426.極悪の《山間宿》
──6コストというオブジェクトとしては重い一枚を即打ちしつつ《万端の鬼酒》で追加ドローまで行う。盤面にも手札にもカードを増やすこれまた欲張りなやり口、そしてそれが《万端の鬼酒》の真なる活躍の仕方であることを察してアキラは「してやられたな」と口内で小さく呟いた。
(鬼酒のオブジェクトに反応してドローする効果には一ターンに一度しか使えない制約がある……だけどそういった条件適用型のターン一効果の多くがそうであるように、鬼酒のドローは『相手ターンでも』条件さえ満たされれば発動が可能! どちらのターンにも使えたらロコルは実質、毎ターン二枚も手札を回復させられることになる)
これは《無銘剣ブレイザーズ・ナイト》も同様である。効果の系統としては厳密には鬼酒と異なるが、ブレイザーズの「カード名」にかかっているターン一制限のある登場時効果。デッキからオブジェクトをサーチしてそれが無陣営であれば無コストで場に設置できるという能力も、ロコルは自分・相手ターンの両方において限りなく効率的に運用していたことは記憶に新しい。まさしくその戦術によって、無陣営オブジェクトデッキを公に初披露した対ミライ戦──あの激闘たる試合を制したと言っても過言ではない。
つまるところロコルは、そういった強力だが無条件には使えないターンに一度の効果の扱いに一家言あるということ。その活かし方のノウハウが身についているために、より明らかである。《万端の鬼酒》の採用はまず間違いなく自ターンのみならず相手ターンでの起動も視野に入れてのもの。クイックオブジェクトという変わり種を複数投入可能なデッキを使っているからこそのリソース回復の仕方だと、ここでようやくアキラは理解したのだ。
「ちょっとまずいな。《収斂門》による初期化の被害を受けたのはお互い様とはいえ、それはお前が望んで引き起こした被害。完全に被害者の俺と加害者でもあるお前とじゃ心構えが違う──構築段階での想定の仕方が違う。ちゃんと用意してあったってことだな。リセット効果を使わざるを得なくなった先で、ちゃんとその状態からでもいち早く『手を整える』ための手段を!」
「もちろんっすよ。一旦五分五分に戻せればそこから運任せの出たとこ勝負でいい、なんて豪胆な考え方ができる性格は自分してないっすから。《万端の鬼酒》は設置にコストを割いてもそれ以上のリターンを生んでくれるいいカードっす。直接は盤面に影響せずとも採用の価値は十二分にある。ドローの条件からしてリセットの前でも後でも自分のデッキでは大いに活躍してくれる、そう判断したが故の採用っすよ」
なんの用意も無しに大きく動けないのはアキラだけでなくロコルのデッキだって同じだが、けれど両者のアドバンテージの稼ぎ方には微妙な差異がある。そしてその小さな違いがリセット後の大きな違いに──互いにカツカツな状況から始めるリソースの回復速度の確かな格差へと繋がっていく。そこまで想定して作られたのが彼女のデッキであり、当然ながらそこは明確にアキラの想定を超えている。
ただし、想定や意図の有無は別にしてもアキラの主軸陣営は緑。基本五陣営の中でも特段に連携力に重きを置かれた色であり、連携とは畢竟、個と個が強く結びつき合ってより大きな力を生むこと。要は陣営単位でリソースやアドバンテージの確保に向いているのが彼のデッキであるからして。
「俺も負けてられないな。三つのコストを全てレストさせて、スペル《山間宿》を詠唱する!」
「《山間宿》……!!」
緑単色スペル《山間宿》。その使用にこれだけロコルがリアクションを取っているのは当然、そのカードの効果を知識として持っているから──いや、より正しく言えば。
そのカードの強力さをよく知っているからだ。
「自分の場にいるレスト済みの緑陣営ユニットの数だけこのスペルは詠唱コストが下がる。俺の場では《森王の山踏み》と《森王の影縫い》の二体がレスト状態のために本来の5コストから2を引いて、3コストでプレイすることができた。影縫い様々だ」
「……影縫いの【疾駆】とチャージ効果がなければ2コスト分足りていなかったっすもんね」
思った通りに面倒を呼び寄せてくれたものだ、と影縫いの能力に抱いた予感が最悪の形で的中したことにロコルは眉根に深いしわを刻みながら舌を打った。そんな態度を取ってしまうくらいに、そこまで胸中を態度へ全開に表してしまう程度には、アキラの唱えたスペルは最新弾で登場した歴史の浅いカードながらに人々に知れ渡っている代物だった。
「最新の最希少カードのひとつ! 緑を使うデッキなら絶対に入れなきゃならないある種の縛りとも言える極悪スペル《山間宿》。その効果は確か──」
「──自分の場のレスト済みユニットを全てスタンドさせ、その内の緑ユニットの数だけカードをドローする。ただしこのスペルの発動後、唱えたプレイヤーはターンの終わりまで種類を問わず一切のカードをプレイできない」
「……何度聞いてもふざけた効果っす」
悪い意味で有名なカードだ。ロコルなら当然に知っているだろうと予想しつつも自身の口で効果を説明したアキラは、案の定の彼女の返答に再び苦笑を漏らした。ただし少女への称賛も込められた先のそれとは異なり、今度の彼の笑いには大いに自嘲的……というよりも自重的な響きがあった。使用者自身がそうやって思わず笑ってしまうのが、この《山間宿》ということだ。
「わかりやすくアドバンテージを得るために強烈なデメリットも付属したスペル……だったなら良かったんすけどね。そういう扱いに一癖出るカードはたくさんあるし、お手軽かつ多量のアド稼ぎができるのになんの制約もなしじゃドミネイションズの要であるコスト論が破綻しちゃうっすから──まさにその《山間宿》みたいに、っす!!」
「はは……いやごもっともだ、俺もそう思う。だってこれメリットとデメリットがてんで釣り合っちゃいないもんな」
詠唱後にはターン終了までその他一切のカードの使用が叶わない。これだけ聞くと凄まじい制約であるように思えるが、実態はそうではない。そんなものは他に使いたいカードを全て使い終わったあとにプレイすれば実質的になんの縛りにもならないからだ。特に《山間宿》の全体スタンド効果はターンの締めにぴったりであり、ドローしたカードを即座に使えないことには(使用者にとって)多少のもどかしさもあれど、言ったようにそれを前提に唱えればいいだけなのでデザイン上の弱点と言えるほどのものではない。
「そこもおかしいっすけど、もっとおかしいのはそんなアド稼ぎスペルに自己コスト軽減まで付いていることっす。それがなければまだマトモと言えなくもないのに、レスト済みユニットの数だけコストが下がるって……しかもそれを展開力に優れた緑でやっちゃうって、ちょっと常軌を逸してるっすよ」
一応、詠唱コストは1より下にならない。つまりは無コストでは唱えられないという些細な制限も設けられてはいるものの、本当に些細が過ぎる。このスペルが1コストで唱えられる場面とは要するに、アタック済みのユニットが最低でも四体スタンドし、その上で四枚ものドローが行われる状況だ。緑陣営のユニットが【疾駆】や【好戦】といった攻撃的なキーワード効果持ちを多く有する点も踏まえればそんなシチュエーションがどれだけ恐ろしいかは推して知れるだろう。
故に緑を扱うデッキであれば、特に単色構築であるなら採用しない理由がない。四十枚の内最低でも一枚は確定枠として《山間宿》を入れねばまずデッキ構築がスタートしない、とまで言われているのだ。無論それはレア中のレアたるそのスペルをまず保有していることが条件ではあるが──。
(持っているし、採用もしている。そしてこの場面で持ち出してくる! 宣言通りにまったくもって容赦がないっすね、センパイ……!)
さすがのロコルも単純明快に過ぎるパワーカードを前に、飄々とした笑みは見せられなかった。




