42.退学決定!?
たった今引いた《大ミズチ》を見つめてから、微笑んだままチハルはそっと顔を上げた。それで対面のアキラにもクイックカードを引けなかったことが悟られたようだ──つまりは自分の負けが確定した。だが、最後に引けたのが大好きなエースカードであったのは、彼にとってそう悪いことではなかった。
「──ファイナルアタックだ。《ビースト・ガール》でチハルくんへダイレクトアタック!」
「…………」
新山チハル、ライフアウト。勝ち星を手にしたのはアキラとなった。無言のまま砕け散ったライフコアの破片が消え行く様を眺めたチハルは、《大ミズチ》をデッキに戻してため息をついた。
勝てなかった。退学のかかった、崖っぷちのファイト。必ず勝利せねばと自分にしては珍しく勝ち気で挑めた勝負にも結局は負けてしまった。それ自体は残念極まりないが、しかし仕方ない。後半からは今出せるだけの全力を出せた。その上で及ばなかったのだから、これは順当な結末でしかないのだ──。
「アキラくん。僕は脱落してしまうけど、君は絶対にこうならないでくれよ。僕の分までこの学校で学んで戦って……いつかプロになって活躍してね」
「チハルくん」
敗北を受け入れつつ、しかし悲しみを隠せずにいるチハルへアキラが言葉をかけようとした、その時。
「若葉アキラ」
「は──はい」
二人の会話を遮って、一番近くでファイトの観戦をしていたムラクモがアキラの名を呼んだ。
「勝ち星を得たのは君の方だ、おめでとう。押し返された場面もあったが全体的に危なげのない良いプレイングだったと言える……トドメの刺し方を除けばな」
ジロリ、と勝利を祝福するようなムードだった彼の雰囲気がそこで様変わりし、厳しい目付きで壇上からアキラを見下ろしてきた。そうしてムラクモは問いかける。
「どうして先に相手ユニットを処理してからライフコアを攻めなかった? お前の《ビースト・ガール》ならそれが可能。そしてお前自身も本試験ではそういった詰めを誤らないファイトができていた──それを何故今回は実践しなかったのか。理由を答えろ」
「それは……最後のドローでもう一枚の《暴食ベヒモス》を引いたからです。そして俺の手札には、場に『アニマルズ』がいれば自分が【疾駆】を得る《デンコウ・バード》もあります」
「……! なるほどな」
カード名をあげられただけでムラクモはアキラの考えの全てを理解した。DAの教員としてそのくらいのことは朝飯前である。
アキラは最後のターンに6コストを費やして《暴力ベヒモス》を召喚したが、それでも未使用コストコアはまだ六つ残っていた。もう一体追加で召喚できるだけのコストはが確保されていたのだ。《デンコウ・バード》に関してもそのコストは4。こちらも召喚圏内だ。その二枚を控えさせた上でアキラはダイレクトアタックを敢行した。それは仮にチハルがたった一度のクイックチェックで上手く逆転のカードを引いたとして、そしてそのカードがどんな種類であったとしても対応できる。そういう自信があってこそのプレイであり、そして実際に何を引いてもチハルは高確率で負けていただろう。
ファイナルアタックを防ぐために意味あるカードと言えば、【守護】を持つクイックユニット。あるいは除去のクイックスペルのどちらか。守護者ユニットが出てきたならアタックの前にベヒモスで退かせば済み、除去スペルで《ビースト・ガール》が破壊されても《デンコウ・バード》というもうひとつの攻め手がある以上、何も問題にはならない。両面どちらにも備えていたということだ。
懸念として、ガールと一緒に《デンゲキ・バード》も《暴食ベヒモス》もまとめて破壊されてしまえば場に『アニマルズ』が不在となり、《デンコウ・バード》が【疾駆】を得られない可能性もあるにはあったが。しかし緑陣営のクイックカードでそれができるものは現状存在しない。複数のユニットを除去するにしても《ワイルドトラップ》による二体破壊が最高だ。《大自然の掟》に並び緑をメインとする構築において人気の防御札であるので、おそらくどちらもチハルのデッキにも入っているはずだが……けれどそのどちらを引いていてもアキラの攻勢を崩すことはできなかった。
要するにターンを明け渡した時点でチハルの敗北は決定していたことになり、あのアタックの判断の早さからしてアキラは二枚目の《暴食ベヒモス》を引いた瞬間にここまで考えて結論を出していたのだろう──だとすれば最後のプレイングにも納得がいく。
(まあ……同色のコストコアがなくとも発動できるクイックカードだけ別の色を採用するというトリッキーな構築もあるにはある。あそこで黒や白の全体除去を得意とする陣営のカードが飛び出てこないとも限らない……構築難度の高さからして低確率ではあるが、まったく考慮から外すことはできん)
アキラがその「万が一」をどこまで思慮に入れて警戒できていたか。あるいはまったく無警戒だったのかはムラクモをしても判じられるものではないが、もしも考えが及んでいなかったとしても求められるプレイングとしては充分だったろう。あくまで新入生としては、という注釈付きではあるが。
「疑問は解けたよ、ありがとう。ファイトの内容に関しては……なかなか良かったと思う。及第点以上はある。二人とも、やれるばできるじゃないか」
「「……!」」
思わぬムラクモからの称賛に揃って驚くアキラとチハル。二人のそのリアクションには少なからず喜色も滲んでいたが、しかし。
「何故それを最初からやらない」
そう言われてピシリと二人は固まった。
「今のファイトこそ見所はあった。だが同級生を相手に四戦して一度も勝てないような生徒がこのDAに相応しいかと言えば、な。迷うところではあるが俺も嘘つきにはなりたくないし、嘘つきになってもいいと思えるほど光るものがあったわけでもない。ここはやはり宣言通り敗者には退学してもらうとするか。……それでいいな? 新山チハル」
「っ……」
視線の圧を強めながらムラクモはチハルへそう言った。質問の体を取ってはいるが有無を言わさぬその口調。敗北してしまったことは覆しようのない事実であるだけに、チハルとしては何も言えない。震える両手を体の横でぎゅっと握り締めて、うつむいて、瞳に涙をたたえて。可哀想なほどに縮こまりながら「はい」と答えようとしたチハルを──アキラの言葉が止めた。
「待ってくださいムラクモ先生」
「なんだ、若葉。俺は今新山と話をしているんだが」
「俺だって彼と退学をかけて戦った当事者です。その立場から言いたいことがあります」
「……聞いてやろう」
「今のファイトに多少なりとも退学させるのを躊躇う要素があったのなら、そこは思いとどまるべきなんじゃないでしょうか。それこそこの先、先生が嘘つきになってもいいと思えるくらいにチハルくんが輝く時が来るかもしれない──いえ、きっと必ず来ます。だけど学校から追い出してしまえばそれも叶わない。そうなるとDAにとっても損失のはずです」
「この先ではなく今ここでそれを示してもらいたかったんだがな。……生徒の除籍が学校側にとっても損失である、というのはその通りだ。だが相応しくない者を追い出すのはそいつ自身のためでもあり、学園の質を維持する意味でも不可欠な行為。明確な基準を設けることなく『将来性』などというふわふわとしたものに期待を寄せて甘い裁定を下すことはできんよ」
「…………」
にべもない調子で提案を否定するムラクモ。それを聞いてアキラは短く黙考し……次に口を開いた時、彼は「だったらこういうのはどうですか」とひとつの提案をした。
「『将来性』では思いとどまれないと言うのであれば、『今すぐ』に証明の機会をください。見所があると言ったのは先生で、才能があるとDAが認めたから俺もチハルくんもここの生徒になれた。だったらもう一度くらいチャンスはあってもいい」
「退学を免れるチャンスか」
「いいえ。学校側が判断を誤って、せっかくの才能を捨ててしまわないためのチャンスです」
「……ほう」
強気なアキラの言葉に、ニヤリとムラクモは酷薄な笑みを浮かべた。




