419.託される巨猪の力!
考えてみればこれは、十二分に推測できたことだった。
まだ見ぬ第三の効果、その有無にばかり気を取られたせいで「使われる前に退かす」思考が急いてしまったロコルだが、しかしだ。それが「退かしたからこそ発動してしまう」効果である疑いも彼女は持っておくべきだった──そんなイフは考えるだけ無駄だと、所詮答えの出ない問いだと捨て置くのは簡単だが。その指摘が正しいものだったとしてもロコルは、若葉アキラという最強の敵に打ち勝たんと決意している彼女は、そこまで読み切る努力を放棄してはならなかった。
(《森王の山踏み》の弱点。こちらの場を荒らし回る効果を持った巨獣の明確なウィークポイントは、他ならぬステータスの低さ! 自分が『第三の効果』を疑う理由となったそれそのもの……であるならば、そこにこそ効果の詳細のヒントが隠されていると先に見抜けてもおかしくなかった──いや。見抜いておくべきだったんすよ、自分は!)
パワー5000。8コストの大型ユニットとしては低過ぎるそれは、けれど彼が有するアタック時に相手ユニット全体をパワーダウンさせる効果と合わさって実質的な8000打点に等しく、ならば決して低水準ということはない。一般的にコストが重くなればなるほど差分以上にパワーは向上していくもので、その論で言えば8コストで8000はそれでも「高パワー」と称せない程度ではあるが、彼には他のユニットにはできない『バトルでオブジェクトやエリアを屠れる』という唯一無二の能力がある。その点を踏まえれば実質のパワー8000は及第点以上の火力だとも言える……そこまでロコルは考え、考えたからこそ厄介極まりないユニットであると結論付けて《森羅の聖域》共々早いところのご退場を願おうとしたわけだが。
ただそこで彼女はもう少しだけ踏み込んで考えるべきだった。あと一歩でも思考を進めていれば、8000打点とは言ってもあくまでそれは山踏み自身が攻め入る際に限った話で、殴り返されるときには。即ちアタックを受ける側となるシーンにおいてはパワーダウン効果が発動されず、素のままの5000打点で戦わねばならないこと。その見た目からは想像もつかない「打たれ弱さ」──ひいての「殺られやすさ」にこそ山踏みの暴れん坊ぶりに隠されたもうひとつの側面があると、そこまで見通すことができたなら。彼女にはもう少し選択肢が増えていたことだろう。
(コストに見合わず除去されやすい。『森王』の重ユニットにそんな特徴があるのならそこには必ず何かしら意味がある……と、エミルあたりなら息をするよりも当たり前に看破したはずっすね)
彼なら墓地効果の存在だけでなく、その中身まで事前に見通していただろう。本人は半年前から『目』を衰えさせてすっかりと先見の精度が悪くなってしまったと嘯くが、それが仮に事実だったとしてもこのくらいのことなら涼しい顔でやってのけてしまう。そうして墓地効果を受ける前提で策を整えるか、あるいは先んじて手を打って墓地効果の使用自体を封じるか……とにかくそのように「相手の思うようなプレイ」など絶対にしないし、させないだろう。
そんなとんでもない、まさに怪物的なドミネイターになんの加減も容赦もない真剣勝負で勝利してみせたのが、若葉アキラ。ロコルと向かい合うその少年であるからして、彼女に求められるハードルはどれほどの高みにあるかは推して知れるというもの。
故に。
「手落ちと認めるっす。しょーじき言って功を焦ったと自分でも思うっす──いくら上手くいけば二面処理だからって、その裏で《太極清廉図》のカウントも進められるからって、そういう手前のあれやこれを鼻にかけてちょっとばかし吟味が足りていなかった。逸りに乗った拙いプレイングだったっす」
受け入れる他ない。此度罠にかかったのは己の方なのだから。迂闊に山踏みに隠された効果を発動させてしまったのは自分自身なのだから、その顛末についてみっともなく不満を漏らすような真似はすまい。臍を噛む内心をそのまま表現したりはしない……そんな態度はこのファイトにまったく相応しくないものであるから。そう思うから彼女は、ニヤリと挑戦的な笑みを作って。
「で、自分にこうも後悔をさせるからには。それだけのことをやってくれるんすよね、センパイ? これで山踏みの隠された効果がなんちゃないものならガックシもいいとこっすよ」
「なんてことのない効果かどうかはすぐにわかるさ──効果処理だ! 《森王の山踏み》は相手によって墓地へ行った際、自軍の場の種族『アニマルズ』ユニット一体のパワーを自身のパワーと同じだけ、つまりは5000! アップさせる!」
「!」
「強化対象に選ぶのは、俺の場にいる唯一のユニットである《森王の下支え》だ!」
《森王の下支え》
パワー3000→8000
一見すると種族名に似つかわしくない、どこからどう見ても人間である──『ビースト』ユニットなどに見られる獣人らしい特徴さえない──下支えだが。しかし彼もまた他の『森王』と同じく属する種族は『アニマルズ』で相違なく、自然の力と密接な関係にあるその少年はともすれば賢人や山踏み以上にそれを名乗るに相応しい存在とすら言えた。よって『アニマルズ』指定強化の恩恵を授かるになんら不足なし。美麗痩躯の少年は外見上の嫋やかさはそのままに、なんと受け取った力の元の持ち主たる巨猪とも真正面から組み合えるだけのパワーを得た。
そしてアキラのフィールドに起きた変化はそれだけでなく。
「ここで山踏みの強化の追加効果だ!」
「追加効果!?」
「強化対象が『森王』ユニットであれば、更に自分の能力である『オブジェクトカードやエリアカードにもアタックできる』効果も付与する! 下支えは言うまでもなく『森王』の名を持っている、よって山踏みと同じ能力を手に入れた!」
「……!」
下支えに宿る力の質が、変異する。ただの膂力から一種異様な気配を醸す怪力へと変貌し、華奢な体躯の少年がもはやとてもそうは見えない。大陸を穿つ巨峰が小さな形に押し込められているかのような圧倒的な存在感が彼の身から放たれている。切り札級の大型ユニットのそれと同様の、甚大な圧力を伴う存在感が──。
「惜しいことに『アタック時に相手ユニットのパワーを3000ダウンさせる』効果までは受け継がれないけどな」
そこまで追加してくれたら言うことなしだった、などと軽く宣うアキラにロコルは呆れを多分に含んでいるとはっきりわかる口調で応じる。
「……よしてくださいっす、いくら同カテゴリユニットに限定されているとはいえそこまで丸々引き継がれちゃ《森王の山踏み》を除去した意味が一切なくなっちゃうじゃないっすか。そんなことになったらそれこそ言葉が見つからないっすよ」
「まあ、そっちからしたらそう思うよな」
アキラは訳知り顔で頷く。特にオブジェクトを主軸に据えて戦っているロコルからすればオブジェクトを直接攻められる効果だけでも充分に鬱陶しいことこの上ないだろうし、それに加えて数少ないユニット──《ロスト・ボーイ》や《無銘剣ブレイザーズ・ナイト》といった第二の軸にまで干渉してくる能力まで健在となればお手上げもいいところ。冗談ではないという意見も大いによくわかる。
「ただし同意はしても同情まではしないぜ。予め宣言しておこう──俺は次のターン! 山踏みの力を得た下支えで、《太極清廉図》を破壊する!」




