422.清廉図攻防!
鎮座する大台へと狙いを定め駆ける下支え。主人からの命令を忠実に遂行せんとする彼の前に、突如として薄く透明な壁が現れて進路を遮った。
「!? これは……、」
「手札からカードを一枚捨てて、無コスト詠唱! 無陣営スペル《ショック!》の効果を適用するっす!」
「っ、相手ターンに無コストでプレイするだって──!」
それはまるでクイックカードの即打ちではないか。いや、ライフコアのブレイクで手札に来なければ無コストでの使用が叶わないクイックカードよりも、手札の犠牲を強いられるとはいえ自分のタイミングで唱えられるスペルとなれば利便性の面において遥かに上だと言えよう。そのことに驚くアキラへ、ロコルは。
「いやいや、そこまで優れもんってわけではないっすよ。《ショック!》の使用によって自分の手札は残り一枚……見ての通りに手札コストが重たい場面では大体が『コスト外コスト』を要求しないクイックカードの方がありがたいっすし、なんと言ってもこのスペルは発動可能なタイミングが限られているもんすからね──だけど今はそれにバッチシのタイミングっす!」
壁にも怯まず、この立ち塞がる邪魔ごと目標たる《太極清廉図》を破壊してみせんと拳を振り被る下支え。細腕ながらに山踏み仕込みの巨力をそこに宿している彼の殴打ならば壁の一枚や二枚など物の数ともしないだろう。ただしそれは、その壁が単なる物理的な邪魔に留まっていればの話だが。
「《ショック!》の効果は単純明快! 相手ユニットのアタック時にのみプレイでき、そのユニットを破壊するっす! この効果で破壊されれば当然アタックは不成立になるっす──山踏みの能力を引き継いでパワーアップしているとは言っても下支えに耐性の類いの効果はない! よって《ショック!》による破壊は防げず、自分の《太極清廉図》は無事っす!」
「……!」
フィールドではロコルの言葉通りのことが起こっていた。生半な障害など容易く突き破れるはずの下支えの拳が、薄く見える透明の壁を破れなかった。完全に受け止められてしまっている……だけでなく、直後に響いた撃音。下支えが殴った瞬間にはなんの物音もしなかったというのに、あたかもそれによる衝撃がそっくりそのまま彼自身に跳ね返されたかのように。激しい衝撃が少年の体内から発生し、「かはっ」と声にならない苦悶を口から零して下支えはその場に倒れ伏した。役目を終えた壁の消失と共に、彼もまたフィールドから消えていく。その光景をまざまざと見せつけられながらアキラは言った。
「……自身の効果で蘇った《森王の下支え》が墓地へ行くとき、代わりにゲームから除外される」
「おっと、そんなデメリット効果も持っていたっすか。自己蘇生&他カードを守る能力は簡単に使い回せるものじゃなかったってことっすね。んじゃ、自分の方も効果処理を進めさせてもらうっす。《ショック!》とその発動のための手札コスト、合計二枚が自分の墓地へ行ったことで《太極清廉図》のカウントが2進むっす!」
「また2カウントか……」
忌々しく呟くアキラもなんのその、清廉図の中心部分のすぐ上に浮かんでいるおぼろげな数字が『3』から『1』へと数を小さくする。あと一枚。新たにもう一枚ロコルの墓地ゾーンにカードが増えるだけで、大台に込められた未知なる能力が発動してしまう。それを許すわけにはいかない、と思うからこそ何をするよりも先に下支えに攻撃させたわけだが。しかしそれを躱されるばかりか返り討ちにまでされてしまったのはアキラとしては非常に手痛いことだった。
「急いで退かすつもりがかえってカウントを進める結果になったのは、とっても残念っすね? センパイ」
「……そうでもないさ。確かにアタックが通らなかったのは残念としか言いようがないけど、だからってしょげたりはしない。なんてったって下支えだけが頼みの綱ってわけじゃあないんだからな」
「!」
あげつらうようなロコルの言葉にも意気を落とさず、アキラは手札から一枚のカードを抜き出して。
「俺にはたった今ドローしたこいつがいる──コストコアを四つレストさせ、召喚! 来い、《森王の覚まし人》!」
《森王の覚まし人》
コスト4 パワー2000 【守護】
下支えと同じく大きくしなやかな葉で編み込まれた、言わば聖域産のローブを身に着けた女性型ユニット。下支えよりも年上であろう彼女はたった今散ったばかりの仲間の無念を汲み取るように両手を組み、そして聖なる森へと祈りを捧げた。
「《森王の覚まし人》の登場時効果を発動、俺は墓地の『森王』ユニットを一体選んで蘇生させることができる! 俺が復活させるのは今やられた下支え──では、もちろんなくて! 墓地に眠るもう一体の『森王』ユニット、《森王の山踏み》を蘇生召喚する!」
《森王の山踏み》
コスト8 パワー5000 【好戦】
「またイノシシさんの登場っすか!」
再び出現した山のような巨体を見上げながらロコルは顔をしかめる。《森羅の聖域》という専用エリアカードによってフィールドとデッキを行き来する『森王』にも、蘇生という普遍的な召喚手段がカテゴリ内に存在していたのか。意外と言うべきかアキラが『ビースト』の代わりとするくらいなのだからそれくらいは当然だと思うべきか……とにかくだ。「大型ユニットへ繋げればいい」というなんとも大味なコンセプトでいながら『森王』は動きに隙のないカテゴリである。
聖域の効果の都合上、より強大なユニットを呼ぶためには場の──それもなるべく高コストの──ユニットを減らさなければならないという根幹に備え付けられた制約が隙と言えば隙。なのでそれ以外の部分は程良く手堅くまとまったデザインになっているのだろう……とドミネイションズの開発元であるドミネコーポレーションの思惑にまで思考を馳せつつ、されどロコルは目の前の脅威から逃避しているわけではなく。きちんとこの先のアキラの行動のシミュレーションも同時に進めていた。
(《森王の山踏み》はオブジェクトもエサ(・・)にしてしまえるとんでもないでユニットで、しかも【好戦】持ち! となればセンパイは当然──)
「攻めるぜ、ロコル! 山踏みでアタック! 攻撃対象は当然《太極清廉図》だ!」
自身の能力を受け継いだ下支えが仕留め損ねた清廉図を、山踏みはひと睨みしてから巨躯を押しての突進を開始。あたかも仲間の仇を取らんとするように前ターン以上の迫力を漲らせて突き進むその塊に、しかしロコルは「NO」を叩きつけた。
「そうはさせないっすよ。センパイが覚まし人っていう第二の矢を番えていたのなら、自分の第二の盾がこれっす──墓地からオブジェクトカード《爛漫のアミュレット》の効果を発動!」
「! 墓地からオブジェクト効果だって!」
此度は壁ではなく、《太極清廉図》を膜が覆った。虹色の輝きを放つそれがなんなのか山踏みには理解できていなかったし、理解しようという気もなかった。彼はただ壊すべきものを壊すだけ。何があってもただそれを貫くのみ──そんな気概の下に敢行された全てを打ち砕く体当たりは。
「──通じない、か!」
「ご愁傷様っすね。《爛漫のアミュレット》が自身の効果で墓地から除外されたことで、このターン自分の場のオブジェクトは全て『一度きりの破壊耐性』を得たっす。山踏みが破壊したのはその耐性のみ、肝心の《太極清廉図》はまたしても無事っすよ!」
「く……!」
全力の突進に返ってきた気持ちの良くない手応え。そして健在である清廉図をより強く睨む山踏みと、プレイヤーたるアキラの姿は限りなく重なっていた。




