戸際を歩いているのは同じ。互いに綱渡りをしながらもう一本の綱を引き合っている、そう評すべきが今の戦局。一手のミスがそのまま勝敗の分かれ目になりかねないギリギリの切り結び──決定打・・・は今この瞬間にも打たれるのかもしれない。いつ終わってしまっても不思議ではない、そうヒシヒシと感じながら虎視眈々と先にそれを放つのを狙っている。で、あるならば。


 アキラは。


「やれるだけのことはやった。影縫いの二撃目によるチャージで俺にはまだ使えるコストコアがひとつ残っているが、生憎と1コストで使えるカードは手札にない……ターンエンドだ。今度はお前のチャンスだ、ロコル」


「!」


 ロコルには彼が何を言わんとしているのかすぐに察せられた。


 チャンス、とは影縫いや《山間宿》によるリソース確保を指しての言葉ではない。それを成した自身の成功を誇示するためのものではなく、むしろ逆だ。オブジェクト除去という当初の目標チャンスを不意にした己が失敗を揶揄し、それになぞらえて挑発・・しているのだ。即ちロコルも同じようにチャンスを逃すと、清廉図にしろクレイドールにしろ他の何にしろ彼女のやろうとしていることも失敗に終わると──「俺がそうさせる」と暗に。否、どこまでも明言しているのだ。


 それを受けてのロコルの返事は、もちろん。


「言ってくれるじゃないっすか。いいっすよ、そのお言葉通りにチャンスを物にさせてもらうっす。センパイがビビッて仕方のない自分のオブジェクトたちの真の力を! 刻み込んであげるっすよ!」


「……!」


 アキラが、そして講堂中の誰もが息を呑むほどの鬼気迫るオーラを纏いながら。ロコルは己がデッキへと手を伸ばした。



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