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421.互角

 カウントダウンを終えることで初めて秘められし効果を発動させる《太極清廉図》、という謎のオブジェクトカードへどう対処するか。その最適が『カウントゼロを待たずに除去する』ことにあるのは悩むまでもなく明らかである。


 あるいはこれ見よがしなカウント自体がまたしても罠で、数字がゼロになる前に破壊されて墓地へ行く。それが条件で発動する効果も清廉図は持っているのかもしれない──そしてそれこそをロコルは真の目当てとしており、山踏みの能力を受け継いだ下支えによる除去を明言したアキラの行為は、まさに彼女の描いた青図そのままであるかもしれない。そういう予想を立てることだってできはするけれど、アキラは既にその可能性をほぼ捨てていた。だから。


「──そりゃ普通はそう来るっすよね。カウントを引き延ばしたり、あるいはカウント後の効果を色々と予測して対策を立てたりするよりも、《太極清廉図》がその真価を見せる前に退かしてしまえばいい。それが一番うまい対処の仕方だってのは疑う余地もないことっす。自分だって逆の立場なら同じことをしようとするっすよ」


 と、まるで慌てず騒がず。自身にとって歓迎できない流れとなっている現状を、むしろ計画通りだと言わんばかりに。こうなるように願っていたくらいだと主張せんばかりに余裕綽々の態度でもって頷く少女の、あまりにが際立ち過ぎてもはやそれが本気なのか虚偽なのかまったく判断の付かない曖昧模糊とした出で立ち。演技者としての本懐を遂げる彼女なりの『全力』……常人なら思考の袋小路に嵌ってしまうであろうそれを前にしても、アキラの心がブレることはなかった。


「惑わそうったって無駄だぜロコル。さっきは誘いと気付かせずに誘い込んだ。今度は誘いを匂わせた上で俺に二択を突き付けたつもりなんだろうが……乗るか反るかの決断はもうできている。お前が《太極清廉図》にかけている期待は間違いなくカウントゼロで起こる『何か』によるもの。それが中断されることじゃあない」


 この判断に根拠はなかった。何か明確な証拠あっての断言ではなく、ただの勘によるものでしかない。だからこそ迷わない。先の誘いに見事に引っ掛かったという伏線・・は通常、次の交差路において更なる悩みを誘発させるものだが。そしてそうなることをロコルは狙っていたのだが、けれどアキラは次なる罠に捕らわれなかった。彼はその逆に、一度かかってしまったからこそ決断力が増した。思考の罠に対する察知能力が底上げされたのだ。そんなあべこべもいいところの作用が生じるなどと──。


 いいや。アキラならやはり、そんな「あり得ない」も断然に「あり得る」。


 獰猛にも思える笑みを向けてくる彼の眼差しに、その言葉に、論理的に裏打ちされたあらゆるものが介在していないことを察してロコルはやれやれと肩をすくめてみせた。


「勘弁願いたいっすね。センパイの理屈を問題視しない在り方は、敵として向かい合うと途端に重過ぎるっす……だからそんなにも貪欲に成長できるんすよね。きっとそれこそがセンパイの『天凛』。最初から完成の域にあって、それだけ強大な力を過不足なく操れたエミルとは対極にして同質の才能。疑う余地なしの天よりの祝福──打ち崩してみたいっす。自分の、自分だけの、自分だからこその力で。天井知らずの貪欲さに頭を垂れさせたい! 真に願うはそればかりっすよ!」


「……!」


「ってことで、自分はこれでターンエンドっす!」


 気炎と共に吐かれたエンド宣言。その屈託や衒いのない真っ直ぐなロコルの様子にアキラは思う──「やはりそうか」と納得を深める。


(《太極清廉図》は途中で破壊されてこそ真価を見せるオブジェクト、ではない。その予想自体はおそらく当たっている……俺はきっと正解を引いている。だけどロコルにはそうなった時のための別の『用意』があるんだ)


 即ち清廉図がカウントを終える前に狙われてしまう事態への、備えというものを。彼女は虎視眈々と握っている。他ならぬその手札の中に抱えているに違いないとそう考える。否、そう


 それが何故手札にあると「位置」まで予測できるかと言えば、答えは簡単だ。墓地やフィールドに該当する札がないから。アキラの確認できる範囲に《太極清廉図》を守れるようなカードが存在しないからである。だというのにわざわざロコルへ──彼女得意のブラフ技への意趣返しも兼ねて──行なった対象を明言してのアタック予告。それに対して彼女は対策に悩むでもなくあっさりと飲み込み、その上で挑発的に意気を高めまでしている。そこに先同様のブラフの匂いはしない……なればこそ明らかだ。


 アキラからは決して見えない場所。つまりは未公開領域である三枚の手札の中に、彼女がとっくに清廉図を守るための手段を確保していることは確定的である。アキラはそれを思考で判じ、直感で信じた。


「俺のターン。スタンド&チャージ、ドロー!!」


 スタートフェイズ。アキラのコアゾーンには六つの輝きが宿り、手札は四枚となる。ファイトが終盤戦に突入していることを思えばどちらも潤沢とは言いづらく、またフィールドにもユニットは一体。しかもそれがコスト3の小型ユニットである点も踏まえるなら彼の状況はあまりに悪い。緑陣営の連携力をふんだんに使いリソースの管理に長けた戦い方をするアキラらしくもない「手の伸びていない」戦局だ──が、しかし。戦局の優劣とはあくまで相対評価。彼のとなるロコルのフィールドも決して整っているとは言い難く、手札やコストコアにおいても大差のない現状、常ならぬ『枯渇』の崖を背にしているとはいえ必ずしもアキラばかりが不利を背負っているとは称せないだろう。


 互角である。客観的に見て──それは文字通りに観客席からの目線も含めたこのファイトを目にしている者たち総じてのものだ──まだ決定的と言えるだけの差は、致命的な一撃は発生していない。どちらもそれを食らうことだけは回避しているのだから、つまり。先にそれを決めることのできた側が一気に勝利に近づくのは確定している。


 ここまでの攻防全てが、そしてここからの攻防全てが本命にして牽制。いずれ確実に「ぶち当てる」と決意しているその一撃を押し通さんとする丁々発止にして意地の張り合い。殴り合いのままに達したこの局面において彼が先んじて仕掛けにかかったのを、オーラの激震から誰もが察した。


 当然、それを真正面から受けているたった一人たるロコルも。


「ッぅ……!!」

(自分の全力のオーラも関係なし……! 『剣閃』でもなしに、純粋な出力だけで抑制を撥ね退けられた! こっちの昂りに応えて、それ以上に止めどなく、止めようもなく! 正しく天井無しにして底無しっすね、あなたは!)


 じっとりと全身に湿ったものを感じながら、それでもロコルは笑った──アキラに負けじと壮健に、獰猛に、貪欲に笑みを作った。どこまでも高みへ行かんとする、かつての怪物エミルにも劣らぬもう一人の暴君。それが惜しみなく振り撒く全開のオーラを浴びられる幸運、そしてもうすぐ味わえる、こんな最強を己が手で組み敷ける栄光と興奮を思い浮かべて彼女は猛る、猛る、猛る。熱く灼熱く豪熱く塵熱く奥底から迸る。


 たとえここで、今この瞬間に生涯が終わっても悔いはない。悔いを残さないように、一心に彼だけを想い詰める・・・・・


「まずは攻める、ユニットでアタックだ! 山踏みから付与された能力により《森王の下支え》が攻撃対象とするのは──予告通り《太極清廉図》だ!」


 少年の纏う木の葉のローブが、聖域の広場で翻った。



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